第7話 次のデート
帰りに圭吾が寄ったのは、花屋でも宝石店でもなく、スーパーだった。
「夕飯、どうする?」
「鍋でいい?」
「いい。白菜あったっけ」
「半分ある。お肉と豆腐買おう」
精肉売り場の前で、圭吾が豚肉を選んだ。
私はカゴに豆腐を入れた。
「あとで話すの、忘れないでね」
言うと、圭吾がこちらを向いた。
「忘れてない」
「鍋食べて眠くなったら、言って」
「分かった。琴葉もな」
私は頷いた。
聞かずに様子を見るのは、もうやめる。彼が言わなかったら、何度でも聞く。そのたびに傷つかないとまでは、決められなかった。
家に着くと、圭吾は鍋を出した。
私は白菜を切った。
風呂はあとでいい、と二人で決め、夕飯を作った。
圭吾が肉を一度に全部入れたので、まだ早い、と止めた。
「半分って言ってたっけ」
「言ってない。言えばよかった」
「じゃ、半分戻す?」
「もういいよ」
鍋の蓋をした。
何でも初めから説明するのは、たぶんできない。だから、違ったときに言おうと思った。
食べ終わってから、圭吾がテーブルの上にスマホを置いた。
「来月、第二と第四の土日、俺は空いてる」
私も予定を開いた。
「第二の日曜は、美穂と会う。そのほかは空いてる」
「じゃあ、第二の土曜、琴葉の家に行けるか聞いていい?」
「うん。私から連絡する」
母に、圭吾と二人で結婚の話をしに行きたい、と送った。
文字を見直してから、送信を押した。
圭吾は自分の母親に電話をかけた。
「あ、俺。来月、琴葉とそっち行きたいんだけど」
ソファの方へ歩いていきかけて、戻ってきた。
「うん。結婚しようと思ってる」
私は母からの返事を待ちながら、その声を聞いていた。
圭吾は何度か頷き、日程を伝えた。
電話を切ってから、二人で顔を見合わせた。
「何か言われた?」
「やっと話したの、って」
私は笑った。
圭吾は笑わなかった。
「母さんも、琴葉がどう思ってるか聞いたのかって言ってた。前に」
「何て答えたの」
「まだ急がなくていいって、琴葉も言ってるって」
私はスマホをテーブルに置いた。
彼が、またごめん、と言った。
「次からは、私の考えを私に聞いて」
「聞く」
母から返事が来た。
父も予定がないので二人でおいで、という言葉のあとに、好きなもの作るから希望を教えて、とあった。
私は圭吾に画面を見せた。
「緊張する」
「何回も会ってるじゃん」
「何回会ってても緊張するだろ」
圭吾は椅子に深く座り直した。
私は指で、第二土曜日の日付に触れた。
その夜に決まったのは、挨拶に行く二つの日程と、翌週の日曜にお金の話をすることだった。
圭吾が、いま話せる、と言ったけれど、私が眠くなった。
「頭が働かない」
「じゃあ来週。でも、日曜の何時にする?」
私は少し笑った。
「午前中。十時」
彼は予定表に入れた。
翌週、二人の貯金額を初めてちゃんと見せ合った。
別々の口座に持っている分まで一緒にする必要はない、と決めた。二人で使うお金を増やすことと、結婚してからの毎月の負担を考えた。
圭吾は、自分の方が少し多く出せる、と言った。
私は、収入が変わったらまた考えよう、と答えた。
「式はしたい?」
圭吾が聞いた。
「したい。でも、大勢呼ぶほどじゃなくてもいい」
「俺も。家族と、近い友達くらい」
「それぞれ誰呼びたいか、書いてみよう」
紙に名前を書いたら、思ったより多くなった。
圭吾の紙を見て、そんなにいるの、と言った。
彼も私の紙を見て、そっちもだろ、と答えた。
そこで初めて二人分の数を足した。
挨拶を済ませたあと、婚姻届を出すのは三月にすると決めた。
圭吾が持っている大きな案件が二月に一区切りつく。私は三月の最初なら、休みを合わせやすい。
式の日程はそのあとに考えることにした。
「三月のいつ?」
今度の圭吾は、そう聞いた。
私は卓上カレンダーを引き寄せた。
数字を二人で見比べ、双方が休みを取れる平日に丸をつけた。
部屋を探すために使ったサイトで、問い合わせを取り下げた。
理由の欄には、転居予定がなくなったため、と書いた。
送信したあと、圭吾に、断ったよ、と伝えた。
「ありがとう」
彼はそう言ってから、少し考えた。
「ありがとうって、変か」
「別に変じゃないよ」
私は隣の椅子に座った。
「私も、ありがとう」
圭吾がテーブルの下で、私の手に触れた。
指輪を見に行ったのは、十二月だった。
圭吾は婚約指輪も買おうとしていた。
私は店に着く前に、小さいのでも結構するよ、と言った。
「値段見てからでいい」
「無理しなくていいよ」
「無理はしない。でも、琴葉にあげたい」
私は黙って、彼の袖をつかんだ。
欲しくないわけではなかった。いらないと言ってから察してもらうのは、もうやめたかった。
「……じゃあ、一緒に選んでいい?」
「そのつもり」
店で試した指輪は、指にぴったりではなかった。
サイズを測り、二人で相談した。私は小さな石が一つついたものを選んだ。
圭吾は、これなら貯金を崩しすぎない、と正直に言った。
結婚指輪も見たけれど、一日で決めず、別の店も回ることにした。
その帰り、圭吾が何を食べたいか聞いた。
私はハンバーグと答えてから、あの店、と付け足した。
「また?」
「嫌?」
「いいよ。俺、チキン」
ファミレスには、少し早い夕飯の客が入っていた。
窓際ではない席で、メニューを開いた。
圭吾がスマホを出したので、仕事の連絡かと思ったら、テーブル越しにこちらへ向けていた。
「撮っていい?」
「いま?」
「今日の。指輪、決まったから」
私は髪を直そうとして、やめた。
「あとで、二人でも撮ろうね」
「うん」
シャッターの音がした。
圭吾が画面を見せてくれた。私はメニューを持って、少し笑っていた。
「どう?」
「いいと思う」
「思うだけ?」
「よく撮れてる」
彼が笑い、スマホをしまった。
すべてが変わったわけではなかった。
私が週末の予定を話しているとき、圭吾がテレビを見ていて、聞いていないことがあった。
私はその場で、いま大事なところ、と言った。
別の日には、圭吾が何を考えているのか気にして、聞かずに不機嫌になった。彼に、いま黙ってても分かんない、と言われた。
すぐ話せる日も、少し時間のいる日もあった。
それでも、話の続きをどちらかが始めた。
翌年の三月、婚姻届を出す日の朝。
私は新しい指輪をはめて、玄関に立っていた。
圭吾はバッグの中を、もう一度確認していた。
「ある?」
「ある。何回も聞くなよ」
「圭吾が何回も見てるから」
彼はファイルを取り出し、二人で書いた婚姻届を見せた。
私も頷いた。
昼には、その届を出し終えていた。
予約してあった小さな店で、二人でご飯を食べた。
圭吾がカップを持ったまま、私を見た。
「結婚したんだな」
「したね」
「帰ったら、洗濯しなきゃ」
笑ってから、私は頷いた。
「私も明日のお弁当作る」
家で洗濯機を回し、二人で写真を撮った。
今度はスマホを棚に立て、圭吾がタイマーを押した。
ソファの隣に座ると、彼が私の肩に手を置いた。
緊張した顔をしていたので、結婚したのに、と笑ったら、そっちも、と返された。
シャッターが切れたとき、私は圭吾を見ていた。
あとで確認すると、棚の端に洗濯籠が写っていた。
今回は、切り取らなかった。
「今度の日曜、どこ行く?」
写真を見ながら圭吾が聞いた。
「駅の向こうに、新しいお店できたの。行ってみたい」
「何の店?」
「パンケーキ」
「昼ご飯になる?」
「圭吾の分は、食事のもある」
彼は頷いて、営業日を調べた。
「日曜やってる。十一時開店」
「じゃあ、十一時」
私は自分の予定表を開いた。
隣から、圭吾が画面を覗いた。
「デート、って入れるの?」
「うん」
そう入力して、保存した。
圭吾も、同じ予定を入れた。
洗面所で洗濯機が止まった。
私はスマホを置いて立ち、圭吾の手を引いた。
「ほら。一緒に干そう」
「はいはい」
六年前なら、言えなかったと思う。
圭吾が立ち上がり、私の指輪に自分の指輪を軽く当てた。
私はその手を、もう一度握った。




