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オトナのラノベの作り方  作者: ぼを
14/21

どう考えても、そのおっぱいの大きさは間違っている(第2話)

「ラノベだったの?」呼続はMAXコーヒーを片手に言った。呆れた風でもなかった。「プロダクトなんて言うから、新しい製品かアプリだと思ってた」

「金山くんが、いちいちウォズだとかジョブズだとか言うからよ」

 堀田が金山を横目で睨みながら言った。

「新機軸のプロダクトに貴賤はない」金山が言った。「等しく価値を計られる権利がある。少なくともお前が今貪っている糖質の塊よりは価値のある物だ」

 金山の言葉に、呼続は純粋に笑った。

「ベンサムやミルに従えば、最大多数の最大幸福こそが神だけれど、人生の幸福度の定義って難しいよね」呼続が言った。「例えば定量的な幸福の基準が人生の期間におけるドーパミンの分泌量だとしたら、一番手軽なのは美味しいものを食べる事だよね。ここにあるMAXコーヒーやドーナツ程コスパのいい物はないよ」

「セックスで脳内麻薬を分泌させる方法が真っ先に思い浮かばないお前が童貞かどうかなど、俺には興味はない」金山が言った。「俺が欲しているのは、お前が示してくれるであろう、俺たちのラノベを受賞させるにあたり俺たちのドーパミンを最大分泌させてくれるエモいマーケティング案だけだ」

 呼続は、ひひひ、と笑い声を立てた。

「やっぱり協力は断るよ」呼続が言った。「君たちのやり方ではどれだけ努力したってラノベのWEB大賞で受賞する事なんかできっこないし、そもそも僕が手伝ってどうこうできる物でもないからね」

 知ったような口だ。

「何故言い切れる」金山が言った。「俺たちは、お前のヲタク人生という凡そラノベらしからぬ設定のどこにラノベの要素が潜んでいるかを探らなければならないのか?」

「ラノベはかなり読んでる方だよ」呼続が言った。「まあ、数年前まではね。最近はそうでもない」

 彼の意見がどうあれ、当初から呼続にはラノベについてのプロジェクトである事を話しておいた方が色々近道だっただろうな…。

「ここにいる堀田も鳴海も、お前がどんなラノベを読んでいるかには全く興味がないが、進行上どうしても必要だから仕方なく訊く」金山が語気を強めて言った。「どんなジャンルが主だ?」

「ジャンルは気にした事はないね。というか、気にできる立場じゃなかったんだ」呼続が言った。意味深だ。「しかも、有名作品を読んできたかと言われると、そうでもないんだ。どちらかというと、君たちの言葉で言うところの『マジでクソでオワコン』なラノベを沢山読んできた」

「話が見えない」堀田が腕を組みながら言った。「呼続くんは、ラノベが好きなの? 嫌いなの?」

「どちらかと言えば好きだよ」呼続が言った。「白状すると、僕は一時期、ラノベ大賞の下読みのバイトをしていた事があるんだ」

「なんだと?」

 金山が反射的に言った。

 ラノベ大賞の下読みのバイト。確かに、そういう仕事がある事は聞いたことがあるけれど、実際に下読みをしている人には出会ったことがない。昔投稿していた有名文学賞は、毎回1,200作品程度が送られてくる。選考員は有名作家が務めているが、実際に彼らが1,200作品全てを読む訳じゃない。大半は下読みの連中に読まれて、恐らく一定の評価基準はあるにしても、彼らの主観で以て選定されてしまうのも事実だ。そんな下読みのバイトを、呼続がしていた、という。

「もちろん、WEBで投票を主軸にした大賞と、僕が下読みをしてた様な、一般の読者が参加しない大賞とは選考基準も方法も異なるよ。それは当然知ってる。で、実際のところ、WEB投票の大賞の方が色々と打つ手がありそうに見えるし、メイン層の中学高校生が、君たちみたいにPTを組んで戦略的に仕掛けてくることなんて有り得ないと思うよね」

 呼続が言った。

「その通りだ」金山が返した。「俺たちは、ガキどもには出来ないノウハウと予算を使って戦略的にWEB大賞を攻略する事を主軸に活動している」

「やめといた方がいいよ」呼続が言った。「事実は君たちが思っている以上に狡猾だ。君たちは、SNSを使ったプロモーションであったり、根回しであったりといった手段はオトナだけに許された特権のように勘違いしているかもしれないけれど、それが大きな間違いだよ。よく考えてごらんよ。そんな子供たちが書いたラノベが、実際にWEB大賞で上位になって何千何万の得票をしているんだよ? そりゃあ、運の要素も大きいけれど、それだけじゃない」

「まさか、作品の質、って言うんじゃないでしょうね?」

 堀田が言った。呼続は、また、ひひひ、と笑った。

「作品の良し悪しこそ評価が難しいけれど、少なくとも凡庸でないイノベーティブな作品である事が上位の条件でない事は確かだね。僕が下読みをしていた様な大賞では、まだその余地は残されていた。君たちに説明するのは残念だけれど、投票によってラノベの良し悪しが決まる時代では、彼らは君たちが想定しているよりも遥かに色々な手段を使ってるよ。クラスや学校の友人たちに根回しして投票を呼び掛け組織票を得るのは勿論、SNSやオフ会で有名ラノベ作家と近づきになって、タイミングを合わせて相互に投票を入れまくって評価を上げる、なんて事も平然とやっている。有名作家であればインフルエンス力も小さくないから、おこぼれに与る事ができるって算段だ。だから、彼らに試されているのはラノベの完成度を上げる事ではなく、如何にSNS時代のツールを駆使してゲームに勝つか、だ。何故なら、読む側からしても『どれを読んでも結局は同じ』だから。彼らは読むべきラノベを選んで欲しいだけだ」

 呼続の言葉に、僕は愕然とした。そして、僕はラノベという物の輪郭が解らなくなった。自分自身が中学高校の頃、確かに小説を書いていたけれど、戦略的にその小説を有名にしよう、などと考えた事は一度もなかった。純粋に、書きたい物があるから書いた。だから友人からの批評も面白く聞けたし、議論にもなった。きょう日の子供たちにとって、ラノベとは一体何なんだろうか。彼らにだって書きたい物があって書いているのではないのか。それが、投票だのSNSでの評判だのに踊らさせて、本人たちも知らず知らずの内に、世間の感覚に迎合していやしないか。その影響は作品の均質化を生じさせてやしないか。つまり「どれを読んでも同じ」状況を作り出してしまってやしないのか。


「もう、やめよう」エレベーターホールに戻ってから、僕が言った。「虚しいだけだ。オトナの戦い方を挑んだ所で、彼らは僕らよりもハイレベルな『オトナのラノベの作り方』をしている。純粋にクリエイターの在り方が解らなくなってしまっただけだった」

「今度ばかりは、俺も絶句だ」金山が言った。「ガキどもは、サラリーマンの親や大人たちを見て言う。『あんな人生は歩みたくない』とな。それがどうだ。呼続に依れば、そんなガキどもこそが率先して、醜いオトナの真似をしてやがる。根回し、賄賂、飲み会、胡麻すり。SNSの時代においても、生き残るに必要な要素は結局そんな下らないオトナのやり方だという事を、ガキどもにまざまざと見せつけられるとは思わなかったぜ」

「あたしも参ったわ」堀田が言った。「なんだか、普段プロモーションでターゲティングやクリエイティブの議論をしている事ですら、大きな誤りを犯し続けている事に気づいていないだけかもしれない、なんて錯覚を覚えてしまったもの」

 エレベーターの中を沈黙が支配した。

「作品の判断が読み手に委ねられる以上、たった一人の下読みに判断されるよりはWEB投票の方が公平だと思ってたんだけどね…」

 エレベーターを降りてから、僕が言った。

「受け止められ方なんて曖昧なものさ」金山が言った。「俺はボカロPだから、クリエイターとしての悩みは共感できる。特に音楽というヤツは非常に厄介だ。実体がない。オリジナルがないんだ」

「金山の悩みなんて珍しいな」

 僕が言った。金山が頷いた。

「お前はモーツァルトの名曲を聴いたことがあるだろう」僕は首肯した。それで、金山も満足そうに頷いた。「断言するが、お前は『本当のモーツァルトを聴いた事は一度もない』」

「は?」

 思わず声に出してしまった。

「より正確に言ってやろう」金山が言った。「少なくとも現代に生きている全ての人類が、オリジナルのモーツァルトなんか聴いた事がない。何故なら、あのイカレ野郎が残したのはただの紙切れ、楽譜でしかないからだ。楽譜は音楽じゃない。記号の集合体だ。12平均律という究極の制限の中で彩られたオタマジャクシのお遊戯会に過ぎない。確かに『ゆっくり演奏する』であったり『段々大きく演奏する』なんて指示は可能だ。だが、残念な事にその解像度の低い楽譜というメディアは読み手の余地を残し過ぎる。つまり、楽譜を読み取る奏者や指揮者によって全く演奏のされ方が異なってくる。楽譜はオリジナルなきコピー、つまりシミュラークルに過ぎない。俺には一時期、どうしても『プロの奏者たちがこぞってクラシックという前時代的なオワコンの音楽を弾きたがるのか』が理解できなかった。リストの曲を弾く奏者はただのリストの媒介にしか思えなかった。媒介をするために恐ろしい年月をかけて楽器を習得したのだとしたら、それこそ人生の浪費に他ならない。お前にはお前の人生、お前の音楽はないのか、と。だが、楽譜がシミュラークルでしかない事に気づいてから、多少だが理解できるようになった。つまり、解釈の違いがオリジナリティだと。例えモーツァルトやリストがそれを許さないとしても、奴らは墓の中だ。自由に演奏すればいい。だが、これがDTMの打ち込み楽曲だと、また変わってくる。まず、曲を作るときに俺はヘッドホンをしている。ところが、ヘッドホンメーカーに依ると、メーカーごとにヘッドホン自体の音作りをしているから、使うヘッドホンによって聴こえ方が異なる、と言うんだ。重低音が得意な製品、音圧が強い製品、とな。確かに使うヘッドホンを変えると、楽曲の雰囲気はガラリと変わる。すると俺は思う。『俺の楽曲のオリジナルは、このヘッドホンに支配されているのか』と」

「モニターヘッドホンを使えばいいじゃない」堀田が言った。「業界じゃ、みんな同じヘッドホンを使ってる」

「その通りだ」金山が言った。「俺がモニターヘッドホンを使えば、或いは解決するかもしれない。だが、問題はその後だ。俺は楽曲をミックスし、マスタリングし、できるだけ高解像度で出力する。そして、例えばそれをニコニコにアップする。この時点で得体のしれないニコニコの圧縮がかかってオリジナルは失われる。更に聴く人間は複数の影響要素を持っている。プレイヤの良し悪し、イコライザの設定、イヤホンやヘッドホンのメーカーによる音作りの違い。俺が俺のオリジナルだと思って作った楽曲は、結局最終的にはあらゆる要素の影響を受け、莫大なパターンに分岐して聴かれる事になる。だから、俺の楽曲には実体がない。逆に言えば、受け取られ方が曖昧であるからこそ、提供側には誘導をする余地がある。ガキどもがママゴトの根回しをするならば、いい度胸だ。こっちはもっと上の『オトナの根回し』を見せてやる」

「待てよ」僕が言った。「もうやめにしよう、と言ったろ? 僕自身、これ以上無意味に足掻きたくない」

「どんな手段を考えてるの?」堀田が訊いた。「もはや興味はないけれど、聞いてあげるわ」

 金山がにやりと笑った。

「よし、向かうぞ」金山が言った。「法人営業部の上小田井が俺たちのメシアだ」

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