第107話 ラスボスと対峙してる気分
「なーんか、思ってた状況と違うんだけど?」
沙斗琉は紫蘭に目を向けたまま首をかしげる。蓮は軽く咳き込みながら、沙斗琉の大きな背中を見上げる。
「お前、なんでここに……」
「普通に部長に聞いたよ、閻魔様はどこにいますかーって。渋られたけど、蓮が向かったかもって言ったら教えてくれた」
「うわ……。あとで怒られるな」
「ここ、立ち入り禁止らしいからね。まあ向かわせたのはオレだし、一緒に怒られてあげる。で、何があったの?」
「閻魔が、世界のルールそのものを変えたいんだと」
「はぁ?」
沙斗琉が少々大げさにも聞こえる声を上げる。
「脈絡がない上に壮大すぎて意味わかんないんだけど。なんでそんな話になってるの?」
「俺が人で閻魔が神だから」
その短い説明で、沙斗琉はだいたい理解したらしい。「あー」と納得するような声を出しながら、大鎌でトントンと肩を叩く。
「種族の違いによる寿命の差を、無理やり変えたいみたいなこと? アニメか漫画でしか聞かない話だね」
「寿命の差とか、住む場所の違いとか」
「ふ~ん。それで、なんで蓮が痛めつけられてたの?」
「痛めつけられてたわけじゃないが……俺の扉の力を使おうとしたらしい」
「触れた相手の力を使えるの? チート能力だね」
状況理解が早すぎる沙斗琉をありがたく思いながら、蓮は呼吸を整える。紫蘭は無言を貫き、見たことのない真顔で沙斗琉を睨んでいる。
沙斗琉は相変わらず、不敵な笑みを紫蘭に向けている。紫蘭が突然動き出さないか、警戒しているからかもしれない。
「それで? 蓮は世界を変えることに同意したの?」
「してない。俺は拒否した」
「閻魔様の独りよがりってこと?」
蓮はちらりと紫蘭を見上げる。表情のなさは相変わらずだが、少し不機嫌そうにも見える。
「独りよがり……。そうだね。独りよがりだと思う。ただ僕が蓮くんと一緒にいたいだけ。強引なのは理解してるよ。でもこんな機会は、もう来ないと思うから」
紫蘭のしたことは、当然冥界の掟に反することだ。まだ判決は出ていないが、もし極刑となれば、紫蘭は転生することもなく消滅する。
紫蘭は沙斗琉に向けて、すっと手を伸ばす。
「どいてくれるかな、鬼頭くん」
「嫌ですよ。オレは蓮の味方なので」
沙斗琉は即答し、大鎌を両手で構える。蓮は頼もしいと思いながら、沙斗琉の背中を眺めていた。
しかし沙斗琉が突然振り返る。その笑顔はかなり引きつっていて、あまりの情けなさに蓮は眉間のしわを深くする。
「……なんだよその顔」
「いや、だってさ、こんなバトル漫画みたいな展開想定してないっていうか、下っ端飛ばしてラスボスと対峙してる気分なんだけど」
「がんばれ」
「いやいやいや。正直今すぐ逃げて助けを呼んだ方がいいと思うんだけ……どぉ!?」
話の終わりを待たず、紫蘭の手から真っ赤な炎が放たれる。沙斗琉が寸でのところで避け、炎は蓮に向かって直進する。蓮はこのまま焼かれるかと思ったが、蓮にぶつかる前に炎は霧散した。
「おい、俺を守りに来たんじゃねーのか。なに避けてんだ」
「ごめんって! そもそも火が出せるとか知らな……うわっ!」
蓮は沙斗琉を茶化すが、炎を避け続ける沙斗琉にそんな余裕はなさそうだ。蓮は邪魔にならないように岩陰に移動する。戦いの様子をちらりと見ながら、ふーっと息を吐く。まだ息苦しさが完全に治まったわけではない。
(たしかに、このままじゃ沙斗琉が保たないな……。助けを呼びに行くか? けど俺がここから離れたら、親父は攻撃の手を強めるんじゃないか?)
紫蘭が火を出す程度の攻撃しかしていないのは、おそらく蓮を傷つけないためだ。本当はこの部屋ごと沙斗琉を潰すくらいできるだろう。
他の方法はないか、蓮は渋い顔で考える。
(寿命をそろえる以外に、俺と親父の足並みが揃う案を提示する? ……思いつかねーな。そもそも冥界がブラック企業すぎるところに問題がある気がするが、それを議論してる場合じゃないしな)
休みなく仕事をし続けるなど、蓮でも普通に無理だ。定年までどころか一年も耐えられそうにない。紫蘭の場合はそれが永遠に続くのだ。嫌になって当然だと蓮は思う。『世界の理を壊す』という案も、単に心が病んで判断が鈍っているだけではないだろうか。
なんにせよ、紫蘭を止めないことには始まらない。蓮は腕を組み、小さくため息をつく。
(気は進まないが……これが一番手っ取り早いか。上手くいかなかったとしても、あいつの動機を潰せるし。……精神が壊れる可能性はあるけど)
蓮は金庫扉を作り、手早くダイヤルを合わせる。おそらく紫蘭には気づかれているだろう。蓮が扉をくぐった途端に、大きな攻撃を仕掛けるかもしれない。だが、それでも特に問題はない。
蓮は扉を開き、扉に足を踏み入れる。紫蘭は蓮が部屋を出るタイミングを見計らっていたのだろう。蓮がいなくなると同時に、先ほどまでより広範囲に炎を放つ。
蓮はすぐに、出口側に足を踏み出す。降り立った場所は、たった今放たれた炎の目の前だった。




