出来たことひとつ
午後の体育祭は、徒競走で独走する副部長を見届けるところから始まった。後半の競技は上級生が主役の物が多かったので、理玖たちは係の仕事をして回っていた。一息つくときに日陰から理科室を見上げると、部長のつむじが見えた。
風が冷えてきた。体育祭は黄色組の優勝で幕を閉じた。終わってからもしばらく会場の中心で生徒たちが団子になっていた。理玖はグラウンドの端でポツンと取り残されていたが、人のいなくなった来賓席に雫の姿があったのでそこに向かった。
「暇?」
雫はパイプ椅子を折りたたんでいた。横目で理玖を確認すると作業しながら問いかけた。理玖は「うん」と答えながら同じように椅子を畳んだ。
「ここ終わったら帰れんだ」
「じゃあ早く帰ろう」
そこからは黙って作業を続けた。椅子を運んでテーブルも片付け終えた頃に、固まっていた生徒たちがグラウンドにばらけ始めた。残ったテントは「担当じゃない」と言って、雫は校舎に向かっていった。
ロッカーの荷物を鞄に詰め込む。汚れた体操着の上からジャージを羽織って雫がいる教室に行った。廊下に姿が無く中から物音がするので、壁に背を預けて空いた窓から吹く風を浴びながら待った。出てきた雫は上下ともにラフな私服に着替えていた。
「なんで?」理玖が服を指差す。
「このまま飯行こうと思ったの。お前がそんなんだから、一回家帰るわ」
荷物も置けるし、と愚痴っぽく言って雫は歩き出した。
「打ち上げなら何にしろ早すぎ」
理玖の指摘にちらりと視線を向けると、「打ち上げは行かないだろ」と薄く笑った。
「知るか。俺ら別に飯行く約束してないし」
「してなくても行くだろ」
雫を連れたまま家に帰ると、空子がソファに腰かけていた。
「あら雫くんも。いらっしゃい」
「こんにちは~」
理玖は台所をのぞき込んで、空子に「夕飯は?」と尋ねた。
「今日は理玖ちゃんのお弁当の残りですよ。せっかくだし、二人で外に行って来たら?」
「うん。そうする」
先回りして欲しい提案をされたので、理玖は着替えに自分の部屋へ上がった。雫は一度帰ろうとしたが、空子が「荷物は置いていって構いませんよ」と引き止めたので客間でお茶をすすって待っていた。
引き出しの一番上にあったTシャツを被り、履き替えたズボンのポケットに財布とスマホを入れた。脱いだ服を抱えて洗濯機へ放り込んでから客間に顔を出す。
「準備できた。ばあちゃん出かけてくるね」
「また後でお邪魔します」
さっさと通り過ぎていく理玖に雫が急いで立ち上がり、二人は家を出た。「焼肉食おう」と雫が言い出したが「打ち上げと被ったら気まずい」と却下した。少し歩いたところで、まっすぐ行った先にある和食レストランに決まった。
席に案内してもらい、メニューを開くその前。壁に貼られた限定メニューを二人で見ていた。
「鍋だよな」
「まあ鍋」
鍋自体は時季外れなのだが、春キャベツをメインに使ったものらしい。真ん中に牛肉が盛られているのが美味そうだった。注文して待つ間、テーブルに置いたスマホが震えた。古森から写真が送られてきていて、クラスメイト達がしゃぶしゃぶを囲んでいた。
「あぶな。発想は似たようなもんだった」
雫に写真を見せると「焼肉セーフ」とだけ答えて、視線はすぐにメニューに移った。理玖は自分のスマホに意識を戻して送られてきた写真を見た。これは保存しなくていいか、と思ってテーブルに戻しかけたが今日撮った写真の存在を思い出してもう一度手に取る。さすがに被写体本人に見せないのは気分が良くなかった。
「これ、今日撮った」
写真アプリを開いてスマホごと渡す。雫がテーブルに置いたまま写真を流し見ている間に、卓の中央には鍋が運ばれてきた。くつくつと汁が煮立って湯気がたっている。
「食べるよ」
「うん、なにこれ」
お互い鍋をよそりながら、雫が聞いてきた。
「暇だったから」
「暇なことあるかって言いたいけどね」
明らかに応援合戦中の写真に「まあそうね」としか返せなかった。
「とりあえずあげるわ」
雫が映った写真をメッセージ画面から雫に送る。写真を選ぶときに他のものも目に入った。理科室での食事も古森とのツーショットもグラウンドとの距離が遠かった。来年は土の上で記念写真を撮ってもいいかもしれない。
「何してたん」
「あー、部活の先輩と昼食べるとこから始まって」
今のところは、今日の思い出話をする。




