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アルフレッド(3)



「付き合わせて悪いね」


 デオギニアから帰国したばかりのヒースと共に馬車に乗り込んだ。

 先ほどリアムの執務室で偶然合流したのだが、オリンドのところへ行く官吏役を誰にするかで少々議論になっていた。そこへタイミングよく到着した二人を見た瞬間、アルフレッドはヒースが適任だと思い、頼み込んだ。


「いや、リアムの執務室にいるのならジークは安全だから問題ない」


 ローズの婚約者だったオリンド・シモーネは、ちょっと調べただけでもボロボロ余罪が出てくるようなクズだった。使用人に手を出したあげく、孕めば解雇。当然、それを不当だと反論できるような女性は狙わないため、今までお咎めなく過ごせていたようだが。


「ローズ嬢のアルバーン子爵家の領地は、婚約する少し前に、新しい品種のトウモロコシ栽培を始めたんだ」

「あの白いトウモロコシか」

「そう。デオギニアの品種だから、当時かなりのお金をかけて種を仕入れたらしい。シモーネ家はそれを嗅ぎつけて出資を申し出たんだ。婚約を申し込むついでにね? 確かに当時は珍しくて、高く売れたから儲かったと思うよ」

「サファスレートでも最近では普通に出回ってると思うが」

「そう。それで、シモーネ家も旨味がなくなってきた。しかも、育ててた他の作物の不作や領地の水害なんかもあって、アルバーン家は衰退。それがちょうど二年前か」

「それで旨味が完全になくなったから、婚約維持確認手続きの制度を利用してシモーネ伯爵家の方から婚約を解消した?」

「まぁ、ざっくりいえばそうだね。普通なら安く買いたたかれるはずなのに、貴族がこぞって高く買う白いトウモロコシが出てきたとしたら、ヒースならどうする?」

「まぁ、どうにかして白いトウモロコシを育てようと思うだろうな」

「うん。そこでシモーネ家は高い金で種を売りつけた。育て方なんかもバラしたかもね」

「出資してるのに?」

「どうせデオギニアから購入するところが出てきて競争が激化すると思えば、先に売りつけたほうが儲かると判断したんじゃないかな」


 シモーネ伯爵は、したたかだ。

 今回も、法に触れないギリギリを攻めたつもりだろう。アルバーン子爵は舐められていた。


 流通ルートをシモーネ家の口利きで広げてしまったせいで婚約破棄だと子爵家から訴えるのは無理だったのだろう。そもそも婚約は、裏切らないと信じ込ませるためのものだったようだ。


 流通ルートを潰されてしまえば、売る術がなくなってしまう。アルバーン子爵は娘の名誉か領地の存続かを迫られたのだ。当然、領地を取るだろう。領民の生活がかかっているのだから。


 アルフレッドは娘を持つ父親として、許し難いものがあった。フローラからの頼みでなくとも潰しておきたいぐらいには腹が立っている。


 そもそも流通ルートも上手く誤魔化しているが、どれもこれもシモーネ伯爵家に金が流れるようになっていたのだ。何をしようともシモーネ伯爵家は損をしない計算になっている。


 シモーネ伯爵は、色々なところから少しずつ金を吸い上げるのが上手い。人と人を繋げるのも上手く、ある側面では非常に評判が良かったりもする。彼のお陰で儲けたと思ってる人が少なからずいるのだ。実は吸い取られているというのに。


「シモーネ伯爵は、最初から婚約の継続はしないつもりだったのか?」

「そうだろうね。制度がいいように利用されてしまった悪い例だよ」

「十三歳以下は婚約不可という制度と同時に始まったと思うのだが」

「制度はずっと議会で草案が練られていたし、当時からこの手の問題はおこるだろうという議論は盛んだったからね。それを知ってる者なら利用するつもりで早々に婚約する者も出てくるだろうとは思っていたよ」

「ローズ嬢がオリンドと婚約したのはいつ?」

「十歳の時、あの頃はまだ十三歳より前でも婚約できたからね。その後すぐに禁止になったよ。本当に鼻が利くし、耳もいい。金をかけて情報を上手く仕入れているようだね」


 目的の場所に着くと、人気のない路地裏でアルフレッドの従兄で騎士のマクスウェルと合流した。


「手筈通りに」


 一言だけ呟き、マクスウェルが頷いたのを確認した後、アルフレッドは馬車に戻った。耳にイヤホンというデオギニアから輸入した機器を入れて待機した。



「オリンド・シモーネ殿か?」


 抑揚のないヒースの声が響いてきた。

 デオギニアから帰国するたび、表情が豊かになっていたので、少し心配していたのだが杞憂だったようだ。堅物な官吏そのものの口調に安堵した。


 本物の官吏だと物腰が弱すぎるし、アルフレッドでは面が割れすぎている。誰もが宰相であるリアムの右腕として認識しているからだ。


 ヒースの顔はもとより、若い人の中には名前すら知らない人もいるらしい。ヒースは、ほぼデオギニアにいて帰国しても限られた人物としか接触しないからだ。しかも官吏の制服を着て、帽子を目深に被っているので大抵の人にはバレないだろう。

 マクスウェルは護衛だ。

 監査役の官吏は恨まれることが多く、安全のために、騎士が警護することが義務付けられている。


「はい。そうですが、どなたですか?」

「労働基準局、監査室の者です」

「……僕はまだ伯爵位を継いでいないので、何か聞きたいことがあるなら父に問い合わせてもらえませんか?」


 若い男の小さな声が耳に届いた。


 オリンドが見た目通りじゃないことなど調査済みだが、騙される人が多い。優しげで、おっとりとした人物に見えるシモーネ伯爵そっくりだ。


「ラモーナ・ヘンウッドという名は?」

「以前、家で働いていたメイドですが。従業員のことでしたら、やはり父に」

「オリンド殿に聞いている。彼女と懇意にしていたようだが?」

「懇意というか、色目をつかわれたんですよ」

「ほう?」

「あの、本当に父を通してもらえませんか?」

「シモーネ伯爵を通すとなると、大ごとになるが、構わないと?」

「どういうことです?」

「彼女は貴方に無理やり関係を迫られ、妊娠したあげく放り出され、食べるにも困っている状態だからだ。すでに調査済みであり、屋敷の使用人からの証言もある」

「誰だ、そんなでたらめを言ったのは!?」


 机を叩いたのか、ガシャンというカップが割れるような音が耳に響いてきた。


 従業員を不当に扱うのは労働基準法で禁止されている。雇い主は使用人を同意なく愛人にすることはできない。

 現在のサファスレートでは、双方同意の愛人契約なら給金が支払われる。そういった契約を文章にて交わすのだが、それに関しても賛否両論あった。


 そんな制度を作るな、という声も大きかったが、貴族社会が崩壊しない限り無理だろう。外に女を作られるよりは、愛人契約で管理したいという正妻も多い。さらには、お金のために愛人契約を望む女性も多い。いっそ制度にしてしまったほうが、取り締まりやすいだろうという結論から採用された。


 グラント公爵家はかなり厳しく素行調査をして使用人を選んでいるので滅多にないが、それでもアルフレッドの愛人になりたがる女性は少なくない。愛妻家ぶりを全面に出しているのに、本当に面倒で嫌になる。


 愛妻家と言えば、あのガルブレイス辺境伯の愛人になりたがる女性がいるらしく、それにはいっそ感心してしまったが。

 まぁ、もっとわからないのは、マーガレットに手を出そうとする男だけど。情弱なのだろうか。考えただけで普通に怖い。物理的に抹殺されそう。


 そんな訳で、サファスレートの愛人問題は割と表面化している。

 シモーネ伯爵は息子が勝手にやったことと切り捨てたとしても、悪質であれば爵位返上の罰が待っているし、それが免れたとしてもかなりの罰金を支払うことになるだろう。

 監督不行き届きというやつだ。このぐらい重い罰にしなければ、不当に扱われる女性が減らないのだ。


「契約書を交わしていないようだが」

「こちらが迫られたんだ、交わすわけがないだろう」

「それは通用しない。見たところ腕っぷしは、確かに強くなさそうだが。女性に組み敷かれるほど弱いのか?」

「貴様、たかが官吏のくせに俺を侮辱するつもりか!!」


 オリンドの荒い声と共に、マクスウェルの冷静な声が聞こえてくる。公務執行妨害と呟いたようだ。ヒースに殴りかかろうとしたのだろう。父親のシモーネ伯爵ならニコニコと追及をかわすだろうが、息子は短絡的な性格なので、こちらとしては大変やりやすかった。


「うん、手筈通り。さて、連行だな」


 イヤホンを外し、隠れるように停めてある騎士団の馬車に合図した。中から二人の騎士がオリンド捕縛のために出てきた。


 マクスウェルに引きずられるようにして出てきたオリンドを二人の騎士が両側から挟むようにして連行していく。


 被害者であるラモーナは、既にデオギニア入りしており、住む場所と働く場所が用意されている。


 詳細を聞いたが、本当にクズとしか言いようがなかった。助けを求めることができないよう、ずっと脅され、行為を強要されていたようだ。


 オリンドは騎士団で、余罪についても厳しく追及されるだろう。


「まったく。後味が悪い事件が多くて嫌になるよ」


 アルフレッドは一人呟くと、馬車の中からオリンドが与えられていたシモーネ伯爵家の新事業の建物を見た。洒落た外装の若者が集うカフェだそうだ。お茶を飲んだ後は若い二人がデートできるよう、木々の合間にベンチを置き、人目につきにくい庭園を提供している。オリンドの素行を思えば、ろくなことにつかわれなさそうだな、という感想しか浮かばない。


「ほんと、ロクなもんじゃないね」


 溜息を吐いていたところへ、仕事を終えたヒースが乗り込んで来た。


「おかえり、ご苦労さま」

「あぁ。アルフ、あれはクズだな」

「でしょう?」

「殴りたくなる面をしている」

「ぷっ、ヒースも言うようになったよね」

「いいのか悪いのかわからんがな」

「いいんじゃない? 僕は楽しいよ」


 そう言うと、ヒースは嫌な顔をして帽子を脱いだ。髪をかき上げ、溜息をついている。


「嫌な仕事でしょ?」

「官吏は気の毒だな」

「そうなんだよ。危険手当も付けないと、そのうち人気のない職種になると思うんだよね」

「リアムに提案したらどうだ?」

「うん、そうするよ。必要な仕事だしね」


 制度なんて作っても作っても、どこかで何かは起きる。

 それでも僕らは、この国のために試行錯誤していくべきなのだ。

 未来の子どもたちのために。


「さて、戻ったらまた別の仕事が待ってるから急ごう」


 御者に合図を送ると、馬車はゆっくりと動き出した。




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