第5話 右肩上がりのグラフ
「……やっぱ増えてんな」
モニターに映し出された右肩上がりのグラフを見て、蓮は小さくため息をついた。
蓮が使う昇降式の黒いデスクの上には、大きなモニターが二つ並んでいる。左側には現世の仕事のチャット、右側には地縛霊に関するデータが開かれている。小さなIT企業の社長であり、プログラマーでもある蓮は、霊魂管理局のデータ解析ツールを勝手に作っていた。
今映っているのは、東京23区で一年間に出現した地縛霊の件数の推移だ。ほぼ横這いだったグラフは、半年ほど前から急な上り坂を描いている。
東京23区の回収のみを担当している蓮には、これが全国的な変化なのかはわからない。しかし、何かが起こっていることだけは間違いなさそうだ。
不意に気配を感じ、蓮は椅子から立ち上がりベランダに向かう。レースのカーテンを引き、思いのほか強い日差しに目を細める。六畳の部屋全体が、夏のような暑さに包まれた。
ベランダの窓の向こうで、見慣れた長身の男がひらひらと手を振っている。蓮は窓の鍵を開け、少し面倒くさそうにガラス戸を引いた。
「やっほー。解析終わった?」
「とっくに終わってる。花粉入るから早く入れ」
「あー……。今ってイネ花粉? オレも通り抜けられたらよかったんだけどね」
蓮に促され、沙斗琉は土足で室内に踏み入る。霊体である沙斗琉の靴には、土も花粉も付いていない。
蓮は窓を閉め、再びモニター前の椅子に腰を下ろす。人間工学に基づいた背もたれが、寝不足の体を心地よく支えた。
「半年前から、23区の地縛霊発生件数は明確に増えてる。一年前と比べると、今は二倍以上になってるな」
「そんなに増えてたんだ。最近多いなーとは思ってたけど、気のせいじゃなかったんだね」
沙斗琉もまじまじとグラフを見る。蓮の座高に合わせたモニターは沙斗琉には低いようで、腰を折り曲げて画面を覗いていた。
「東京だけが増えてるのかなぁ」
「本部で話題になってないなら、そうかもな」
沙斗琉は本部から支給された二つ折りの携帯電話を開き、ポチポチとボタンを押す。青春時代をガラケーで過ごしていたためか、その指の動きは随分と速い。
「本部からの連絡にはないし、噂にもなってないんだよねぇ。とりあえず、課長に聞いてみるよ」
「ああ。頼むわ」
パタンと音を立て、沙斗琉が片手で携帯電話を閉じる。
蓮はふと、左のモニターに視線を向ける。ポコポコと増えるチャットの通知は、どうやらクライアントからのようだ。
蓮は通知内容に簡単に目を通し、何も返さずに右のモニターに視線を戻す。その直後、蓮の会社の担当者による、親しみやすくも丁寧な返信が投稿された。
蓮は実務のほとんどを、優秀な二人の社員に任せている。蓮が出る幕はほとんどなく、行うことは金銭が絡む判断くらいだ。少し前まではプログラムのチェックも行っていたが、今はAIに任せている。昨夜のカラオケで寝不足になっても会社が回るのは、社員たちとAIの力にほかならない。
蓮のスマートフォンがポコンと音を立てる。あくびをしながら確認すると、仕事中の優秀な社員から、個人的な連絡が来ていた。
『今日ゲーム返しに行っていい? ついでに夕飯買ってく!』
蓮は片手で『牛丼』とだけ返した。すぐに有名キャラクターのスタンプで「OK」と返ってくる。
「沙斗琉、今日葵が来ることになったけど、聞いとくことあるか?」
蓮が振り向くと、沙斗琉の表情がぱっと明るくなった。
「この間一緒にヘアワックス買ったから、その感想が聞きたいな! あとお台場に美味しそうなパンケーキのお店が」
「仕事の話で」
いかにも楽しげな沙斗琉の声を、蓮が呆れた様子で遮る。沙斗琉はつまらなそうに「えー」とふてくされた。
「せっかく友達が来るのに仕事の話するの? そんなだから友達少ないんだよ」
「余計なお世話だ」
沙斗琉は顎に手を当て、「うーん」と軽く唸る。
「特にないかな。まあ、なんかあったら直接聞きに行くよ」
「んー」
蓮は簡単に返事をして、スマートフォンを机の隅に置く。再びベランダを開けて沙斗琉を送り出すと、くしゃみを一つして空気清浄機の電源を入れた。




