ヴァレンティーナ(2)
ルイとのお茶会は、それから毎日続いた。
ルイは猫背でサファスレートの既製品のドレスを着てみたり、派手な髪飾りで似合わない結い方をしてみたり、豪華な装飾品を所望したり、デオギニアの気候に合わないオーダーメイドのドレスを何枚も注文したりしていた。出来上がるころにはとっくに帰国の途についているだろう。
かかった経費はすべてデオギニアが支払うとのことなので、承知している王宮の使用人は涼やかな顔で対応した。
ルイは好きな時間に寝起きして、高級な食材で作られた食べきれない量の料理を用意させ、日々を満喫していた。
時折、婚約者の名を口にしているようだが、彼は既に強制送還されている。
セヴィニー前伯爵の別邸で、若いメイドに無体を働こうとした罪だ。ララの婚約者のお陰でメイドは無事だったが。サファスレートは遅れているからバレないと思ったと供述したらしい。ろくな男ではない。
ルイがろくに弾けもしないピアノを披露したり、扉の前に控えている護衛騎士を口説いてみたりし始めたころには、彼女を観察するのが愉しくて仕方がなくなってしまった。
ひょっとすると、いい人なのでは?
そんな風にヴァレンティーナが思い始めたころ、レオンハルトがヴァレンティーナの部屋にいるときを狙ってルイが突撃してきた。
むしろ今までよく我慢していたものだ。
サファスレートの王家であれば、あの程度の贅沢は可能だが、その程度のものにあれだけ夢中になれるということは、デオギニアで慎ましい生活をしていたということだろうか。
突撃してきたルイを中へ通すよう侍女に命じると、レオンハルトと侍女が面白いほど慌てていた。
サファスレートのドレスを着こなすには、かなりの筋力が必要なので、怠惰な生活を送ってきたルイにはつらいだろう。胸元が大きく開いたドレスは、猫背のせいで胸元がより寂しくなっている。ひょこひょこ歩いているのは、踵の低い靴しか履いてこなかったせいでヒールを履きこなせていないから。
「マイ姉様にそっくりで驚かれまして?」
サファスレートの令嬢の言葉を真似ているようだが滑稽だった。侍女は不快な顔をしていたが、ヴァレンティーナは笑った。
心からの笑顔だが、誰も気付かない。
「いや、シン皇太子殿下に似ているように見えるが」
「はぁ? ちゃんと見て、マイ姉様そっくりだから」
あまりにも幼稚なルイが段々可愛く思えて、こっそり人を使って調べさせていた。少しずつだが、ヴァレンティーナの指示で動く人を増やしていった成果だ。自分の力だけで調べることができるというのはいいものだ。もちろんレオンハルトにはバレているが、彼は何も言わない。
その結果、彼女の母親は子どもに対して興味がもてない人だとわかった。デオギニアでは皇族も自分で育てる人が多いと聞いていたが、人任せで育児に参加しなかったとか。侯爵家出身の美しい母親は、皇帝が全てという恋愛体質の人らしい。それでも第二皇妃が勤まるのは、第一、第三皇妃が優秀だったから。
ルイがここまで拗らせてしまったのは、母親が他の子ども以上に彼女に関心を示さなかったからだろう。母親は自分に似ている子どもだけを愛する人のようだ。
愛情に飢えた人を見るのは愉しい。
くだらないことで、持ち得るすべてを台無しにしているところが最高だった。
愛などという不安定なものを求めなければ、他は手に入るというのに。
先日までつまらないと思っていたのが嘘のように、ルイから目が離せなかった。
「ルイ殿下に似ていらっしゃるということは、マイ殿下もそれはお綺麗な方なのでしょうね」
ルイを褒めると、得意気に胸を反らせた。そのおかげで、多少ドレスの隙間が埋まったような気がする。面白くて仕方がない。
ルイが退室したあとも、公務が忙しいのに残り続けたレオンハルトは、この日もヴァレンティーナとの距離に悩んでいるようだった。
つまらない。
笑顔で再び見送ったあとは仮眠をとり、王太子妃教育をこなした。
そんな日々が一か月ほど続き、くだらない王宮の夜会が始まった。
レオンハルトの改革に反対している中心人物は父を含め粛清された。父は秘密裏に病死するらしい。
ジークハルトの悪評を率先して流した貴族ほど、ジークハルトを褒めたたえ、媚びていた。
表立った敵のいなくなった、ぼんやりした王宮で、愉しかったルイとの戯れも終わってしまった。
彼女は母国へ帰され、庶民として婚約者と結婚するのだと聞いた。婚約者も一応貴族だったようだが、爵位はもちろん、土地などの財産分与もしてもらえなくなったとか。
優しいレオンハルトはルイの今後を話しながら複雑な顔をしていたが、彼女は好きな人と結婚できるのだから幸せだろうとヴァレンティーナは思う。飢えた愛というものを、その彼が満たしてくれるのであれば、だが。どちらにせよ、彼女の選んだ未来なのだから彼女の責任だろう。
皇族のままでいたければ、それに見合う駒になればいい。サファスレートと違い、デオギニアならどちらも選べたはずだ。駒でありながら自由も得られるのがデオギニアなのだから、ルイの選択は勿体ないともいえるが。
退屈な夜会には、もうすぐ結婚するエミーリアは参加しておらず、アリシアも同様に参加していない。真夏に結婚式を挙げる予定のマーガレットも辺境にて準備中のため参加できなかった。
本当につまらない。
ファーストダンスをレオンハルトと踊ったあと、一斉に貴族たちが踊り出した。壇上で静かに誰を見るともなく――実際はジークハルトを見ていた。蕩けるような本物の笑顔に、心底がっかりした。デオギニアで骨抜きにされてしまったようだ。
レオンハルトとは同じ国にいるというのに手紙でのやりとりをしているようだ。その内容の一部はデオギニアへの婚約の打診の相談だろう。レオンハルトの表情を見ていればわかる。
挨拶に来ても彼女を愛称で呼び続けるジークハルトは、最早ヴァレンティーナが愛したジークハルトではなかった。
触れたら切れそうな、危ういジークハルトが好きだった。
擦り切れるような毎日を共に過ごしていたときは、互いに同じものを見ていたのに。
こんな男は知らない。
愛称で呼ばれた女は愛されることが当然だとばかりに微笑んでいる。
憎たらしい。
珍しく心が乱れた。
けれども、ひとつも表情には出ていないはずだった。




