だから私は、権力者のおしっこを飲みたい(第2話)
「本当にオレも来なきゃいけなかったです?」
足早に歩を進める僕らの背中に、上小田井が声をかけてきた。
「当然だ」金山が振り返らずに言った。「裏向きにはプライベートでの行動だが、表向きには商談だ。お前がいなければ俺たちのレーゾンデートルが脅かされる」
大袈裟だなあ、という呟き声が聞こえてきた。
「それよりも」堀田が言った。「事前に何も打ち合わせをしなかった。戦法は綿密に話し合っておくべきだったわ」
「それは大きな勘違いだ」金山が言った。「予め綿密にシナリオを作ると、それに縛られて身動きが取れなくなる事は、一流のTEDプレゼンターなら10人中13人が同意する。充分な練習を積んだ者だけに自信のあるプレゼンが許されると嘯いた老害がいたが、そういう輩にはMr.ビーンの映画でも見せておけばいい。商談は場の流れを制した者が勝者だ。これは相手に依って大きく出方が異なる。相手が不明な場合はアドリブで突き進むのが俺のやり方だ」
上小田井が僕の耳許に、それでコンペに勝てたら苦労はないですけどね、と囁いてきた。そう思うだろうな。
大手出版社だけあって、大きなビルだった。歴史のある会社かと思ったが、自社ビルだとしたら新しすぎる。
「隣接する歴史的建造物が旧社屋です。今は資料館として公開してるみたいですけどね。よくあるパターンです」上小田井が言った。「因みに、予め情報共有をさせて頂くと、ユグドラジル社の役員は全員、慶応や東大出身の高学歴者ばかりです」
ラノベのWEBサイトだから学歴は関係ないと思ったが、経営やビジネスの観点からは、やはり大きな武器になるんだろうな。
「上小田井よ」金山が言った。「要らぬ情報を寄越すな。交渉事は、時には相手を知り過ぎない方がうまく行く。そうでなければ、伝助はスーさんとガチ友になる事はなかった。学歴マウントを取られる前に、自らハードルを潜りに行くような真似はよせ」
堀田が、気持ちは解るわ、と呟いた。
総合受付を通り、エレベーターで5階まで上がった。ユグドラジル社の無人の受付には内線電話機のみ置かれており、壁にユグドラジルのロゴプレートがあしらわれていた。これもよくあるパターンだ。
内線で担当者を呼び出し、会議室に案内された。暫く待たされた後、ユグドラジルの社員が入ってきた。どうやら今回の商談相手らしい。私服姿で、長髪に無精髭、オシャレ眼鏡。40代くらいか。
名刺交換を済ませてから、各位席に着いた。男は名前を神宮前と言った。
「今回は取材だとお伺いしましたが」神宮前が口を開いた。「御社は対外的なメディアを持ってらっしゃるんですか?」
堀田が、ええと、と喋りかけ、金山が制した。
「最終的には弊社製品のプロモーションとして使わせて頂くかもしませんが、今回の目的は新たなプロダクト開発に先立ちお客様のご意見を収集する事が目的です」
「そうですか」金山の言葉に、神宮前が返した。「それであれば、わざわざ弊社の様な小規模な会社じゃなく、親会社に直接訊かれれば良いのに。確かに、親会社とは共通の設備を使ってますがね」
「その規模が今回の問題です」金山が言った。「今後のラインナップ戦略において、もう少し規模による商材のカテゴライズを重視しようと考えております」
金山の言葉に、神宮前は、なるほど、と返した。僕はほっとした。
「それにはまず、御社のサービスについて詳しくお伺いしたいです」金山が言った。「当然、ユグドラジルのサイトはよく拝見していますし、こちらにいる鳴海なんかは、自らラノベを投稿しております」
金山が僕の方に目を遣ってきた。僕は適当に照れる仕草を見せた。神宮前は、そうですが、とだけ答えた。金山は伏線を張ったのだ。
「投稿までして頂いているのであれば、話は早いでしょう」神宮前が言った。「うちのビジネスモデルとしては、WEBで一般から小説やノンフィクション、漫画などのコンテンツを募集して、それを誰もが読めるポータルを運営しています。投稿者には、その質とモチベーションを維持向上させるため、色々なインセンティブを用意しています。このあたりが競合他社との違いでしょうかね。人気作家にはポイントを付与し、現金にも換金できる仕組みがありますし、年に数回実施するWEB大賞では、人気作品を書籍化したりしています。弊社の主な収益はWEBでの広告収入と、出版による販売益、あとは版権ビジネス等です。まあ、想像された通りだと思いますよ。そこまで特殊なビジネスモデルを敷いている訳ではないです」
「少し脱線するかもしれませんが…」金山が言った「半分、個人的興味でお伺いします。WEB大賞と仰いましたが、書籍化する作品はどのように決定されるんですか?」
「読者からの投票や、投稿頻度や閲覧数などのパラメータによって付与される評価ポイントなどで、まずは順位をつけます。最後は弊社の社員が上位の何作品かを読み、出版するに値する質が担保できているか、流行を捉えているか、つまりちゃんと売れて利益がでそうか、の観点から決定します」
「なるほどそうですか」金山が言った。「然し、このご時世、ライトノベルは腐るほど書店に並んでいるではないですか。となると、何らかの差別化ポイントを設けないと収益化は難しいように思われます」
神宮前は、そうだね、と言った。
「その通りではあるんですが、実際に革新的でイノベーティブな作品が選ばれる事は、あまりないかもしれませんね。というのも、収益化上、効率が悪いしリスクが高いからです。うちは、年間数十冊を書籍化しています。当然、売れる物もあれば、そうでもないものもあります。マーケティング上の課題としては、如何にそのブレ幅を小さくしていくかです。勿論、爆発的なヒットが出ればありがたいですが、それよりも安定して収益が見込めた方が、株価への影響も測りやすくなりますから、親会社もその方が満足しますね。年間20冊出して平均幾らの収益、と計算ができれば、40冊出せばこのくらいだろう、と予測が立てられます。だから、我々が気を付けているのは、現在どのような舞台設定やプロットが流行していて、どの層にどのくらい売れそうなのか、という事です。当然、投稿された作品のタイトル分析は大きな要素です。品詞ごとに分解して、人気のある単語や文節を常に分析し、平均して書店で手に取られる様なタイトルを選べるメソッドを構築しています。だから、全く誰にも読まれていないような作品であっても、投稿されている以上、分析対象のサンプルとなるので、弊社にとっては重要です。まあ、どれも特別な事ではありません。どの企業でも考えている事は同じだと思いますよ」
「なるほどありがとうございます」金山が言った。「因みに、評価ポイントの基準は、投稿者や読者には開示されているんですか?」
神宮前はかぶりを振った。
「2つの観点で、現段階では開示を避けています。ひとつは、基準が知られる事で、何らかの工作によってポイントを稼ごうという連中が出てくるリスクです。2つ目は、いざという時に運営側である程度のポイント操作ができる余地を残しておく為です。この事は約款にも謳っています。誰も読んではいないでしょうがね」
神宮前は重要な事を喋った。確かに、業界の仕組みを考えれば、ただ単に当然の事をしているにすぎない。これを運営側の口から言わせた事が大きい。金山はやり手だ。
金山は、神宮前の言葉に、わざとらしく声を立てて笑ってみせた。
「いや、よくできてます」金山が言った。「次いでと言ってはなんですが、この鳴海の作品がユグドラジルで上位となる秘訣を伝授頂けませんかね?」
神宮前は小さく声を上げて笑うと「それは私も知りたいですね」と言った。「結局はWEBで大量の作品を収集するという事は、ラノベを定量的に分析、判断する、という事なんです。だから、今何が売れるのか、何が人気なのか、何故それが上位になっているのか、は、当然その時々の流行によって異なりますし、年単位で傾向は大きく変わりますが、それは飽く迄マーケティング傾向から言えるのであって、要因については分解できそうな要素が大きすぎて一概に定義するのは困難です。どうすれば売れる作品になるのか、が解っているのなら、そもそも我々はWEBで大量の作品をかき集めたりはしませんね」
正論だ。これを言われたら、作品を社員の個人的観点のみで操作してください、などとは言えない。ここまでマーケティング観点でビジネスを行っており、エクイティの価値を重視している会社が、コネでどうこうしよう、とは思えない。作戦は失敗だ。
金山は、少し考えるようにしてから、僕と堀田を一瞥し、神宮前に向き直ってから数度頷いた。
「ありがとうございます」金山が言った。「では、本題に入りたいと思います。まずは、御社のサーバ管理について何点か質問させてください」
その後の話は、あまり頭に入ってこなかった。金山は、ありもしないプロダクト開発の為に、ユグドラジルのシステム構成なんかを聞き出していた。SEも連れてきていないのに、そんなものを訊いても仕方ないだろうけれど、今回の訪問をできるだけ不自然ではなく見せるためには必要な質問だった。
帰り道、4人とも沈黙の中を歩いた。僕個人としては、意味のある訪問ではあった。少なくとも、WEB大賞の評価基準がどのような背景の上に成り立っているかを確認できたからだ。
「金山、ありがとう」僕が言った。「おかげでスッキリした。僕のラノベをWEB大賞でどうこうしよう、っていうのが、そもそも運営側のビジネスモデルの観点から間違っていた事が解っただけでも良かったよ。これで諦めがつく」
僕の言葉に、金山がにやりと笑った。
「見誤ったな」金山が言った。「お前は、今回の訪問の真の目的について理解していない。勿論、敢えてお前たちが気づかないようにして、自然な商談を進めるのが俺の狙いだった訳だが」
なんだって?
「金山くん」堀田が呼び掛けた。「悪いけど、キミの言葉をどこまで信用していいか、だんだんわからなくなってきたわ」
同感だ。
「これで次の一手は決まったな」金山が得意気に言った。「システムサポート部の豊橋。こいつが最後のキーマンだ」




