第25話 溶けかけのバニラアイス
「真白さんって、仕事してないの?」
激しく降り注ぐ雨を眺めながら、沙斗琉は隣を見ることもなく話しかける。真白はアイスクリームを口に含み、沙斗琉と同じく外に目を向けていた。
「してないよ」
「そのお菓子代はどこから出てるの?」
「貯金」
真白は自分の名前のように白いバニラアイスをつつく。雨の日の室内とはいえ、本格的な夏を感じる気温の中では、買ったばかりのアイスは既に溶け始めていた。
「息子の学費にするつもりだったんだけど、あの子、自力で高校資金貯めてさ。大学も行かなかったから余っちゃった」
「えぇ? すごい息子さんだね。……あれ? 息子さんいくつ?」
沙斗琉は真白の年齢を、三十代後半くらいだと思っていた。高校を卒業している息子がいてもおかしくはないが、勝手に想像していた息子像よりはずいぶん大きい。
「二十四」
「え!? あ、そんなに大きいの!?」
「うん。もう社会人でバリバリ働いてる」
「へぇ~」
沙斗琉は改めて、真白をつま先から眺める。真白から醸し出される雰囲気は、やはりそんなに大きな子供がいるようには見えない。少し肌艶がよくないように見えるが、それは余命数カ月という体の状態のせいだと思っていた。
真白は大きな口でアイスクリームを放り込む。
「私のこといくつだと思ってたの?」
「三十代後半くらいかなーって……」
「四十五だよ」
「もうちょっと歳近いと思ってたな……」
真白はアイスクリームのカップを持つのとは反対の手で、スカートのポケットに触れる。そこに読みかけの本が入っていることを、沙斗琉は知っていた。
「息子が私に似て目つき悪くてさ……。背が低いのは誰に似たんだろうね」
「旦那さんは背低くないの?」
「普通かな。結婚してないから、旦那とは言わないけど」
「あー……そうなんだ。ごめんね」
「別に」
真白は本当にどうでもよさそうに、最後のアイスクリームを口に入れる。華奢な見た目に反し、真白の一口は大きい。
「……入院費は、息子さんが出してるの?」
沙斗琉は真白から入院していると聞いたことはない。けれどなんとなく、本当はここにいてはいけない人だとわかっていた。
「うん」
真白も、否定はしなかった。
「息子さん仲いいの?」
「全然」
「え?」
沙斗琉は咄嗟に真白の顔を覗き込む。真白は空になったアイスクリームのカップを眺めていた。
「ほとんど話したことない。私が夜の仕事だったから、入れ違いが多くて」
どこか既視感のある言葉に、沙斗琉は眉をひそめる。しかし言及することなく、視線を向ける。ガラスの壁の向こうでは、雨が音を立てて地面を穿っていた。
「仲良くないのに、お金出してくれるんだ。息子さん優しいね」
「本当にね。私が病院抜け出してるのも知ってるだろうに」
真白の言葉に、沙斗琉は驚かなかった。真白が無許可で病院を抜け出していることにも気付いていた。
「どれくらい入れ違ってたの?」
「私が昼食べて仕事行って、息子がその後帰ってきて、私が夜中に帰ったら息子はもう寝てて、息子が作った夕飯食べて、食器片付けて寝て、昼に起きたら息子はもう学校で、息子が作ってくれた昼ご飯を食べて、また仕事に行く」
「丸一日会わないんだ……。学校からの連絡とかどうしてたの?」
「プリントがテーブルに置いてあるから、それ読んで必要なとこ書いて、そのままテーブルに置いとく。補足があれば付箋に書いてくれてた」
「息子さん、しっかりしてるね……」
「中学生で起業するくらいだからね」
「すごっ!!」
真白は外に目を向け、懐かしそうに目を細める。
「自分でなんでも解決しちゃう子でさ。わがまま一つ言わなかった。唯一買ってほしいって頼まれたのが、スマホ一台だけ。起業に必要だったんだろうね。同意書書いて、お金と一緒に渡したっけ」
味気なく聞こえるその言葉が、真白にとって大切な思い出であることは明白だ。きっとすれ違いながらも、息子を大切に思ってきたのだろう。
そしておそらく、息子も同じ思いを抱えている。
沙斗琉はこの日ようやく、自分が真白を気にする理由に気付いたのだった。




