【 地下迷宮の貴族令嬢 】
子供のころ、父が騎士家系の我が家に剣術師範として招いたのは、巨大迷宮の周囲に広がる探索者の街・ソコナシで活動していた剣士。二人の兄と弟と共に、私も彼に師事した。
兄弟が力任せで叩き伏せることができたのは、最初の3週間ほど。彼等の剣の才覚は、明らかに私より劣っていた。
1年間で、その差は開く一方だった。
二人の兄は剣を諦め、算術を学んだ。
私は身分を隠して領内の道場で剣技を磨き続け、剣術学校でダガーを用いた二刀流の指南役を務めるほどになった。
最初の師範との交流が続いていたこと。剣術書を蒐集し研究していたこと。実践のため道場通いをしていたこと。父は見て見ぬフリをしていた。
骨肉の争いに巻き込まれる。
護身のために、必要になる。
その時まで――――
暗躍する何者かの手で家族が次々と命を落とし、とうとう父も夜道で襲われた傷が元で帰らぬ人となり、独り残された私が開いた遺書に、書き足された単語。
『 ソ コ ナ シ 』
「探索者の集う、迷宮都市。 ……ソコナシ」
父の最期の指示だった。
「と……いうわけですわ」
これは地名、他に心当たりが無い。
旧友を頼れ、そういう意味に違いなかった。
師範様は遺書を丁寧に閉じて、天を仰いだ。
「委細承知。御父上には恩義がある。手助けしたいが先約があり、暫しソコナシを離れるのだ。この屋敷は好きに使って良いが、早晩、露見するは明白」
「いえ。こちらの都合ばかり、心苦しいですわ」
「よせ。此度の事、何ら力になれず。すまない」
瞑目し、思い巡らす。
子供のころ。
信じがたい武芸、超常的な魔術、強烈な個性。
数々の冒険譚を語る師範に、探索者に憧れた。
そんな私を、ただ1人。
窮屈な立場にいた父だけは、理解してくれた。
私がソコナシへ来た意味は、自ら決断すべき。
「わたくし、今日から探索者なりますわ!」
ずっと伸ばしてきた髪を束ねて掴み、貴族の娘としての束縛と、過去のしがらみを、腰のナイフで横一線に振り切って裁ち落とす!!
軽くなった頭を振ると、まだ未練がましく残っていた赤毛がはらはらと舞い落ちていった。
「そうか」
「はい!」
「その前に、それ。掃除してけよ?」
「あ、はい。今すぐ掃除いたします」
――――それからの3ヶ月間。
探索者ギルドへの登録は、師範様を頼った。
「では。最後に、お名前なのですが」
「事情が事情だ、偽名が良かろう?」
「偽名、ですか。何が良いかしら?」
探索者らしく格好良くて上品で華やかな名前にしよう。
本名は長すぎて、少々野暮ったく、ダサく感じていた。
そうだ!
友人の「スカーレット」あの名を借りよう!
Scar……ん? rr? rl?
綴りがわからないんですけれどっ!
「スカ―、傷痕ですか。素敵な偽名ですね!」
「存外にセンスがあったな、探索者らしい!」
「え? ……ま、まぁね? ワタクシにかかれば偽名も当然これくらい即断即決ですことよ? で、では、この名で登録してくださる?」
スカ――――。
そこで終わってしまうの?
なんか……間抜けな気が。
それから三か月。
魔物の素材入手や、補充人員、救助の依頼。
慎重に活動範囲を広げ、実績を積み上げた。
今まで、魔物に遅れを取ることは無かった。
ギルドのサポートと、周囲の助力あってのこと。
それは重々承知しているけれど、私も努力した。
これまでの努力、全てが、崩れようとしている?
何故? ……何故、こんなことに!
「ぐぅああ!」
背後の殺気に反応し、斬っただけ。
なのに、何故、人が倒れているの?
簡単な薬草採取依頼だったのに?!
「あ、あの! 人とは思わずキャアアッ!!」
熱い、痛い、激痛ッ!
なに、これは、何?!
今度は斬られた、血が吹き出した、なんで?
この相手は違う、いつもと違う、違う違う!
囲まれている、魔 物 じ ゃ な い !?
「人間?」
道場、剣術学校で、対人戦はした、戦った。
でも違う、殺気? まったく違う、殺意だ。
刺 客 。
「ひ、人を殺したことは……なくってよ?!」
何人? 確認したのは3人! まだいるの?
わからない、駄目だ、頭が麻痺したように回らない、混乱したまま纏まらない、技術じゃない、人間を殺す忌諱感が手足の動きを鈍らせる、反撃を拒絶する、このまま逃げ切れ――――
「ン ギィ、アァ手、手、手ぇ、腕がッ!!!」
駄目だ、殺られる、このままじゃ一方的に!
嫌だ、冗談じゃない! 死にたくないッ!!
嫌だ、頭を切り替えろ!
「やるわ、殺ってやる……殺す、全員殺すッ!!!」
腕が無い、血、血が足りないッ!!
なにかで止血、布、あった、これで……
「かかれェ!!」
まだ止血は終わってない。
このまま動くのは不味い。
指揮をした、アイツから!
「かかれー? なにそれ笑っちゃうわー?」
「クッ、貴様ァ!」
「アナタ、邪魔しないでくださるッ?!!」
「グギャァア!!」
あははっ……ほらネ、言わんこっちゃない!!
え? なにこれ抜けない、刺突しては駄目?!
蹴っ飛ばすしか、蹴る、蹴って、蹴って、あ。
良し、抜けた。
「さぁ、おいでなさいな? 死にたければッ!!」
統率者を失い、動揺したのだろう。
一瞬、迷いがあった。
次、これでどうだッ!
「クッ、投げナイフ?!」
「でも、それは囮ですわ」
「なッ! グ ッフ!!」
袈裟斬りはいいのね。
良し、あと1人!!!
「ぇ……?」
「調子付くな」
視界がグルリ、回転する。
踏み込めなかった、何故?
なにこれ、足、私の足?!
「迂闊っ……まだ2人いたなんンッィイングゥ?!」
背後に忍び寄っていた男に斬り落とされた自分の足、急速に頭が冷えていく。直前まで感じなかった痛みが怒涛のように襲う、意識を塗り潰していく、呼吸がひどく乱れる!
腕の止血に手探りで引っ張り出し、周囲に散乱していた布を拾いあげて、足の切断面に巻き付けながら、「んギィ!!」苦痛で思わず弱音が漏れた。
「ここまで、ですわね……」
一旦、納刀。
それを見て、終わりと思ったのだろう。
近付いてきた刺客の影が、2つ見えた。
不十分な体勢で、腕力が足りなすぎる。
「観念したか?」
「楽にしてやる」
即 座 に 抜 き 放 つ ッ !!
ゴ ゴン! ゴ ト ッ !
まとめて首を薙ぎ払い、同時に2つ転がった。
鞘を使えば、片手で振り回すより威力が出る。
師範様に教わった技術だった。
「蟲ケラ共め……くたばってくださいませ……」
しかし、こちらも腕1本に、足1ツを失った。
薄暗い迷宮、地上までは遠い。
致命的だ、助かりそうにない。
この連中が、親兄弟の仇?
たぶん、そうなのだろう。
完全に、私を狙っていた。
「 忌 々 シ ィ コ ト …… 」
仇討ちに意味なんてない。
あるのは、ただ、冷たい。
死 ――――
・
「ッガァア?!」
ナニが なんで……目覚めたの??
死んだ、間違いなく、死んでいた。
何故、生きてる、なんで起きた?!
「成功したか」
「ン ッガ ギィイイィイ!!!」
「舌を噛むなよ? また死ぬぞ?」
「ッフ、フ ゥグ、フッ、グッフ」
「ソリに固定して運ぶので揺れる」
霧に閉ざされた白い視界のなかで、低く滑り込んだ、ぶっきら棒な声の伝える、物騒な発言。でも、先程の刺客とは、まるで違う。
どこか寂しげで気だるいのに、暖かく包み込まれるような感覚。不思議と安心感が湧き上がってくる。
「 ダッ レ……ェ? 」
男は淡々と作業しながら、ボソリと答えた。
「俺はギショウ。『 蘇生屋 』だ」
「 そっ せい …… ゃ? 」
蘇生屋、師範様に聞いたことがある。
死者を、死の淵まで、強引に引き戻す魔術。
【 蘇 生 術 】 の使い手が、探索者にいると。
・
どれくらい眠っていたのだろう。
目覚めると、下着姿に毛皮を被り、粗末な小屋の天井を眺めていた。痛みは無いが意識は朦朧、倦怠感で動けない。繰り返しランプに当たる虫の影、リズミカルに刃物を研ぐ心地良い音。
「命拾いしましたわ」
見知らぬ場所でも、安心感はあった。
「目が覚めたか?」
「はい」
「リッチモンドが【縫合術】で修理したが、一時的なものだ。繋いだ左腕と右足の骨、皮、肉、血管、神経。無理に動かせば剥がれ落ちる。以前の状態に戻すには、粘り強く訓練する必要がある。 ……食え」
口にねじ込まれたのは、果物か。
舌が麻痺しているのか、淡白だ。
「そう……ですか」
「家族はいるか?」
「……おりません」
「しばらく、そこに寝転がってろ」
魔術には、恐ろしいものが多い。
彼の【 蘇 生 術 】は、優しい。
わたしくはスカー、トマト頭の探索者。
「行くぞ、スカー」 ぶっきら棒で、優しい声音。
「お任せください」 思わず声が上ずってしまう。
2度、深呼吸して、迷宮へ入っていく。
子供の頃に憧れた、超常的な魔術を扱う探索者。
ギショウ様と、迷宮で共闘できる日が来るとは。
昨日まで、考えもしなかった――――




