第52話 喜べない釈放
葵に夕樹と会うことを懇願された翌日、蓮と晴翔は霊魂管理局に呼び出されていた。
理由は察しがついている。それは喜ばしいことのはずなのに、蓮と晴翔の表情は固い。
「郷間の稼働停止を解除する。晴翔は事務に戻るように」
稼働停止を告げたときと同じ会議室で、変成王は淡々と告げる。蓮がちらりと晴翔を見ると、晴翔は困ったように眉を寄せていた。
蓮は視線を変成王に戻す。
「犯人はわかったんですか?」
「いいや。だが一昨日、また浮遊霊が天道に入ったことが確認できた。そのとき郷間は自宅にいることが、晴翔の報告でわかっている。もう監視は必要ない」
「でも……」
晴翔が何か言いかけて口を噤む。懸念しているのは当然、晴翔と夕樹が話す機会を失うことだ。
変成王は机にひじを立てて指を組み、不思議そうに晴翔を見る。
「何か問題があったか? 一応こちらでも郷間の魂を監視して、晴翔の報告と食い違う点はないことを確認しているが」
「問題は、ない、けど……」
晴翔の態度はいまいち煮え切らない。夕樹には会いたいが、その約束を霊魂管理局に知られたくないのだろうと、蓮には容易に想像がついた。
しかし、蓮にも晴翔に監視を継続させる理由は見つからない。夕樹と会う約束をしていることを話せば尚更、晴翔は事務に戻されるだろう。
(そもそも晴翔を事務担当にしたのは、兄貴を探しに行かせないためだろうからな……)
夕樹の失踪について、蓮は表面的な情報しか知らない。しかし晴翔が夕樹を探していることは、普段の態度から明らかだ。
蓮は変成王に目を向け、ゆっくりと口を開く。
「わかりました。少しだけ、晴翔と話す時間をいただけますか?」
「わかった」
変成王は理由も聞かず、すぐにうなずき部屋を出る。扉が閉まるのと同時に、晴翔は勢いよく蓮に体を向ける。
「蓮、どうしよう……」
「どうしようもないな。俺は沙斗琉ほど口が上手くないし」
「嘘とかつかなそうだもんね」
「人狼でなら」
「ゲームのノリでなんとかできない?」
「無理だろ。相手は地獄の裁判官だぞ」
「だよね……」
しばらく沈黙が続く。蓮も晴翔も、変成王を納得させられる理由は思いつきそうにない。
先に沈黙を破ったのは蓮だった。
「……俺と葵の二人で会ってくる」
誰にとは、蓮は言わなかった。万が一誰かに聞かれていたとき、夕樹の名前を出したら面倒なことになりかねない。
晴翔は不服そうにうつむき、口をすぼめる。
「でも……」
「下手な嘘ついて、俺まで冥界に拘束されたら困る」
「それは、そうだけど……」
晴翔が納得する様子はない。しかしそんなことは蓮も想定済みだ。
「飲み込めないのはわかるが、今は怪しまれないことの方が大事だ。聞いておきたいことを教えてくれ」
蓮が小さな手帳とペンを晴翔に渡す。現世の物に触れるのが苦手な幽霊もいるが、晴翔は得意な方だと蓮は感じていた。
蓮が思った通り、晴翔は手帳とペンを取り落とすことなく受け取る。晴翔は少し丸い文字で、すらすらと文字を書いた。
ノックの音が聞こえ、晴翔は手帳とペンを素早く返す。蓮はそれをさっと受け取り、ポケットにそっとしまった。
ガチャリと扉が開き、変成王が顔をのぞかせる。
「そろそろいいか?」
「はい」
蓮は何事もなかったかのように返事をする。晴翔はまだ不満そうな様子だが、それは想定の範囲内なのだろう。変成王はいぶかしむことなく部屋に入ってくる。
(最初から俺の監視より、晴翔の様子見が目的だったのか……?)
魂を監視できるのなら、晴翔が蓮を見張らずとも問題はなかったはずだ。本当の目的は蓮の監視ではなく、晴翔を回収に戻せるか試していたのではないかと蓮は思う。そしてきっと、晴翔はその試練を突破できなかったのだろう。
変成王は扉の近くで立ったまま、蓮と晴翔を見る。
「話は以上だ。わざわざ来てもらって悪かったな、郷間」
「いえ……」
「晴翔、事務室に戻るぞ」
「……はぁい」
晴翔は不機嫌を隠しもせずに返事をする。変成王が部屋を出ると、それに続こうとした晴翔がちらりと蓮を見る。その瞳には後ろ髪を引かれる思いがにじみ出ていた。
蓮は晴翔にまっすぐ視線を返し、小さくうなずく。晴翔は何かを堪えるように口を引き結び、蓮にうなずき返した。




