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ジークハルト(1)

 


 

 婚約者候補と呼ばれる令嬢たちとの茶会は、四歳のころから始まった。同時に集められていた令息たちは、ジークハルトの側近候補だった。

 

 王城内で力を持つ貴族たちからは、会うたびに誰を選ぶべきかという助言をされた。

 当時まだ四歳だったジークハルトは、生まれた時から大人に囲まれる生活であり、人の機微に聡い子どもだったため、そこに隠された意図を敏感に感じとっていた。


 それから三年間、幾度となく開かれる茶会において、婚約者を選ぶことなく過ごした。

 婚約者選びは一歩間違えば、その令嬢ごと政争に巻き込まれることを肌で感じ取っていたからだ。


 三年間の交流の中で、アルフレッドはエミーリアのことが好きだと教えてくれた。エミーリアの父であるマクファーソン侯爵はとても穏やかな人なので、初めのうちはエミーリアの名前をあげようと思っていたのだが、潔く諦めた。

 アリシアも早い時期に候補から外した。リアムがアリシアを熱心に見つめている場面を何度も目撃していたからだ。

 

 そして、マーガレットは。


「ジークハルトでんかは、だれのことがすきなの?」

「すき?」

「だって、こんやくするなら、すきなひとじゃないと、つまらないじゃない」

「――そう、なのか?」

「もう、おとこのこって、ほんとうにだめねー」


 そんなことを、ちゃっかり小声で言うあたり、自分の発言が許されない(たぐい)のものだと幼いながらに理解していたのだろう。この時のことを思い出すたび、マーガレットらしいな、と口元が緩むのだが。


「わたしのことは、えらばないでね」

「マーガレットじょうは、わたしのことがきらい?」

「そうじゃなくて、ジークハルトでんかとは」

「ジークでいい」

「そう? ありがとう。わたしのこともマーガレットってよんでね。わたし、ジークとはおともだちでいたいから」

「ともだちに、なってくれるの?」

「もちろんよ! ジークはとてもきれいだもの」

「マーガレットはともだちをかおでえらぶの?」

「ちがうでしょ。ジークは、わたしのおはなしをちゃんときいてくれるし、やさしくてきれいだから、いっしょにあそびたいでしょ?」

「そういうもの?」


 当時、マーガレットの話をすべて理解していたわけではなかったが、どういうわけか胸のあたりがポカポカしたのを覚えている。


 子どもから大人まで、ジークハルトに好意を伝えてくれる人はいない。何かを吹き込みたい大人の声ばかりが、いつも雑音のように耳に残っていた。

 他の貴族の子どもとは、話す機会すらない。たまに交わす挨拶でさえ怯えられたりする。

 この茶会のメンバーだけが特別だった。


 その特別なメンバーの中でも、アルフレッドとマーガレットは、大人たちの思惑など気にせずに気持ちを伝えてくれる。二人は、ジークハルトにとって貴重な()()になった。


「ねぇ、ジーク、おねがいがあるの」

「どうした?」


 ジークハルトがもうすぐ八歳になろうかというころ。三月に七歳になったばかりのマーガレットが、侍女やメイドの目を盗んで耳打ちしてきた。


「ヴィーを、こんやくしゃにえらんであげて」

「――なぜ?」


 ジークハルトはもう二、三年引き延ばすつもりだった。八人での茶会が、つまらない日常の中で唯一の楽しみになっていたから。

 この茶会のときばかりは当時の宰相(リアムの祖父)の計らいで、大人の介入が少なく、息抜きになっていたのだ。


「うでにアザがあったの」

「えっ」


 令嬢が痣をこしらえるなど、思いもよらないことだった。


 ヴァレンティーナは四人の令嬢の中でも一番大人しく、大人しそうに見えるアリシアよりも、さらに口数が少なかった。まるでお人形のようにずっと小さく微笑んだまま、最初から最後まで椅子から降りることもない。アリシアでさえ、庭に出て、はしゃいだりするというのに。


 そのヴァレンティーナに、痣があるなんて信じられない。


「かくそうとしていたからきいたの。そうしたら、おとうさまに、たたかれたり、うでをつねられたり、ごはんをもらえなかったりしているって」

「なぜそのようなことを!!」

「シッ! ないしょよ? ヴィーにもないしょって言われたの。バレたらもっとひどいめにあうんですって」

「なんてことだ」

「ジークがヴィーをえらんであげたら、たたかれなくなるかも」

「どうして?」

「ヴィーのおとうさまは、どうしてもヴィーを、おうじさまのこんやくしゃにしたいんですって」


 デジュネレス公爵の顔を思い出していた。

 シャツのボタンがはちきれんばかりのお腹に、あぶらっぽい顔でニタニタ笑う気持ち悪い人だ。会うたびにヴァレンティーナはどうかと聞いてくる。それだけならまだよかったのだが、他の令嬢のことを悪く言うので好きになれなかった。


 本当にヴァレンティーナの父親なのか疑うほど似ていない。彼女は早くに亡くなったという母上に似ているのかもしれないが。


「さいしょうに、そうだんしてみる」

「うん。おねがい」


 緑色の大きな瞳を潤ませて、マーガレットが頷いていた。



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