幕間:ある騎士たらんとした男の場合
サブタイトルと内容に乖離があります。短いですからご使用のさいは用法用量にご注意下さい。
それは、そんなにも昔じゃない話し。
ある田舎で暮らす豪農の男には年の離れた兄がいた。
男がまだ幼かった頃、突然に兄との別れが訪れた。
それは収穫も終わり、藁などが田や畑にこんもりと山を作っている秋の季節だった。
近くのといっても田舎だから、そこそこ離れた場所なのだが何かの工事のために家の前を大きな音を出しながら工事車両が行き来してる。
興味を引かれた幼なかった男は通り過ぎた車両を道に出て眺めていた。
!
不意に優しく持ち上げられて、宙に放り投げられた。一瞬のことだったが今でもあの感触は忘れられない。幼児の錯覚だったのかもしれないがと他人に話すときは笑って言う。何年もかけて、もう幾度となく繰り返してきた話題に泪は出なくなっていた。
放り投げられて、山積みになった草のクッションに背中から受け止められるまでに、慈愛の表情を浮かべる兄とそこにクラクションとキシムブレーキ音。
兄の葬儀に持ち寄られたお菓子を食べ過ぎて苦しんだを思い出して、男は引きつった笑いをしてしまった。
親戚のダレだったか忘れたけど、お供えを全部食べきったら、兄が生き返ると言われて、ソレを信じて泣きながら口に押し込んでいった。無論幼児に田舎の葬儀のお供えなど食べきれるはずもない。
何日が苦しんで嗚咽しながら寝込んだ後日、男にウソを教えた犯人はこっぴどく叱られたと聞かされた。今ではそんな些細なことは忘れてしまったが、自分が兄を殺してしまったという事実だけは、はっきりと覚えている。
まだ兄の最後となった笑顔と、その直後の・・・だけは突然フラッシュバックしてよみがえることがある。
何年か経ち、兄の歳を超えてやっと心にも余裕が出て来たのだろう。これまで両親さえも手を付けず、実質開かずの間になっていた兄の部屋に入ってみた。
淀んでいると思っていた部屋の空気は、短いスパンで歓喜されていたかのようにさわやかな感じがした。
閉ざされた部屋の中にあった寝具も湿気ているはずなのに、ついさっきまで誰かが横になっていたような気配が残っていた。
永遠の英雄像だった兄にすがりたい気持ちが感覚を誤認させているのだろう。
当時、中二だったんだと机のサイドテーブルに置かれた教科書を手に取り、ふうーっと息を吐く。
高校受験を控えた自分の不安定になった心が導いたのだろう。殆ど記憶の片隅にあった間取りと兄の後ろ姿の幻が重なり合う。
自室に戻り、ベッドの上で体を伸ばして天井を見上げた。つい最近まで、体を丸めないと眠れなかったのになとまた笑う。
腕で目を塞ぎ、目からわき出す汗をぬぐっていると、誰に対してか『女々しいヤツめ』とつぶやいてまもなく眠ってしまった。
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ラ国歴2018年9月6日
萬茶村 何代か前の先祖が苗字帯刀を賜った庄屋の五人兄弟で第三児になる12歳の木肌アランは、兄二人と直ぐ下の弟と四人で末妹ニアを姫と見立てて自分たちはそれを守る騎士ごっこに興じていたのを拗らせてしまった。いつしか本物の騎士になると公言していたのだ。それも各地を遍歴して強きをくじき弱きを助けるという幻想までに拗らせていた。
しかしラ国に騎士制度はなく、特に田舎である萬茶村にはせいぜい警邏官が駐在するていどだ。
10歳になる頃、妄想を親に咎められ、このときから家出を決意し準備を始めた。
しかし一人で決行するだけの度胸はなく、幼なじみで近くで製パン兼雑貨屋の三男坊に声を掛けて、脅したり、甘い夢で誘ったりと、一度だけ「仕方ないなあ」と返事を受け、たったそれだけで勝手に肯定として受け取っていた。
アランには前世の記憶のような物があった。詳細は思い出せないが、幼い弟を鉄のモンスターから救い出すというものだ。誰もかもに語っただろうか、決まって返ってくるのは、ただの冒険好きを拗らせた末の妄想だと笑われたが、本人は居たって真面目だった。
そもそもアランに年の離れた弟なんて居ないのだから。
夜も更け、妹と二人で使う自室の窓をそっと開け、妹の寝顔に『じゃあな』と口の動きだけで別れを告げて、窓から外に出る。
音を立てないように窓を閉め、自動で鍵を掛けるギミックがやっと聞き取れるほどのカチリと音を立てたのを聞いて口角を上げた。
先きに外へと落としていた荷物を持ち、通りでなく子供達の使うヒミツの通り道で幼なじみの家に向かう。
この獣道と変わらない"子供だけの通り道"は"秘密の抜け穴"は、他人の土地だとか、体が大きくなると通り抜けできないとか、大人の事情を含めたいろんな意味で徐々に成人と伴に使わなくなっていく、老若男女誰もが知る公然の"ヒミツ"だった。
学習塾であったとき、今夜決行すると伝えていた。だから幼なじみの窓へ小石をぶつけたら即レスしてくれる物とばかり思い込んでいたほどだ。
「くそっ、なにやってんだ。あのウスノロめっ」
もしや部屋にいないのか、時間を言ってなかったから待ちくたびれて寝ちゃっているのかあたりだろうと判断したアランは窓に施錠されていないのに気づくと、他の家人にバレないようにそっと開けて道具をつめた袋の中から縄ばしごを取り出して窓枠に引っかけた。
消灯した部屋に忍び込むと生活魔術で小さな種火を出して灯りにして室内を確認すると、どこかに行ってるのじゃなくて夜着になりベッドでグッスリと眠っている。
むっと来たアランは幼なじみの両頬をつねり悲鳴を上げるタイミングで口を押さえると自分の顔を確認させた。
「気持ちよく寝ているとこ起こしちまってすまねぇな。騎士足るもの有言実行だ。だからオレは行く」
ふん、お前なんか仲間じゃないよと呟き、憤という感情で、血湧き肉躍る遍歴の旅はボッチでもいいやと決断した。
アランは最近、怒りっぽくなってきていた。それというのも近所の男友達と比べて、体力も力も劣ってきて、周囲に大きく離されていく焦りが悪夢となって悩まされていた。
さらに本人にとって理不尽とも言える事件がこの行動に影響している。
寝ぼけているのだろう、ぽかんと見ている幼なじみに「じゃあな。いい夢見ろよ」と言い残して元来た窓から飛び出すと、縄ばしごを回収してアランは目的地に向かって歩み出した。
早く隣接する国境を越えたい強い思いがあった。
農村の朝は早い。早いものだと未明から動き出したりするので姿を見られたくない。そしてアランのいるラ国には無いが、隣の国には通称"冒険者ギルド"と呼ばれる庶民のための生活互助組織があった。
この冒険者になると身分証明にもなるカードがもらえて、旅をした先での仕事を探しやすくなるのだ。
村の境界を越えるまでは、身を潜めて早足で進む。日頃から、抜け出すときのルートは考察済みだった。
夜、それも深夜ともなれば普通に人は居なくなるが、むしろ警戒心バリバリの自警団の夜回りに見とがめられるかもしれない。
だから彼らの使うルートと時間配分、またルート上から星明かりで作られるシルエットなどリスクを極力減らした順路を採った。
努力の甲斐があったのか騒ぎも起こらず、村の境界を越えた。
やっと歩調を緩めることが出来る。肩と背と足は重いが、気分だけはとてつもなく軽い。
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夕ご飯を告げる声が聞こえた。
男は目頭を押さえ体を起こすと、呼ばれた階下へと移動していった。
お読みいただき、感謝します。
発想の素ネタは世界的な作品の一つからですね。ただ虹になんない程度にぐっと離して魔改造しました。