ヒース(2)
デオギニアで流行っている服飾店がある。
名はアマリリスと言い、庶民の女の子が集う人気店だ。
斬新なデザインの服と装飾品で人気になったミユの店で、三年前にオープンした。
季節ごとに発表される新作は順番待ちの列が並ぶ。
人と同じ装飾品を嫌がるサファスレートの女性を知っているヒースからすると非常に理解し難いのだが、デオギニアの女の子は『お揃い』が好きらしい。連れだって来ては服も装飾品も同じ物を買っていく。
「また、しかめっ面してる」
「いや、これは考えてる時の顔だから」
当時、その話を聞いた時はとにかく困惑した。高級であること、希少価値が高いことはサファスレート人にとってはステイタスだ。庶民向けと言われる店でもそうだったと思う。
「お揃いって、どんな気分なのだろう?」
「仲良しって感じがするし、楽しいんじゃないかな? お互いに同じ物を着けていても、髪型を工夫したり、メイクを工夫したり。そんな風にして、お互いを褒め合ったりもするの。女の子はそういう時期があって、段々と自分に似合う物、似合わない物を取捨選択していくようになる気がするな」
そう言ったナターシャの耳にも新作が飾られていた。柔らかいナターシャの雰囲気によく似合っているし、この商品が『可愛い』というものだということもわかる。
ナターシャはアマリリスの装飾品のデザインを任されている。手先が器用なので何でもできるが、この才能にはミユも驚いたようだ。生み出された作品はまたたくまに売り切れてしまう。感性が若いのかもしれない。
「この間新作を出したばかりなのに、また作ってるのか?」
「流行のサイクルは早いの。ミユ様も今夜あたり徹夜かも」
「産後の身体で徹夜は駄目だ」
「わかってるってば。わたしはしてないでしょ?」
「あぁ、強制的にベッドへ連行するからな、俺が」
「そうよ、産後じゃなくてもね?」
ナターシャとの結婚までの道のりは長かった。両想いになるのは比較的早かったけれど、なかなか結婚まで辿り着くことができなかった。サファスレートの令嬢と結婚して欲しい母と、折り合いがつかなかったのだ。
デオギニアに来てからずっと、お茶の淹れ方からご飯の作り方、掃除の仕方まで根気強く教えてくれたのはナターシャだった。
ジークハルトがミユと結婚するために奔走していた時も、そんなジークハルトと共に奔走するヒースを陰で支えてくれたのもナターシャだった。
母とは直接会い、ナターシャとの結婚の承諾を得ようとしたが聞き入れてもらえなかった。ナターシャが嫌というより、サファスレートにデオギニアの血を混ぜたくないという、そういう頑なさだった。
マーガレットとの婚約期間中、あれだけ苦々しい顔をしておきながら、マーガレットのほうがマシとばかりに名を出したときは、さすがのヒースも冷静でいられなかった。声こそ荒げなかったが、話を切り上げてジークハルトの待つ王宮へ戻ったことがある。
ヒースはもちろん、マーガレットも恋心を無理やり閉じ込め、自分の気持ちに折り合いをつけたのだ。感情的に見えて、貴族令嬢としての責任を放棄するような女性ではないからだ。
そんなマーガレットの名を、サファスレートの令嬢だったら誰でもいいとばかりに出されたのには腹が立った。
母から解放され、ガルブレイス辺境伯に愛されているマーガレットの噂を聞く度にホっとしたぐらいだ。幸せでいてくれればそれでいい。
ナターシャに対する想いとは、また別の感情なのだ。
父も母の説得に当たってくれたが無理だった。父は許可は私が出すので、デオギニアで結婚しろとまで言ってくれたが、母の許可なく結婚すれば、それは巡り巡ってナターシャの批判に繋がってしまう。
無理に結婚を迫った令嬢という噂を流すことなど、たやすいことだろう。そういった蔑みを喜ぶ老婦人は、サファスレートにとても多い。
わたしたちは政略結婚したのに、今の世代は好き勝手していると感じている老人が多いせいだろう。
レオンハルトの政策が浸透し、ようやく最近では恋愛結婚でも、老人から悪く言われなくなってきたのだが。
だからヒースは当時、本気で結婚しないと宣言していた。
同時に、ナターシャが婚期を逃してしまわないよう、別れを切り出したのだが。
そんなヒースを思い留まらせたのもナターシャだった。
ヒース以外と結婚して、わたしが幸せになれると思っているのかと問われてハッとした。わたしの隣に別の男が並んでも何とも思わないのかとも言われた。
どういう訳か、ナターシャの隣は自分でなければならないと――ヒース自身が幸せにしたいと思った。
気持ちに気付くのが遅いのは相変わらずで嫌になるが、とにかく想像するだけでも嫌だったのだ。想像するだけで容易に嫉妬できる自分がいた。
なりふり構っていられなくなり、母と仲のいいララに協力してもらい、再度説得を試みた。何通も手紙を書き、サファスレートへ帰国する度に根気強く説得した。
許可が降りた頃にはお互い三十を越えてしまっていた。流石にデオギニアでも遅過ぎたのだが、ナターシャは結婚できたからそんなことはどうでもいいと言ってくれた。
そんなナターシャだから、ヒースがどれだけジークハルトを優先しようとも咎めたりしない。むしろ優先しなければ怒られるのだが、さすがに産後間もないナターシャを置いてサファスレートに行くのは心配だった。いくらデオギニアが安全な国で、ここが離宮だとしても。
ヒースとナターシャは、改築した薔薇の宮に住んでいる。ミユとジークハルトも、改築した百合の宮に住んでいる。ミユたちはわかるが、ヒースたちまで離宮に住まうことができているのは、シン皇帝陛下のご好意のお陰だ。
「俺がサファスレートに帰国している間に、徹夜なんかしないようにな?」
「わかってるって、ミユ様のところに行ってるわ。百合の宮は安全だし、サファスレートとの直通電話もあるし」
「確かに安全だが、ミユ様と一緒に徹夜しそうで不安なんだが」
ミユは、相変わらず精力的に服をデザインしている。サファスレートの貴族階級向けのドレスからデオギニアの一般人向けの服、子ども向けの服、それから流行に敏感な若い女性向けの斬新な服。
ショートパンツを履いた若い女性が増えた。シン皇帝陛下の許可がようやくおりたのだ。ヒースにはよくわからないが、時代が追いついたとかなんとか、そんな理由らしい。
最近はショートパンツもすっかり見慣れてきたけれど、ヒースもジークハルトも、ミユとナターシャに着ることを禁止している。自分の妻が太ももを晒すという状態には耐えられない。
「徹夜の話と見せかけて、またショートパンツのこと考えてる?」
「あれは駄目。俺がいない時でも履かないで。いや、むしろいないときに履くとか言語道断」
「二人ともショートパンツには頑なよね? ミユ様はジーク様に出会う前からショートパンツを流行らせようとしてたのよ? ようやく念願が叶ったというのに」
「知ってる。でも本当にあれだけは無理」
「意外よね」
「なにが?」
「ヒースって、わたしがどんな格好しても気にしないかと思ってたから」
「最初から気にしていたが」
「そうなの? わたしのことなんて見てなかったよね?」
「いや? 刺激が強すぎて直視できなかっただけだよ。ピンクの半袖ブラウスが似合ってて可愛かったし、スカートから覗く脚も綺麗で、密かに後ろから見てた」
「えええぇ……。初めて聞いた。ジーク様はミユ様の服装に動揺しているのがわかったけど、ヒースの視線には気付かなかったわ」
「気付かれないように見てたからな」
そう言うと、ナターシャは薄い茶色の瞳をまんまるにして驚いていた。
「ジークもミユ様との出会いがそもそもアレだから、自分のその時の気持ちが蘇って心配になるんだろう」
「あぁ、庭園の?」
「そう」
「あの頃は二人が結婚するとは思わなかったし、わたしもヒースと結婚するなんて思ってなかったなぁ」
「そうだな。俺もデオギニアに住むことになるとは思ってなかった」
ナターシャを特に意識しだしたのは、ララたちの留学のときだった。
馬車でサファスレートへ向かうとき、ナターシャは月の障りに当たってしまった。
休憩を多く取って欲しいとナターシャからこっそり伝えられた時に、なんとなく気付いたのだ。女性にはそういう日があることや、その時にはどう気遣えば良いかなど、父に躾けられていたから。
鈍感なヒースといえども、繰り返し説かれたことは覚えるというもの。
護衛には女性たちのために休憩を多くとるように言い含めておいたが、それでもナターシャは辛そうだった。
サファスレートはデオギニアより寒く、震えるナターシャを何度も抱きしめようと手を伸ばしかけた。
休憩時にジークハルトには、いいから抱きしめろ、寒そうで可哀想だと言われたが。確かにそうだと思うものの、サファスレートの紳士としては婚約していない相手を抱きしめるという行為は敷居が高い。ハラスメント(デオギニアで知った言葉)にもなりかねない。
付き合いだしてから聞いたのだが、サファスレートに到着するなり、下着にカイロ(もちろん前世持ちの商品)を入れるポケットのようなものを縫いつけて、お腹を温めながら我慢して乗り越えたらしい。淑女教育も課せられていたのだから、最初の数日はかなり苦しかったはずだ。
あの時はそこまで詳しくは知らなかったものの、黙って耐えるナターシャの我慢強さに胸をうたれていた。
寒空の下、己を鍛えることに夜な夜な専念せざるを得なかったのは、月の障りで苦しんでる女性を見て煩悩にまみれる自分が、ひどく汚いような気がして許せなかったからだった。
ちなみに、あの馬車内で抱きしめていたら、絶対に付き合わなかったと言われて、冷や汗をかいたのはいい思い出だ。
今では三人の子宝に恵まれ、幸せに暮らしている。
願わくば父と母に孫を見せたい。いい加減母が折れて、孫を見せて欲しいと言ってくれないだろうかと思っているところだ。
結婚は許可するが、歓迎はしていないと言われている。
頑固過ぎるだろう。
「ねぇ、ヒース」
「ん?」
新しいデザインが描かれた紙から顔をあげて、じっと見つめて来た。
この顔は、説教するときの顔だ。思わず背筋が伸びた。
「サファスレートで浮気しないでね」
「……え?」
「なによ、その間は」
「俺がすると思う?」
「しないと思うけど」
「そういう可愛いこと言うの初めてだな」
「それって、普段は可愛くないって意味?」
「そうじゃないだろ?」
「ヒースは言葉が足りないのよ」
「愛してるよ」
「っ……そうだった、サファスレート人だった」
「ナターシャが言葉が足りないって言うから言ったのに」
「なんで愛の囁きは躊躇しないんだろ、ジーク様も」
「俺はジークほどじゃないよ」
笑って言えば、そうね、と笑顔で返してくれた。
やはり、ジークほどではないらしい。
確かにジークは、誰がいようが構わず言うから。
俺ももっと言葉と態度で示さないとな。
「なんか嫌な予感がする」
「そうか?」
笑って誤魔化すことにして、お茶を淹れることにした。
もちろん、仕事をするナターシャのために。
*
「なにその顔?」
帰国前のナターシャとのやり取りを思い出していたら、アルフレッドに嫌な顔をされた。
「いや、デオギニアとの文化の違いについて考えていた」
咄嗟に誤魔化す。昔なら絶対にできなかったことだ。
マクスウェルに連行されて行ったオリンドは、一昔前のサファスレートの駄目な貴族令息の典型のような人物だった。今回、名前が出た使用人の他にも何人か手をつけていたようだ。余罪の追求と共に、ローズとの婚約解消が、一方的な破棄だったことを明らかにしていくらしい。
あくまでも使用人からの告げ口から、偶然そのことに至ったという体をとり、少しでもルーズヴェルト侯爵家から意識を遠ざけたいところだ。リアムたちに負担がかかりすぎている。
オリンドほど節操のない男はさすがに減ったようだが、使用人を都合のいい捌け口のように扱う奴というのは絶滅しないもののようだ。
「全ての政策には穴があってね、それでも推し進めることに意味はあるよ。確実に女性の地位は上がったし、スラムは撲滅した」
「そうだな」
全てがデオギニアのようにはいかないだろう。それがいいとも思わないし、そもそも気質が違う。
それでも、これがあの遅れていたサファスレートかと思えば感慨深い。
ヒースたちが十代だったころなど、使用人が貴族にどう扱われようが、問題にされなかった。
「ところでさぁ!」
「なに?」
「ジークんちの次男て、そんなに、ジークそっくりなの!?」
「性格までそっくりそのまま生き写しだな」
「うちの子には会わせないよ」
「なんで?」
「取られる!!」
「……駄目なのか? デオギニア国籍もサファスレート国籍も持ってるし、デオギニアでもジークは公爵扱いだから、つり合いも取れると思うけど」
「そういうことじゃないの、わからない? 女の子を取られるこの気持ち!!」
「なるほど。シャーロット嬢の結婚でナーバスになってるんだな?」
「自分ちが男の子ばっかりだからって!!」
「あー。うん、まぁ、気は楽かな? うちにもつり合う年頃の子がいるけど、どうだ? 割といい男になりそうなんだが」
「ヒースの癖に生意気!!」
「なんだよ、それ」
「もうひと働きさせてやるからな!!」
「別にいいよ。そのために来たんだし。多少なりともアルフの役に立つなら嬉しいよ。アルフは昔から感情が安定してるように見えるから、周りは意識してないだろうけど、あんまり寝てないだろ?」
「……いや?」
「誤魔化せてないぞ?」
「ほんと、言うようになったね」
「ナターシャには言葉が足らないって、まだ言われるけどな」
「へー。いいお嫁さんだな」
「うん。可愛いよ」
「ヒースが惚気とか、お嫁さん凄いな……まぁ、幸せそうで良かったよ」
アルフレッドはそう言って、嬉しそうに笑ってくれた。




