帰国の日
それからのルリジオン様は私を避けることがなくなり礼拝堂で連れ立って祈りを捧げる習慣は再開した。
そして礼拝の後ルリジオン様が魔術の修練に行かれるので二言三言言葉を交わすという新たな習慣が増えた。
遊んでいる暇はない、と以前言われたがそれも全くの嘘ではなく、ルリジオン様は歴代最強と言われる魔力を色々な魔術に変換して模索しているようだった。
それだけ強大な魔法が使えるのなら、封印せずとも魔王を倒せるのではないか……と期待してしまうほど……
過去にそれに成功した者がいないから魔王が眠っているのは明らかなのでそれも軽く口には出せなかったが、私は心の中で祈る様な気持ちで見守っていた。
国王様とも謁見を繰り返し、過去の漆黒の髪の人達とルリジオン様の違いを挙げて勝算はないかとあれこれ考えた。
ルリジオン様の魔力が過去にない強さということ。それから最近わかったことだが、彼は周囲のものからエネルギーを借りて魔力とするだけでなく、そこにある感情も読み取れるらしい。
それが魔王にどう作用するのかはわからず、話し合いは堂々巡りとなる。
そうしているうちにメルキュール国に戻る日になり、国境付近まで騎士団とルリジオン様が送ってくださることになった。
ルリジオン様はまた髪の色と同じ漆黒の馬に乗っていてとてもよく似合っていて美しい。括っている髪の毛がなびいている様子がとても印象的で、写真集にしたいとこっそり思った。
メルキュール国に入るところで騎士団の団長が挨拶する。
「一番危険な場所は脱したと思います。メルキュール国に入ると魔物の出現は格段に減ると思いますのでお気をつけてお帰りくださいませ」
「ありがとうございました」
お兄様が騎士団にお礼を言っていると、ルリジオン様が私の方に近づいてきた。
「気をつけて」
「はい。ありがとうございました」
すると彼が馬車の窓から顔を出す私の髪をひと房とって口付けた。
「魔王の復活は近いと思う。エテルネルが次にこの国に来る前に復活することも有り得る。こうして会うのはこれが最後となっても私は覚悟は決めている」
「そんな!覚悟など……!決めないでくださいませ」
「しかし、私は諦めてもいない。最後まで自分が出来ることを怠ったりしない」
「!……はい」
とても力強い、頼もしい瞳をしている彼に私はどうかご無事で、と呟いた。馬車が走り出す。
そしてルリジオン様の背後の遠くに、ルフレ様が見えた。私がそちらを見るとルフレ様が馬上から深々と一礼された。
その姿を見ると、ルフレ様のお気持ちを聞いた夜の事が思い出される。
滞在中、ルリジオン様と再び礼拝をするようになってから一度だけルフレ様が部屋に来たことがあったのだ。
その夜、割と早い時間に部屋のドアがノックされた。ルリジオン様かお兄様かと思って出るとそこにはルフレ様がいて神妙な面持ちでいらっしゃった。
「ルフレ様?」
「少し、お話いいでしょうか」
「勿論です」
(無事にルリジオン様との仲が戻った報告もした方がいいかしら?)
あからさまに避けられていた私を心配して、ルリジオン様が夜中に城の外を飛び回って警護していると教えてくださったのはルフレ様だ。
そしてその後、バルコニーで凍死しかかっていた私を助けてくれたのも。
……愛しているという意味が込められた赤いバラをプレゼントしてくださったのも。
どういう話からすれば良いのかと言葉を探しているとルフレ様が話し始めた。
「ルリジオンと……和解したのですね」
「はっはい!あ……その……ありがとうございました!」
「良かったです」
「ありがとうございます」
「……本当は、良くありません」
「えっ……?」
俯いてどこか悲痛に見えるルフレ様が横を向いて唇を噛み締め、ぽつりと言った。
「本音は、ルリジオンが貴女を傷つけたままなら良かったと、思っています」
「……っ」
「勿論最初は……悲しんでいる貴女を元気にしてあげたくて。笑顔が戻るならばとルリジオンと話す場が設けられるようにと助言しました。でも……」
「……でも心の底では、あの頑ななルリジオンが貴女を受け容れなければ貴女が私を見てくれるのではないかと思ってしまっている自分がいたのです。それは貴女に軽蔑されても仕方のないことです」
「……」
「これを話せばもう今までと同じように接して頂けることはなくなるでしょう。それでも、私は……」
「ルフレ様」
「……はい」
「ご自分をそんなに責めないで下さいませ。私はそれくらいでルフレ様を軽蔑したりはしませんわ。最初にご助言してくださったのも、ルフレ様の優しさからのお言葉だったのはよくわかっております」
「エテルネル……」
「ルフレ様がそう思ったお気持ち、私にもよくわかります。本当に自分の事しか考えられない方なら、助言もしないと思います」
「……そうでしょうか」
「はい」
想っている人に別の想い人がいるとして、心からうまくいくよう応援出来る人は一体どれだけいるのだろう。かなりの人格者でないと無理なのではないか。
誰しもが、自分にもチャンスが巡ってくるのを心の底では願っているものなのではないのか。だからルフレ様のその感情が軽蔑するものだとは到底思えなかった。
「エテルネル」
「はい」
「これは、口止めされていたのですが……」
「なんでしょうか?」
「あの日私に、バルコニーに行くように言ったのはルリジオンです」
「えっ!?」
「慌てた様子で私の所にやってきて、至急5階のバルコニーに行くようにと。そして、自分がそう言ったことは一切他言しないでくれと」
「……そうだったんですか」
実際に助けてくれたのはルフレ様だけれど、見つけてくれていたのはルリジオン様だった。そうわかってまた私の心がきゅっとなった。
「それと」
「はい!」
まだなにかあるのだろうか?これ以上の秘密はないかと思っていると
「最初にルリジオンが夜に警護をしていると貴女に教えた時です。敢えて耳元でこっそりお教えしたのも、実はルリジオンが私たちの方に向かってくるのが見えたからなんです」
「え?」
「思ったとおり、物凄い嫌そうな顔で私を睨んでいたのでちょっと可笑しくて。それなら自分の気持ちに素直になればいいのにと敵ながら思ってしまいましたね」
「……」
かぁっと顔が赤くなった。確かに、その後に頑張って挨拶したところかつて見たことがないくらいの不機嫌顔で無視されたのを覚えていたからだ。
(あれは私への嫌悪感じゃなくて嫉妬だったのね……)
「話せて良かったです、エテルネル」
「はい。ありがとうございました」
「……でも、もしルリジオンに愛想が尽きたらお待ちしてますね」
「……!」
「冗談です。では」
そう言ってルフレ様は足取り軽く去って行かれた。




