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友達の勇姿

 サボる、ちょっとだけワクワクした。ただ、リレーや玉入れの練習、係の打ち合わせにまとめ役たちの真剣な顔つきが浮かんできて「イイネ!」とは言い難い。頭を抱えながらお茶を流し込んで、理玖はやっと一つ古森に尋ねた。

「どこか一か所サボるとしたら、どこか一番……いなくても大丈夫かな」

 古森はうーんと少し考えるしぐさをして「俺が思うに」とグラウンドに目を向けた。

「応援タイム。競技や係と違って、誰が出ますとか申し込んでない」

 どう? という古森に理玖は頷いた。

 その夜、ベッドに寄りかかってスマホを見ていると、クラス全員にあてた連絡が来た。「打ち上げ参加する人~!」という内容に、理玖は参加しないと返事をした。

 体育祭の看板が校門に飾られている。理玖もジャージを着て登校していた。軽い鞄を背負って教室へ向かうと、古森がとろけたように机に突っ伏していた。

「おはよ。なんかあった?」

「今日は屋上ダメだって!」

 鍵を借りに行ったところ、防犯のためと断られたらしい。外部の人が多いから、というと古森は「そうなんだよね、でも~」と机の上に鞄を乗せてぱかッと開いた。

「こんなに重たかったのに……!」

 鞄の半分をカメラが占めている。替えのレンズも入っていて本格的だ。鞄を持たせてもらうと確かに腕にきた。

「ま、別のとこでも撮れるしいっか」

「えッあぁ、ならいいけど……」

 古森がスッと起き上がったので、理玖も切り替えて席に着いた。プログラムの用紙を確認すると、用具係の仕事、出場種目が午前中に固まっている。古森も大方同じ予定のはずだ。

 理玖の最初の出番は玉入れだった。チームメイトと円になって脚を伸ばすストレッチをしている後ろに、せっせとカゴを運んでくれている古森が見えた。

 積んで投げる方法は全チーム時間内に入れ終えてしまうという理由で、練習期間中に禁止された。なので、理玖はちまちま拾っては投げたり背の高い生徒に玉をあげたりした。順位は二位で周りも満足そうにハイタッチしていた。

「良かったね!」

「ぼちぼちね」

 片付けて戻ってきた古森と入れ替わりで、今度は理玖が用具係の仕事へ向かう。借り物が書かれた紙の詰まった箱が運ばれて行く間に、理玖は日傘などの小道具を袋に詰めて指定された先生に配り歩いていた。テントの下に座る教頭に大きなサングラスをかけてもらっていると、隣のテントに古森と作った寄せ植えが飾られているのが見えた。

 教頭先生に「ありがとうございます。後で回収にきます」と伝え、深めのお辞儀をしてから隣を覗いてみる。ニコニコしながらお茶を出している副部長が見え、知ってる人がいるなと思っていると彼もこちらへやってきた。

「よっ後輩。お茶飲む?」

 袋も空だったので理玖は「いただきます」と答えた。手招きされるままに着いていくと、副部長は校内に入って行った。そこから階段も登って理科室の扉を開けた。

「えッ?」

 施錠は? と思った理玖が副部長の顔を見ると、相手も理玖の声で振り向いたところだった。

「あいつが開けてんの」

 副部長が中へ進んで行くと、窓際に椅子を置いて部長が座っていた。低い棚をカウンターのようにして体重を預けている。こちらに視線を向けると、ほんのわずかに開いていたブラインドを全開にした。

 日差しがぽかぽかと暖かいなか、三人並んで湯呑のお茶をすすった。ここの窓はグラウンドの半分ほどが見える位置にあり、理玖は箱の周りにスタンバイする人を見つめた。部長はひたすらお茶を見つめているが、副部長は一緒に外を見てくれた。

「あの緑色が古森でしょ」

 理玖は「だと思います」と頷いた。緑の鉢巻をなびかせながら、古森は颯爽とグラウンドをかけていき視界から外れてしまった。

「あらら」

 副部長が呟いた。仕方なく他の参加者の様子を見ていると、応援席にいた生徒の手を引いて箱の元に戻ってくる人がいた。

「何の借り物だろうね?」

「同級生ですかね」

 理玖が返すと、「友達とか部活仲間かもね」と副部長は笑った。

「網村はいなくていいの、応援席」

 今頃古森が困ってるかも、と彼は笑いながら続けた。

「それは、考えてなかったですね……」

「ハハ! だよね。俺も考えてなかったから連れてきたし」

 そういわれると、練習で一番乗りだった古森が中々戻ってこないことが引っ掛かり始めた。ソワソワして古森が走り去ったほうをのぞき込んでしまう。

「戻れば」

 部長が言った。

「遅いけど戻れば?」

「あッ、ハイ!」

 ポンと背中を押されたように理玖は反射で返事をした。残っていたお茶を飲み干すと、「失礼します……!」と早足で出口に向かう。後ろから先輩たちの楽しげな声が聞こえた。

 タッタッタと少し息が切れるくらいの速さで歩いていく。階段を下りる途中でまたグラウンドが見えて、スッと頭が冷えた。同じお題が入っていることは無いだろうし、仮に誰かが必要なお題でも自分でなきゃいけないことは無いだろう、と。それでも理玖は歩いた。速度は落としたが、古森の楽しむ姿を見ておきたいと思った。

 グラウンドに出ると、先ほど見かけた友達と手をつないだ生徒が一位の旗のもとに座っていた。古森は、とあたりを見回すと用具置き場から手ぶらで走ってくるのが見えた。

「古森君!」

 理玖が声をかけると、古森は減速してこちらに寄ってきた。

「ね、網どこにあるか知らない?」

 額の汗を拭いながら古森が尋ねてきた。用具係の理玖は思い当たるところがあるのだが、不公平になるんじゃないかと頭を悩ませた。

「さっき、玉入れのやつ借りようと思ったんだけど、人多くて危ないからやめて下さいって」

 いきさつを説明した後、いっそと言って古森は理玖を見つめた。理玖は「いや」とそれを遮ってヒントをあげた。

「生物とか捕まえてそうな先生に聞くといいんじゃない」

 聞くや否や古森は一人の先生に向かって走り出した。迷いのない姿を見て、生物の教師は一人じゃないし、と理玖は自分に言い訳をした。最終的に虫取り網を担いだ古森は、真ん中より二人ほど後ろの順位だった。

「次は、一年生クラス対抗リレーを行います」

 出場する選手は~、のアナウンスに周囲が一斉に立ち上がって動き出した。応援席についていた理玖と古森もグラウンド中央へ向かう。クラスごとに走順で並び、理玖は五番目についた。

「位置について~」第一走者がクラウチングスタートの構えを取った。

「よお~い」腰が持ち上がる。

「ドン!」破裂音と共に、全員が駆けだした。

 大した差がつく間もなく、理玖の出番が回ってくる。緩めの速度で目視しつつバトンを受け取り、白線に沿って走った。息が荒くなってすぐ、手を差し出しているクラスメイトにバトンを渡し終えた。終わったぁ、と肩の力が抜けた状態で理玖は同じく走り終えた選手たちの列に座った。リレーの状況は、赤が少しリードといったところだった。

 ずっと目で追うのも疲れるので、実況に耳を傾けながら古森と雫と玉乃の出番を待つ。順番を聞いたところ二十番台に固まっていたので、あとグラウンド二周ほど過ぎたら探そうと足首を回した。

「さあ! 後半戦になってまいりました、現在トップは赤組! 後ろに緑、黄色、青が続いています!」

 はじめにバトンが回ってきたのは雫、まあまあの速さで走って行って一位のまま次へ渡した。コースの内側へ戻ってくるとき、ちょうど古森が準備の為に立ち上がったので視線をかわし軽く手を挙げて挨拶をしたようだった。古森とすれ違うと、雫はジャージの膝についた砂を払って座った。

 次の古森も軽快に走り抜けてバトンタッチをした。理玖と同じ列に戻ってきて横を通るときに手を差し出してきたので、周りの目が気になったが音が鳴らないようにハイタッチをした。

 最後の出番でアンカーの赤タスキをかけていた玉乃が一番速かった。風を切って走り、ゴールをガッツポーズしながら走り抜ける余裕が見えた。手元にスマホがあれば撮ってメガネに送りたいくらい爽やかな場面だった。


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