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赫く血 後編

「……………………眠れない」


 なかなか寝付けないキサラはしばらくベッドの上でゴロゴロしていたが、どうあっても眠れないため起き上がり窓辺に近付いた。

 そっとカーテンを開け、空を見上げる。

 煌々《こうこう》と輝く満月は高い位置にある。

 もう深夜と言ってもいい時間だ。


 結婚式の準備は着々と進んでいき、数日前から遠くから来る招待客達がこの地へ集まりだした。

 到着の挨拶をしに来た彼らの反応はまちまちだった。


 キサラが村娘だと知って純粋に驚く者。

 あからさまに渋い顔をする者。

 だが親戚筋の者達は事情をある程度知っているのか、心から祝いの言葉を述《の》べる者もいた。


(むしろ馬鹿にする人がほとんどだと思っていたから、そういう人が少なかった事に驚いたわ……)


 だが実際は少なくて本当に良かった。

 キサラの精神的苦痛という意味でもそうだが、他の理由でことさらそう思う。

 渋い顔をしたり嫌味を言ったりしてきた相手に、キサラよりもジュークが不快感を現したからだ。


 渋い顔には渋い顔で返し、嫌味には憎しみでも込めた様な目で睨み返していた。

 ハッキリと言葉で不快感を出さなかっただけマシだが、一応お祝いに来てくれている方々なので失礼になる。

 ジュークにも困ったものだと軽くため息が出る。


 でも、自分のために不快感を現してくれる彼にキサラは嬉しいとも思ってしまっていた。

 そう、睨まれた方々には悪いがキサラは嬉しかったのだ。

 ため息をついた口が、思わずニンマリとなってしまう。

 こういうのを実感すると、やはり自分はジュークを好きなのだなぁと思うのだ。


「どうしよう、ニヤニヤが止まらない」


 何も無いのににやけている様は、はたから見るとただただ怪しい。

 部屋にはキサラしかいないとはいえ、ジュークの事を思い出すたびにこうニヤニヤしていてはいつか人前でもしてしまいそうだ。


(何とか引っ込めなきゃ。そのジューク様との結婚式は明日なんだから)


 そう思った途端、にやけ顔が固まった。

 そう、明日なのだ。

 ジュークとの結婚式は……。


 一気に緊張感が戻ってくる。

 そうだ。

 その緊張感の所為で眠れなかったのだ。


(一人でにやけるのもどうかと思うけど、緊張で眠れないのはもっと困る!)


 寝不足で目の下にクマを作った花嫁なんてありえない。


(どうすれば寝れるかな?  やっぱりとりあえずベッドに横になってた方が良い!?)


 そうやって焦るほど眠れないのは分かっているのだが、どうにもコントロールが出来ない。

 とにかくやはりベッドに横になっていた方が良いかと思い、窓際から移動しようとしたときだった。


 コンコン……


 小さい、控え目なノックの音。

 そして、キサラが返事をする間も無く静かにドアが開く。


 薄暗い中、そうして部屋に入って来たのはジュークだった。

 滑り込む様に入ってきた彼は、立ち尽くし凝視していたキサラと目が合う。


「っ……」

「……」


 奇妙な沈黙。


(どうしてこんな時間にジューク様が……?)


 いつもは許可もなくベッドに忍び込んできて、朝には並んで寝ている状態ではあるが、今は城の中に大勢の客もいる。

 明日式を挙げるまでは別々に寝ようと、メルリナと三人で約束していた。


 ……正確には約束させられたのだが……。


 そんなこともあって、ジュークがこんな夜中にこの部屋を訪れるはずはないのだ。


「ジューク様……?」


 どうしてここへ?  という意味を込めて彼の名を呼んだ。

 名前を呼ばれてハッとしたジュークは、気を取り直し困り笑顔を見せる。


「もう、寝ているかと思ったんだが……」

「そう、ですよね。……えっと、その……明日の事を考えると緊張して眠れなくて……」


 答えると、また少し沈黙が落ちる。

 自分から何か言ったほうが良いのだろうかと迷っていると、ためらいがちにジュークが口を開く。


「そうか。……だが良かった。少し、話したいことがあったからな」

「話したいこと、ですか?」


(こんな時間にわざわざ話すこと? 何だろう……明日のことかな?)


 何か急に変更になったことでもあるのだろうか?

 だが、それなら別に明日の朝でも構わないのでは?


 頭の中が疑問符だらけになるキサラ。

 でも、ジュークは「ああ」としか答えずすぐに“話し”を始めてはくれなかった。


 中途半端に開いていたドアを閉め、窓際にいるキサラへと近づいて来る。

 そうしてキサラの隣に立ったかと思うと、窓の外を見上げた。

 つられる様にキサラも見上げると、暗闇に静かに浮かぶ月があった。


「……キサラ。お前は俺のことを太陽のようだとよく言うが、俺自身はむしろ月だと思っている」


 やっとポツリと話し始めたが、何が言いたいのかサッパリ分からない。

 取り敢えず、黙って聞いているしかないようだ。


「太陽の光がないと輝けない月。お前がいないと暗闇でしか生きられない俺そのものだ」

「そんな……」


 月明かりに照らされたジュークは、確かに月の化身かと見紛《みまご》うほどだ。

 だが、太陽の光でキラキラ輝く金の髪を思うとやはり太陽の化身と言った方がしっくりくる。


「……そうだとしても、あたしにとってはジューク様こそが太陽です」


 ためらいがちに、でもハッキリと断言するとジュークはキサラを見下ろしクスリと笑った。


「お前はそう言うだろうと思った。だが、俺にとってはキサラこそが太陽だ」


 断言し返されてしまった。

 頑固なジュークに少しムッとしてしまったキサラ。

 顔にも出ていたのだろう。

 「頑固者だな」と笑って言われてしまった。


「ジューク様だって頑固者です」


 拗ねた様に言うと、頭をポンポンと優しく叩かれる。

 キサラは子供扱いされているような気もしたが、ジュークの手が心地よかったので黙ってされるがままになっていた。


 次第に叩いていた手は撫でるものへと変わり、キサラの頬を包むようにして止まった。

 視線が真っ直ぐ重なり、見つめ合っている状態。

 ジュークの顔から徐々に笑みが消え、真剣な眼差しになる。


 トクン、トクン、とキサラの鼓動が少しずつ早くなっていく。

 このままずっと見つめられていたら、心臓がとんでもないことになりそうだ。

 何か話そうと思っても、ジュークの眼差しがそれを許してくれない。

 黙って自分の言葉を待っていて欲しいと言われているかの様だ。



「……キサラ」


 やっとジュークの方から呼びかけてくれた時には、心臓が早鐘を打っていた。


「……はい」


 かすれそうな声で返事をする。


「お前には、今までずっと辛い思いをさせた。謝っても、許されないほどに……」


 後悔の心情を顔に出し、ジュークは辛そうに眉を寄せる。

 それを見てキサラは“それは違う!”と首を振りたかった。

 だが、頬に触れられている状態でそれをすれば彼の手を振り払ったようにも見えてしまうかも知れない。

 せめて声に出そうと思っても、未だにジュークの目がキサラの声を封じ込めていた。


(確かに辛い思いもした。でも、それは過去のことなのに!)


 不運のせいでろくに家の外にも出られなかったし、村人からは嫌われた。

 でも、両親を亡くしてただ泣いてばかりいた自分を救ってくれたのはジュークだ。

 そして今は幸福を与えていてくれる。


 そんなジュークの辛そうな顔など見たくないのだ。

 キサラまで辛い気持ちになってしまう。

 だが、続いた言葉でそんな気持ちなど吹き飛んでしまった。


「それでも俺はお前が欲しい。キサラ、お前だけが必要なんだ」


 執着とも取れるほどの言葉。

 それほどに求められたことがないキサラは、言葉を失い目を見開いた。


「お前が傍にいるだけで、俺には光に溢れた未来が見える。現実的な意味だけではなく、心情的な意味でも」


 言葉を募らせるほどに頬に触れる手の力が少しずつ強くなり、彼の思いを語っている様にも感じた。


「だから、俺にとってはお前が太陽なんだ。もう、お前のいない人生なんて考えられない」


 必死に語るジュークを見て、キサラは先程より更に鼓動が早くなるのを感じていた。

 ジュークは一呼吸置き、キサラの頬から手を放す。

 そして今度は両手で彼女の左手を包むように握り、祈るように口を開いた。


「赫《かがや》く俺の太陽。俺と結婚してくれ。ずっと、傍にいて欲しい」

「…………」


 言われた言葉がプロポーズだと理解するのにたっぷり十秒くらいはかかってしまった。

 理解して、真っ先に思ったのは“今更?”だ。

 もう、明日結婚するということは決まっている。

 今こんなことを言って何の意味があるのだろう? と。


 でも、ゆっくり噛みしめるようにジュークの言葉を反芻《はんすう》すると、じんわりと心が温かくなってきた。

 頭では今更と思うのだが、心で感じた温かさは染み渡るようにキサラの全身を満たしていく。

 自然と目に涙が溜まる。

 それが零れ落ちたとき、一緒にキサラの気持ちも言葉として漏れた。


「……っ嬉しい……」


 ポロリと、本当に零れ落ちる様に自然に出た言葉。

 声に出したことで、自分の気持ちをハッキリと理解したキサラは涙が止まらなくなった。


 心の温かさが。

 喜びが。

 止めどなく溢れて止まらない。


(嬉しい。嬉しい!)


「キ、キサラ?」


 泣いてしまったキサラに戸惑うジュークは、掴んでいたキサラの左手を放そうとした。

 だが、キサラはそれを止めるように彼の手を握り返す。

 嬉しくて、温かい。

 こんな喜びと幸福を与えてくれたジュークに、自分もちゃんと伝えなくては。


「ジューク様……嬉しいっ……!」


 涙で途切れ途切れになってしまうが、それでもしっかりと、一言一言ハッキリと伝えた。


「あたしもっ、ジューク様の傍に……ずっと居たい」

「……キサラ」


 ジュークのもう片方の手が、キサラの肩にそっと置かれる。


「好きです。あたしは、ジューク様が好きです……」


 言い終えると同時に、力強く抱きしめられた。


「俺も、キサラが好きだ。……もう一度言うぞ? ……俺と、結婚してくれないか?」


 もう一度耳元で囁かれたプロポーズに、キサラはすぐに答えた。


「はい……はい!」


 もう胸がいっぱいで、それ以外の言葉が出てこない。

 代わりに、ジュークの胸に顔を埋《うず》めギュッと抱き返していた。


 不安と緊張で眠れなかったキサラだったが、ジュークのおかげで安心と幸福に満たされる。

 彼の体温が心地良いこともあって、キサラはいつの間にか眠ってしまっていた。




 翌朝、起きた時には部屋にジュークの姿はなかった。

 一瞬プロポーズされたのは夢かとも思ったが、すぐに違うと否定する。


(ううん。確かに昨晩ジューク様にプロポーズされた)


 彼の声も、ぬくもりも、泣くほどに嬉しかった幸福感も。

 全てハッキリと覚えていた。


 ただの村娘だった自分が伯爵夫人になるのだ。

 これからも辛いこと、悲しいことがあるだろう。

 それでも、ジュークが側に居てくれれば大丈夫だと思える。

 彼と供にあれば、未来は幸せなものになると思える。


 昨夜のプロポーズは、そう確信させてくれるほどキサラの心から不安を消してくれた。

 これなら今日の結婚式も堂々としていられそうだ。


 そんな風に落ち着いた朝を迎えていたキサラ。

 だが、自分を起こすために部屋を訪れたセラの言葉によって現実を突きつけられた。


「……本日は大事な式だというのに、なぜ目を腫らしているのですか?」

「……あ」


(そうだ、あたし、泣きながら寝ちゃったんだっけ……)


*****


 薄く化粧をし、髪を結い上げ、純白のドレスを着る。

 鏡の中にいた自分は、どこから見ても恥ずかしくない立派な花嫁だった。


 腫れていた目はセラがすぐに冷やすものを持ってきてくれたため、なんとか準備を始める前には引いていた。


(本当、助かったわ……)


 目の下にクマがある花嫁は避けられたが、代わりに目が腫れている花嫁なんて冗談じゃなかった。

 それだったらクマの方がまだマシだ。

 化粧で何とか誤魔化せるかもしれないのだから。


 セラに指摘され慌てたが、彼女のおかげで目の腫れた花嫁にならずに済んだ。


(セラさん様々ね)


 心の中で感謝していると、軽くドアがノックされジュークの訪問が告げられた。

 ドクン、と心臓が跳ねる。

 昨夜プロポーズの返事をした後、そのまま泣きながら寝てしまって呆れられていないだろうか?

 そんな心配をよそに、ジュークは室内へと入って来た。


「すまないが、少しキサラと二人だけにしてくれないか?」


 お互いの姿をちゃんと見るより先に、ジュークは部屋の中に居る者たちにそう告げた。


「式までそれほどお時間はありませんので、少しだけですよ?」


 セラが釘をさすと、室内にいたキサラとジューク以外の人達は部屋を出ていく。

 ドアが閉められ二人きりになると、ジュークが近づいて来る音が聞こえたのでキサラもイスから立ち上がり彼の方に向き直った。


「っ……」


 軽く息をのむ。

 白のタキシード姿のジュークはいつにも増して美しく見えたから。


(この格好で吸血鬼とか、反則でしょう……)


 太陽の様な金の髪に純白の衣装。

 寧ろ天使などにしか見えない。

 これほどまでに美しい人の横に立たなくてはならないなんて……。


(神様って不公平だわ)


 ジュークの姿に見とれつつも、心の中で不平を呟くキサラだった。

 そんなキサラの心情など知らないジュークは、彼女の目の前に立つとこう言った。


「キサラ……本当に、綺麗だ」


 その言葉にも表情にも嘘をついている様子は無く、本気でそう思っているのは見て取れた。

 だがキサラは叫びたかった。


(貴方の方が綺麗です!!)

 と……。


 叫ばずに済んだのは、彼の言葉が嬉しくもあり恥ずかしくもあったから。

 まさに言葉が出ないという状況だった。

 辛うじて出せた言葉は。


「あ、ありがとうございます……」


 だけだった。


 そのまま僅かに沈黙が落ちる。

 気恥ずかしさもあってジュークを直視しづらいキサラは、何か話さなくてはと思考を巡らせる。

 だが、逆に混乱していくだげだった。


「その、昨日はあんな時間に突然部屋におしかけて悪かった」


 だからジュークの方から話をしてくれてホッとする。


「いえ……。あたしも眠れなくて起きていたので……」


 それに、プロポーズはとても――とても嬉しかったから。


「実は……結婚式の話が出た頃からずっとプロポーズをしようと思っていたんだ」

「えっ!?」


 さらりと口にされた言葉に、キサラは本気で驚いて声を上げた。


(そんなに前から!?)


「だが、『嫌だ』という答えが返ってくるのではないかと不安になって……ズルズルと昨夜になってしまった」

「……嫌だ、なんて……」


 結婚式を翌日に控えているというのに――いや、それ以前に結婚に反対していたわけでもないのに、プロポーズを断る様なことを言うわけなどない。

 それを不安になるなどおかしなことだとキサラは思う。


「おかしいと思うか? だが、俺はお前が俺のことをどう思っているのかちゃんと聞いたことがない」


 言われて初めて自分でも気づいた。


(そう言えば、確かに『好きです』とはっきり伝えたことはなかった様な……)


「たとえ好きでいてくれるとしても、結婚は嫌だと言われるかも知れない。そんな不安ばかりで……聞けなかったんだ」

「……」


(驚いた……)


 自分がこの屋敷に来たときも、初めて血を吸ったときも、いつも自分勝手だったジューク。

 いや、それどころか初めて会ったとき。キサラが子供のときから彼は相手の意思など構わずに勝手ばかりしていた。

 ジュークのことを愛しいと思い始めてからは、彼のそういう部分はある程度は仕方ないと諦めにも似た感情で受け止めていたのだが……。


 ジュークを好きだという気持ちは言わなくても伝わっていると思っていた。

 いや、実際ある程度は伝わっているのだと思う。

 なのに、言葉にしていないだけであのジュークがこんなにも不安に思っていたとは……。


「……」

(何か、ちょっとこれは……顔がにやけそう)


 それだけ想われていることが嬉しい。

 自分勝手なジュークが、そんなちょっとしたことで不安がっていることが可笑しい。

 そんな思いがキサラの口元を緩ませる。


「……キサラ、何で笑っているんだ?」


 純粋に不思議そうな、訝しむ声に慌てて笑みを引っ込めた。


「いえいえ! なんでもありません」


 ホホホ、と自分でもあからさまに怪しいと思うが誤魔化す。


 コンコン


 丁度その時、ノックの音が聞こえた。


『ジューク様、キサラ様。そろそろお時間です。よろしいですか?』


 ドア越しにセラの淡々とした声が届く。

 少し納得していなさそうなジュークはキサラを見て軽く眉を寄せたが、「ああ」とドアの向こうへ告げた。


 そのままドアに歩いて行くジュークの袖を、キサラは軽く引いて引き止める。

 こちらを向いた彼の顔に近づき、微笑みとともに囁いた。


「あたしは、ジューク様のことが好きですよ? 結婚して、ずっと一緒にいたいと思ってます」


 告げた言葉に返って来たのは強い抱擁。


 ドアからは催促のノックの音が聞こえるが、この時間だけは譲れない。



 不運をくれたジューク様。

 これからは沢山の幸せを下さいね。

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