第43話 埼玉の人
民家の電気が消え始める二十三時すぎ。歩道のない閑静な住宅街には、一つの影と二つの気配があった。
気配のうちの一つである守は、目の前に両手を突き出し、ふーっと深く息を吐く。手のひらに集中を集め、「出ろ」と力いっぱい願った。
「えぇい!!」
気合の入った声と共に、守の手の先にぼんやりとした光が集まる。直後、ポンっと音を立て、その光は門に変わった。
門は寺にあるような立派な形をしているが、ずいぶんと高さが低い。多くの成人男性は屈まなければ入れないだろう大きさに、守はがっくりと肩を落とした。
「全然うまくいかない……」
「そんなことないよ」
隣で見守っていた沙斗琉が、守の背中をぽんぽんと叩く。
「ちゃんと人がくぐれる大きさになったじゃん。成長してるよ」
「そ、そうですかね……」
守はいたたまれない気持ちになりつつ、小さくため息をつきながら眼鏡をかけ直す。
じっと門を見ていた蓮は、厚手のパーカーのポケットに手を入れたまま門の周りを一周する。
「……まあ、及第点じゃないか? くぐれたらなんでもいいし」
「うぅ……。優しい……」
「実際、でかければいいわけでもないからな。この門は生きた人間もくぐれる。人が多い場所で回収するなら、小さめにした方がいい」
「たしかにそうですね……!」
守は顔を上げ、自信を取り戻したように両手を握る。「ここは人が少ないから大きい門の方がいいのでは」という疑問は、頭の隅に追いやった。
閻魔王の裁判で、守は霊魂管理局の回収課に所属するよう言い渡された。想像より高い閻魔王の声に驚いているうちに、契約書類を渡され、あれよあれよという間に守は回収課の一員になっていた。
守が閻魔王から授かったのは、冥界と現世をつなぐ門を作る力だった。簡単そうに見えるが意外と扱いが難しく、守は蓮の回収に同行しながら使い方を教わっている。
「みなさん、最初は苦戦するものなんでしょうか?」
「大体はな。初めてバット渡されて、いきなりヒット打てるやつは少ないだろ」
「たしかにそうですね……。蓮さんも苦労しました?」
「ああ。つっても、俺の力は特殊だから……。てか、なんで俺が教えてるんだ? 全く同じ能力のやつの方がいいだろ」
蓮が不機嫌そうに眉根を寄せる。沙斗琉は顎に手を当て、「うーん」と考える仕草をする。
「顔見知りだからじゃない?」
「少しの差でしかないだろ。埼玉に配属予定なら、そっちに同行した方がいいんじゃないか? 道覚えられるし」
「まあまあ。北区はほぼ埼玉だから」
「いつも北区なわけじゃないだろ」
「ボケたんだから否定してよ! 北区の人に怒られるよ!」
「埼玉県民に言うな。池袋までは埼玉だから」
「今は東京都民じゃん! てか、池袋は東京だよ!」
「蓮さん、埼玉の人だったんですね! 初めて知りました!」
中身のない話をしていたそのとき、沙斗琉のポケットがブーブーと音を立てて震え出す。沙斗琉はそこから二つ折りの携帯電話を取り出し、画面を開いて通話ボタンを押す。
「はい、回収課23区担当の鬼頭です。……あ、お疲れ様です」
沙斗琉は話しながら、蓮と守から距離を取る。守は出現させたままだった門を消し、小走りで蓮に近づく。
「実は僕、ガラケーの使い方わかんないんです……。スマホしか持ったことなくて……」
「俺も自分用は持ったことない。沙斗琉にきいた」
「そうなんですね! 研修の間に、それも覚えた方がいいでしょうか……」
「まあ、使えるに越したことはないだろうな。沙斗琉に聞いてみたらいいんじゃないか? 昼間とか、回収がないときに」
「はいっ! 頑張って覚えます!」
「そんなに構えなくても、難しくないぞ」
蓮と守の話が一段落したとき、ちょうど沙斗琉が電話を終えて戻ってくる。小走りで向かってくる様子は、少し焦っているようにも見える。
「蓮、部長から呼び出し! すぐに本部に来てくれって」
「部長から? 珍しいな」
「なんか緊急事態っぽい。詳しいことは本部で話すって」
「ん」
蓮は片手で扉を出現させ、冥界にダイヤルを合わせる。手慣れた様子に守が感心していると、扉が開き、蓮と沙斗琉は深い煙の先に進んでいく。守も慌てて二人の後を追いかけた。




