03 与えられた仕事
豪華な馬車だと、思った。
私が馬車に乗り込む間も、手綱を繋がれた馬は大人しく待機している。馬も躾が行き届いている。手綱を引く御者の方も気さくで、優しかった。
規則正しい車輪の音が私を睡魔へ誘う。船旅による疲れ、名前を偽り演じたことに対する緊張感が緩み――気づけば、異国の地ですやすやと寝てしまう。
「リー……、ナタリー」
心地良い声で呼びかけるのは、精悍な顔つきの青年。
「アル……?」
「完全に寝てたから、少し焦った。目的地へ着いたから、起きれそうか?」
「え、えぇ……」
私の顔を見るなり、安心したように破顔する、アル。そういえば、私に与えられる仕事ってなにかしら……?
「アルフリード・ラーディス……」
完全に失念していた……。アルとはつまり――ラーディス王国・第一王子の愛称だったのだ、と。
「騙すような真似をしてすまなかった」
深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べるアルフリード様。応接室と呼ぶには広すぎる一室で、王子は瞳を伏せる。
「どうか頭を上げてください。一国の王子たるもの、そう簡単に頭を下げていては示しがつきませんわ」
毅然と言ってのけるが、内心焦っているのは此方だ。
「それで、仕事の件なんだが――、俺には歳の離れた妹がいる。その子が最近、部屋に閉じこもって塞ぎ込んでいて……異性の俺が部屋へ行っても、なにも聞いてくれないんだ。妹の、話し相手になってくれないか?」
「いや、でも、私、この国の言葉分かりませんし――」
「それなら問題ない。サーシャは、俺よりも他国の言葉に長けている。幼くして、神童と呼ばれた子供だ。ナタリーの国の言葉もサーシャから以前、教わったくらいだ」
「……私に利になることはありますか?」
「そうだな……もし、サーシャの話し相手になってくれるというのなら、衣食住を保証し、読み書き――この国の言葉や作法を教えよう。そして、仕事に見合った賃金も払うと約束する」
「この話、喜んで受けますわ。ただし、うまくいかなくても目を瞑って下さいまし」
行くあてもなく彷徨うくらいならば、悪くない条件。いや寧ろ、好条件だわ――。
サーシャ・ラーディスは紛うことなき神童だった。幼くして五つの国の言葉を使い分ける様は、大人ですら敵わない程。普通、この年頃の娘なら活発に遊ぶものでは?と思うのに、サーシャは物静かに書庫から借りてきた本を真剣な眼差しで読むという一風変わった知的な女の子だ。
ある日、突然、サーシャが部屋から閉じこもって出てこなくなった……かつてない一大事に城の者は慌てふためく――というのが、アル王子から得た事前情報だ。
「五カ国語……」
小国――とはいえ、一国の王子の婚約者だった私ですら、三カ国語が限界だ。
「そこで、私の出番というわけですか?」
「城の者には、誰一人として心を開いてもらえなかった。異国の人ならサーシャも話しやすいと思って……」
「此処が、サーシャの部屋だ。もう五日も部屋から出てこない――」
小声でそっと耳打ちしてくるアル王子。
「内側から鍵が掛けられているようです」
ドアノブを丁重に開けようとするも、動かない。
「なんだとっ!」
「静かに……、わたしがなんとかします」
こんな時のために用意しておいた――髪飾りのひとつを後頭部から外す。スッと引き抜いて、慣れた手つきで折り曲げる。
「――!」
一人の少女が、泣き叫び――そして、頭を抱えている。この国の言葉だろうか?意味はわからないけど、切羽詰まった様子だ。
「あなたが……サーシャ様ですか?」
慎重に言葉を選んで、優しく話しかける。
「あ、あ、あなたっ……いつからそこにっ!?部屋の扉には鍵をかけていたはず――」
「それでしたら、少し解錠させていただきました」
聡い少女・サーシャ様は、すぐさまフィオール語に切り替えてくれる。
変形させた髪飾りを見せて微笑めば、サーシャ様は再び頭を抱え始める始末。
異国の女性と対談【サーシャ視点】
サーシャ・ラーディスは激しい熱にうなされ、数日間、寝込んでいた。鮮明に思い出すのは、此処ではない国の名前、家族の顔、もっと文明の発達した世界――。オタク友達から勧められたゲーム。その中に自分が出てくること。何回再挑戦しても、サーシャは死ぬこと。それも暗殺とか、不治の病とか、短命だった記憶しかない。絶望だ。サーシャ・ラーディス、七歳(精神年齢・十七歳)。ついこの間まで、平凡な女子高生だったように感じる……のに――。
「なんで、こんなバッドエンドだらけのお姫様になってるのよ――!」
「あなたが……サーシャ様ですか?」
いつの間にか、わたしの部屋へと侵入していた見たことのない銀糸の髪をした少女。
「あ、あ、あなたっ……いつからそこにっ!?部屋の扉には鍵をかけていたはず――」
「それでしたら、少し解錠させていただきました」
ヘアピンを折り曲げたものを得意げに見せる。
その際にふふっと、不敵に微笑む姿すら美しい。
???
こんな登場人物いたかしら――?
記憶にない新キャラの登場に加速する頭痛。
わたしは、再び倒れてしまった。




