3.この二人が私の友達
あっちへ行きこっちへ行き、遠回りしながら城を出たところで、そういえばレンは城を出ても大丈夫か心配に思って、後ろをふわふわと浮いているレンを振り返ってみる。何か苦しんでいないかと思ったのだが、レンは平然とした表情でどうかしたか? と眉を上げてみせた。
どうやらハールラフス城を離れても問題はないようだ。
馬車につくと、アヤが泣きそうな顔で御者と何か言い合っていた。
「やはり探しに行くべきでは……!」
「いえ、もう少し待ってみてからのほうがいいかと。今下手に動くと行き違いになってしまいかねません」
「でも、さっきからそうして待っているけど、いつまでたってもエリナ様は来ないじゃないですか!」
どうやら私がこないことで探しに行くかどうかでもめているらしい。心配させていたのに申し訳なく思いながら、アヤに声を掛ける。
「アヤ、ごめんなさい、遅くなって」
「エリナ様! いったいどちらにいらっしゃったんですか……いえ、私が目を離したせいでございますね。申し訳ございませんでした」
「私もずんずん歩いて行ってしまったから……ごめんなさい」
「エリナ様……顔を上げてくださいませ。こうして無事な姿を確認できただけで十分です。さあ、もう帰りましょう」
アヤはレンの方を一度も見ないで私が馬車に乗るのを手伝ってくれた。
(レンのこと見えていないのかしら?)
レンが馬車にふわりと乗り込んでも、器用に座席に座ってもアヤは無反応だ。そういえば馬を操っている御者もレンには気づいていないようだった。二人の反応を見ると、なんだか自分がおかしくなってしまったような錯覚に陥る。しかし、いくら見てもそこにはくつろいだ様子で座っているレンが見えるので、たぶん本当にいるはずだ。
◆◇◆
「やだ、お城に行ったと思ったら、なんて拾いものをしてきたのよ、エリナ」
「よかったわ、ニーナには見えるのね」
自室に戻った途端、ニーナが無表情のまま驚いた声音で話しかけてきた。それを聞いたときに、レンのことが見えるのが自分だけではなかったことを知って嬉しくなる。
一方のレンは、誰もいない部屋から声が聞こえてきたのに驚いて辺りをきょろきょろと部屋を見回しながら首をかしげている。
「エリナ、今の声は、どこから聞こえてきたんだ?」
「紹介するわ。彼女が言っていたニーナよ。で、こっちの万年筆がオーレ。ニーナ、オーレ、彼は城で出会ったレン」
「初めまして」
ニーナとオーレを手に持って、レンによく見えるようにして紹介するとニーナとオーレは揃って挨拶をしてくれた。
「え? 人形、と万年筆が喋ってるのか?」
「おれ、オーレだ」
「あ、ああ。ニーナとオーレだな。よろしく」
レンは相当びっくりしたようだが、それでも挨拶を返してくれた。
「驚いた。彼女たちが君が言ってた友人か」
「レンも非現実的という意味では同じだと思うわよ。それにしても、私が人間の友達を作るように言ったからといって幽霊の友達を連れて帰ってくるなんて、エリナにはホントびっくりよ」
「レンと会ったのは偶然だったんだけど、駄目だったかしら」
「駄目とは言わないけど」
ニーナは纏う雰囲気を真剣なものにして、レンに向きなおったように見えた。
「レン。あなた、エリナに会ったとき何か感じなかった?」
「何かというと?」
質問の意図が掴めなかったレンはニーナに訊き返す。すると、それまで黙ってニーナとレンを見ていたオーレが会話に入ってきた。
「それは、こう、ドキドキとかむらむらとかだな」
「オーレ、黙って」
「……はい」
「エリナの瞳は赤いでしょう? そのことについては何も思わない?」
「ニーナが何を言いたいのかいまいち分からないんだが。そうだな。ルビーみたいで綺麗だと思うな」
「……そう。レンはハールラフス国の人間ではないみたいね。この瞳を見てもそんな感想を抱くなんて」
ニーナは一人納得したように呟くが、レンとしては何がなんだかわからない。怪訝に思いながらニーナに問う。
「さっきからいったいなんなんだ? エリナの瞳になにかあるのか?」
その質問には私自ら答える。自分のことは自分で説明した方がいいだろう。
「私の瞳はこの国では忌み色なの。嫌われているのよ」
「1000年前にこの国を滅ぼした魔女の髪と瞳と同じ色だからね」
「そうなのか。俺にはそんな忌み色には見えないな。とても綺麗に見える」
「…………」
「まあ私も忌み色なんて馬鹿げていると思うけど、この国の人にとってはそうはいかないのよね」
「そうなんだよな~」
へぇとレンは軽くうなずいているが、私は、レンが言った言葉が耳から離れなかった。
綺麗。
そんなこと言われたのは初めてだった。今まで瞳のことで蔑まれたことはあっても褒められたことなどなかったのだ。言われ慣れていない褒め言葉にどんな反応をしていいのか分からず言葉が出ない。それでも、嬉しい気持ちが胸の底に小さく広がっていくのが分かって、そんな自分に戸惑った。
「ああ、でも、俺記憶喪失だから、もしかしたら、そんな言い伝えも忘れているだけでハールラフス国の人間だったのかもしれない」
「記憶喪失?」
「名前以外、自分のことが思い出せないんだ」
「そうなの。まあそうかもしれないわね」
それには反対しないでやんわりと受け入れるニーナ。
「それはそうと、国王と王妃には会えたのか?」
オーレが話が一段落するのを待って私に尋ねてきた。
そういえば、レンを二人に紹介するので、本来の目的、城に仕事をもらいに行っていたということを話すのを忘れていた。気になっていたのだろう、ニーナも黙って私の言葉を待っている。二人に結婚話のことを話すのをなんとなく気まずく思いながら、口を開いた。
「それなんだけど、何か手伝いたいと言ったら、結婚してみないかって言われたわ」
「……ああ」
「えええ!?」
一方はどこか納得したような一言を発し、もう一方は心底驚いたという声をあげた。ちなみに納得したのがニーナで驚いたのがオーレだ。
「王女としての義務の一つよね。他国に行けばその瞳についても問題はなくなるし、国王も苦渋の決断と言いながらも前から少し考えていたんじゃないかしら」
「ニーナ! 何冷静に分析してるんだよ。仕事をもらいに行って結婚とか、話が飛躍しすぎだろ」
「でも、よく聞くじゃない。王女が政略結婚で他国との繋がりを強固にするって。そう考えれば立派な仕事と言えるわ」
「ニーナぁ~」
冷静に父様の気持ちまで代弁するニーナにオーレは非難の声をあげる。
そんな二人を見て、自分のことのはずなのにどこか他人事のような気がしてきてしまい、ぼんやりと二人の言い合いを眺めていたら、それまで驚くこともせず、納得することもしなかったレンが静かに口を挟んだ。
「それで、エリナはどう思ったんだ? 返事をしたのか?」
「…………」
どう思ったのか。それは両親に厄介払いされるのだと思いショックを受けた。返事も考えると言ったまま保留だ。しかし、そんなことを言うのははばかり、本音は心の奥底にしまった。
「どう思ったかって、それは、王女としての義務を果たすしかないのならそうするべきなんだろうけど、まだ返事は保留にしてあるわ」
「……エリナ」
ニーナが小さく私の名前を呟いたのが聴こえたがあえて聞こえないふりをする。きっと、ニーナには私のこのネガティブな気持ちなどお見通しなのだろう。
ニーナとオーレがいてくれたおかげで、あまり暗い性格にはならなかったと思うけど、どうしてもふとした時にネガティブな面も顔を出してしまう。
答えになっていない私の返答に、レンは突っ込んでは来なかった。もしかしたら、レンにもなにか分かってしまったのかもしれないと思うと、気を遣わせてしまいそうで気が進まなかったが、今は上手く取り繕うことができなかったのでそのままにしておいた。
それにしても、私の気持ちを聞くなんて思っていなかったから、驚いた。今は向き合いたくない気持ちだったのだけど、私を巻きこんでくれたことは感謝すべき事なのだろう。
レンは、少しだけ私の方を見つめたが、一言外の空気を吸ってくると断ると外に出て行った。
「あ……」
私はただその背中を見送るしかできなかった。




