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2.幽霊のおともだち

「失礼いたします。父様、母様、お久しぶりです」

「おお、エリナか。久しぶりだな。……今日はどうしたのだ?」


 ハールラフス国の現国王であるリグオン・ハールラフスは、傍らに控えていた妻であるマリアに視線をやってから私に視線を戻した。穏やかな笑顔を浮かべているが、少しぎこちない気がする。マリアの方もほんの少し眉を困ったようにハの字にしているように見える。

 二人は、自分達が私を育てられなかったことを今でも後悔しているようで、時折、私が住む別邸にハールラフスの各地で取れた名産品や綺麗な宝飾品が贈られてくる。私としてはそんなことをしなくてもいいのだが、両親の好意を今のところありがたく受け取っている。


「お忙しいところ申し訳ないのですが、何か、私にお手伝いできることはありませんか?」

「手伝い……?」


 唐突に本題に入った私の言葉に、二人は目を白黒させている。親子の交流もできればしたいところではあるが、そんな時間は残念ながらない。妹のサアラは何故か私のことを姉として慕ってくれるのだが、サアラと一緒にいると、もっと口さがない人達が私を攻撃してくるのだ。サアラは、公務をするようになってから、人気になってきて、私が一緒にいるだけで、何か悪いことが起こるからと離れさせようとするおばさんがいたり、貴族の男にセイ・リーの再来の姉とその妹ということで興味本気に声を掛けられたりといいことがあまりない。だから、あまりサアラとは一緒になりたくなかった。城に長居はしたくなかった。


「はい。サアラも公務をしていると聞きます。私だけ王族として何もしないのはやはり気になります」

「――うむぅ……」


 妹のことを持ち出した言い分に、父様は唸り声をあげて、考え込んでしまった。やはり難しいのだろうか。私はもう一言だけ押してみることにする。


「勉強やダンスをさせてくださるのは嬉しく思いますが、私も国の為に何かしたいのです」


 お願いしますと頭を下げた私と父様と母様と、数秒沈黙が場を支配した。

 これは、やはりダメかもしれない。こちらとしても父様と母様を困らせたいわけじゃない。引き下がる言葉を用意して頭を上げようとしたとき、静かな母様の声が耳に飛び込んで来た。


「……あなた」

「――それなら……」


 顔を上げ、父様の目を見つめる。どんな仕事だろう。きっとそんな大きな仕事ではないだろうけど、与えられたことはできるだけこなしたい。


「結婚をしてみる気はあるか?」

「――え?」

「実は、お前かサアラかにきている結婚話があってな。もしかしたら、エリナもこの国にいるよりも他国に嫁いだ方が幸せかもしれない……」

「――――」


 それは、このハールラフス国ではこの瞳のせいで腫れ物に触るような扱いを受けるからだろうか。

 まさか、こんなことを言われるなんて、思っていなかったので、頭をガツンと殴られたような衝撃が私を襲った。父様も母様も私のことをなんとなく遠巻きにしているような気がしたが、まさかこんなことを考えていたなんて思わなかった。

 ドレスの後ろでギュッと両こぶしを握り泣き出したいのを我慢した。我慢したところでふと思い出す。私は流れてくれる涙が出ないことを。そう思いいたったら、ますます惨めな気分になって詰めていた息を吐き出した。


「……考えてみます。それでは失礼します」



◆◇◆



 謁見室を後にした私は、足早に馬車に向かう――つもりだった。下を向いて歩いていたのがいけなかったのだろう、視界に靴が飛び込んできて、慌てて方向転換をしたのだけれど、誰かの腕にぶつかってしまった。


「――うわっ!?」

「っ!! ご、ごめんなさい!」


 早口に謝ってその場を通り過ぎようとしたのだが、右腕を強く掴まれてしまって動けなくなる。

 その私のことを見つめる視線と酷薄そうな笑い声に、まずい人にぶつかったと後悔が過る。


「ちょっと待って。君、噂の王女様でしょ?」

「――――離してください」

「まあそんな警戒しなくてもいいから。そうでしょ? 銀色の髪に赤い瞳。うわー。噂なんて全然あてにならないな。思っていたよりずっと可愛いじゃん」


 なんとか腕を離してもらおうとしても、強い力で掴まれているせいでびくともしない。困った私は、近くにいるであろうアヤに助けを求めようとして、辺りを見回した。しかし、この場にいるのは私と男の二人だけで、アヤだけでなく誰の姿もありはしなかった。

 面倒なことになったと困っていると、男は顔を近づけて瞳を覗き込んでくる。近い距離に恐怖と嫌悪感が全身を走り、鳥肌が立つ。


「へぇ。本当に赤いんだね。魔女の再来って本当なの?」

「――離してください!」

「おっと」


 全身の力をすべて集めて、男を押しのけた。そして脱兎のごとく駆け出した。男は追ってはこなかったが、男の目の届く範囲にいたくなくてすぐに立ち止まることが出来なくて、走った先にあった部屋に飛び込んだ。


「……はあ……。ここ、どこだろう……?」


 城で暮らしているわけではないので、構造が理解できていない。今まで通ったことのない場所にきてしまったので、今、自分がいる場所が全く分からない。

 その部屋は誰かの寝室のようだった。しいて言うなら女の子の部屋だろうか。きちんと片づけられている本は物語が多い。ベッドやカーテンはピンク系でまとめられている。


「……サアラの寝室かな……ちょっと休ませてもらったらすぐに出よう。あれ?」


 椅子に座らせてもらおうとテーブルに手を乗せたのだが、埃が手についたのに気付いた。サアラの部屋なら毎日使っているだろうし、掃除だって毎日しているはずだ。埃があるのはおかしい。かといって、客室だと考えても、埃があるのはやはり解せない。


「変なの……」

「何がだ?」

「え? だって、使われているような部屋に埃がたまっているのよ? おかしいでしょう?」

「だったら、今は使われていないんだろう」

「そう……なのかしら。――って、誰!?」


 あまりにも自然に話しかけられて、違和感なく答えてしまっていたが、私が部屋に入ってきたときには誰もいなかった。私の後にも誰も入ってきていない。

 ぐるぐると周りを見回してみたが、見える範囲には誰もいない。私の背筋につうっと冷たい汗が伝う。先ほどあの男に絡まれたときとは違う緊張感が増し、警戒して今度は目線だけで辺りを見回した。


「ここだ、ここ」


 声が聞こえた方を凝視してみたら、だんだんと人の姿が浮かび上がってきた。

 黒髪の凛とした雰囲気を纏っている青年が、ベッドに腰掛けていた。ただし、体が半透明だった。


「――っ!!」

「ま、待て!!」


 叫びだしそうになった私に、慌ててその半透明の青年は立ちあがり、制止の声を出す。


「ゆ、幽霊……!?」

「落ち着いてくれ。危害は加えない」


 その必死な顔で右手を上げて抑えた声で語りかける様子を見せるが、すぐには落ち着かない。幽霊なんて見るのは初めてだし、見てみて初めて実感したのだが、本当にびっくりしたのだ。

 両拳を胸に当てながら、じっと半透明の青年を穴が開くほど凝視する。


「えーと。もう大丈夫か……?」

「――っ」


 じりっと後ずさったところで、後ろに椅子があって半歩も下がれないことに気づいた。

 相手は私の様子に一つため息を吐くと、両手を上げて何をもないという意思表示をしてきた。


「いきなり話しかけて驚かせてしまってすまなかった。この通り何もしないから、頼むからそんなに警戒はしないでくれ」

「本当に、何もしませんか……?」

「ああ。何も誓えるものがないから、とりあえず俺の存在すべてに誓おう」

「……半透明なのに」

「そこは言わないでくれ……」


 困ったような反応を返す青年を見て、悪い人じゃないと思ったのと、相手がどれだけ真剣か伝わってきたので、ようやく肩の力を抜いて落ち着いて相手を見ることができた。

 黒い髪は半透明だけど、サラサラそうで指どおりが良さそうだった。切れ長の目に瞳は誠実そうな緑色。凛々しいという雰囲気がぴったりの青年だった。

 青年は、そこで困ったように私を窺って口を開いた。


「ところで、ここはどこなんだ?」

「ここ、は、ハールラフス城の一室ですが……私も詳しくはないんです」

「……待った。俺に対して丁寧な言葉づかいはしなくていい。友人と話すような感じで頼む」

「……友人?」


 友人と言われて少し戸惑う。私を友人にしてもいいということだろうか。そもそも今まで人間の友人がいなかったので友人と言われてもどんな感じで話せばいいのか分からない。


「あの、友人ってどんな風に話すんですか?」

「え?」


 疑問に思ったことをそのまま口に出したのだが、そうしたら青年は大いに戸惑った表情をした。口を開けたり閉じたりを繰り返し、意を決したのか言葉を発した。


「君は友人がいなかったのか?」

「人間の友人はいなかったです。あ、でも、ニーナとオーレが友人なら友人はいました」

「? 君が何を言っているのかよく分からないが、ではニーナとオーレと話すように俺と話してくれ」

「……わ、わかった、わ」

「それでいい」


 青年にふっと微笑まれて、なぜか心が浮き立った。こんな感覚は初めてで、相手は幽霊で人間ではないのだが人間の友人と話すとこんな感じなのかと思いを馳せる。


「そういえば、君の名前を聞いていなかった。俺の名前は……レンだ……ったように思う。そう呼んでくれ」

「私はエリナ。エリナ・ハールラフス」


 お互いに自己紹介をしてよろしくと微笑み合う。レンは私が名乗った名前を聞くと、首を傾げて問うてきた。


「ハールラフス? ってことは、君は……」

「一応、第一王女。でも、名前だけだわ。ここにも住んでいないし、仕事もしていないし。それより、レン、さっき、自分の名前を名乗ったときに“ように思う”って言っていたけど、それって……」


 私も気になったことをレンに訊いてみると、レンはうーんと唸ってしまった。


「実は、さっきまで気づかなかったんだけど、俺、記憶喪失らしいんだ。自分の名前も、レンってぱっと出てきたからそういったんだけど、それ以外何も覚えていない」

「そうだったんだ」


 記憶喪失とは大変だなと思ったが、レンは一見悩んでいる様子はない。先ほどは私に説明するのに唸ったのだが、説明し終わった今はからりとしている。その様子を見ていると、慰めるのも違う気がして、話を変えることにした。ふとレンのことをニーナたちに相談したら何かわかるかもしれないと思った。次の台詞を言葉にするのに緊張して少し唇を舐める。


「レンはこれからどうするの? もしずっとここにいるのじゃなければ、私の友達を紹介したいなと思うんだけど」

「さっき言ってたニーナとオーレか? 俺もずっとここにいようと思っているわけじゃないし、一緒に行ってもいいか?」

「もちろん。じゃあ行きましょう」

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