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村に着くと、まず俺は巨人討伐の依頼主である村長を訪ね報告をした。当初の予定に反して、巨人一人の討伐が二人を退けたことを報告すると、村長からは、
「巨人を二体相手にしても全く動じず、こうして無傷で帰ってこられるなんて、さすがは〈クーフナーの大剣士〉ですな」
と、ほめられ追加の報酬が出た。
俺一人でやった訳じゃないんだがな、と言いたかったが、そんな事を話せば話はややこしく長くなるだけなので、黙って賛美と報酬だけ貰って村長宅を後にした。
もちろん、報酬を独り占めしようとはしなかった。きっちり半分にしてカミエに渡すと、
「いらないよ。べつにお仕事して巨人を倒した訳じゃないし、私が助けたコランドはご飯を食べさせてくれたし」
と、断られた。それに加えて、
「それに……、そんな銀貨、私見た事ない……」
確かにこの銀貨はちょっとばかし珍しい。この銀貨自体の大きさは小さめだが、純度は他の銀貨よりずっと高く、しかし軟らかくないのは近隣の王都につたわる金属強化の魔法が一つ一つにかけられているからだ。年月がたってもくすんだりしないこの銀貨は、美術品としても評価が高く、遠くの国に持って行くと喜ぶ人も多い。
珍しい銀貨だが、旅人であれば一度は目にする。やはり、彼女が知らないのは不自然である。
まぁそれはともかく、とりあえず、俺はカミエを連れて、村の食堂に行った。
「――つまり、コランドは私がよその世界から来たって言うのね」
「あぁ……、それ以外に考えられん」
村人達は勤労なことに、皆農作業や鉱山に行っているようで、食堂には人気がない。静かな食堂で俺が一方的に質問を重ねカミエの状況を引き出させて貰ったところ、この結論に行き着いた。
「でも、そんなことあり得るの?」
「さぁ、俺は判らんが、子供の頃は違う世界から来た旅人の武勇伝を聞いた事がある気がするぜ」
当然の事ながら、彼女は強く動揺していた。少し黙った後、強い口調で俺に問う。
「なんでそうなるの? おかしいよそんなのっ」
「だから、落ち着いて聞いてくれ。まず俺が、あんたがこの世界の人間じゃないと思う原因の一つは、〈クーフナー家〉を知らない事だ」
「さっきも言ってたよね、それ。ねぇ、それは何なの?」
焦りを隠そうとしない明け透けな彼女の瞳。ターコイズの甘い緑色から目を反らさず、俺はこの世界の『常識』を話し始めた。
「〈クーフナー家〉は簡単に言えば、強力な魔法使いの一族だ」
――一族に生まれた者はほとんどが魔法に対するある程度の才覚を持ち、本流ならそこらの魔法使いとは比較にならないほどの素質を持つ。
しかし、それだけでは万人が知るに足る存在とは言えない。クーフナー家は歴史としては五百年と少しくらいの時間しか持たない。彼らが人々に好意を持って、ある場合には敵意を持って、その名を呼ばれるのは、すべて先祖達が残してきた伝説による。彼らは単なる魔法使い一族ではなく、己等の力と知識を駆使し、発明者として、政治家として、或いは勇者として使い、世界に干渉し続けている。
「コランドが大剣を背負って旅をしているみたいに?」
「まあ、そうかな。俺の場合はちょっと違うんだが。あいつらは自分の足で世界を巡らなくても、手練手管、あちこちに取り入っては好き放題するんだ」
と、ちょっと強い口調で言いすぎた。カミエが目を丸くしてこちらを見ている。だがこのことを弁明することは避け、軽く咳払いして何事もなかったかのように続けた。
――〈クーフナー家〉で最も知られている伝説は何と言っても五百年前のクーフナー初代達の伝説、通称『神牛の勇者達』だ。
五世紀前の当時、クーフナー家は存在もしていなかった。世界の名だたる魔法使い達はヴューネイ家とキティス家に別れ、一般市民を巻き込んでまで戦闘するまでに対立していた。そんな中、世界を支える高位存在『巨牛神クジャタ』に異常が起き、世界は崩壊の危機に臨まされる。両家の対立をおさめ世界の力を一つに束ね今につないだのは、初代クーフナー家頭首シラー・ヴューネイ、その妻リジイア・キティス、そしてなにより、五百年たってもその名が人々の記憶から薄れる事のないのは〈大剣士バッツ〉。彼らはその後、現在十二世代まで続いている。
「ふぅん、なるほどねぇ」なんだか生返事っぽいカミエ。
「飽きてきてないか?」
「ううん、私は別に。――あ、もしかして話し疲れたの?」
「あ、いや……、もう少しさ」
――以来クーフナー家は、勇者の子孫として世界の平和を、或いは世界一の魔法使いの家系として魔法技術の発展と管理を、その両手に担って途切れることなく栄え続けている。一般の冒険者には手に負えない魔物の殲滅と封印、王国の執務の補佐、医療の発展、などなど、分家を入れれば頭数は相当なものなので彼らが為すことに枚挙の遑がない。
さらに、一族には魔法使いかそうでない者の、いずれかしかいないのではなく、三世代に一人の割合で〈大剣士バッツ〉のような並はずれた身体能力と剣技の才を持った者が生まれる。魔法の才は皆無だが、勇敢で、優しい心を持つ大剣士達はいつしか他の大剣士達と分けて〈クーフナーの大剣士〉と呼ばれるようになった。
「で、コランドもその〈クーフナーの大剣士〉なんだ」
うん、と無意識に返事をして、慌てて「いや、それよりあんたの話なんだが」と彼女の興味がこちらに向くのを止める。彼女はやや怪訝な面持ちになってしまうが、俺は相手にしなかった。
――できなかった。
「とりあえず、俺が話す事はここまでだ。後はあんたの方から適当に質問して欲しい」
日が傾きはじめ、日光は橙色をおびてくる。気の早い農民達が談笑しながら村に帰ってくるのが聞こえる。食堂にも一人、二人と入ってくる。
しばらく俺が待っていると、カミエがぽつりと言った。
「たぶん、コランドの言う通りなんだと思う。この空は、私が生まれた時から私を見下ろしていた空とは違うんだと思う。でも、だったら、私はどうしたらいいの?」
風に揺れる灯火のような揺らめきを見せる声音だった。だが――
「さぁ、しばらくあちこち旅をしてたら帰れるんじゃないか? 俺が聞いた昔話はそんな風だった気がする」
何故か無神経に答える俺がいた。己の失言に気づいた時には、カミエが、バン、とテーブルをたたいていた。
「そんなの」俺を見る彼女の目には涙の滴が輝いていた。「いつになるかわからないじゃない!」
カミエはまくし立てる。
「本当に帰れるかどうかもわからない。帰れても、何年待たなければ行けないのかもわからない。それに、こんな全然知らない世界で、私は何処を歩けばいいの。盾がいないのに、私は一人きりで旅をしないといけないの? そんなの、私は嫌。私は早く帰りたい。早く帰って、盾に会いたいの」
本気の目、瞳の奥に揺れる激情の炎をはっきりと見た気がした。
俺はどちらかというと、そういった色恋の話には縁がなく、理解しがたかった。だが、理解出来ない俺でもこの時は、カミエがジュンという男を心から『愛して』いて、分かちがたいほどのつながりを感じているのだと、ハンマーで殴られたみたいな衝撃で、はっきりと、頭よりも胸で感じ取った。
そして、爆発のような彼女の告白の衝撃に揺られるままに、俺は懇願されていた。
「力を貸してコランド。私一人でどうしたらたいいかわからないの。お願い、私を元の世界に帰して!」
緑の瞳は、燃えるように熱望にうなされ、夕日に映える緑の葉だった。
俺は努めて声を低くし、落ち着け、とまず応えた。立ち上がっていた彼女が腰を下ろしたところで、俺は最大の効果を狙った声で、もちろんだ、と話し始めた。
「俺は、いままで大したこともしてきてない半人前の旅人だ。でも、この〈大剣士コランド〉の名に賭けて、カミエ、あんたを必ず元の世界に帰してやる!」
そうして、俺とカミエの短い二人旅がはじまる。
しかし、その前に確かめるべき事があった――。
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太陽が沈む前に、今日できることをすることにする。そう彼女に提案した。
「この村は小さいからな。言い方は悪いが、探すところは少ない。この日が沈むまでの一時間で、探し尽くせる。そうしたら、次の夜明けにはすぐにこの村を出て、ここから半日北北西に歩いた先にあるラグの街に行く。いいか?」
「でも、どんな事が手がかりになるの?」
「一番良いのは、過去に大きな『力』が動いた形跡がある遺跡や戦場跡。そういったところは、人こそ来ないが、外の世界から来る強力なモンスターが通ってくると昔聞いたことがある。つまり、そう言った場所は空間が歪んでいるから、あんたもそこから帰れるかも知れないて事だ。もしくは、あんたがここに来るまで居たって言う遺跡に似た場所。空間を隔てても、作りが似た場所は繋がって居るとも言うからな」
言うだけいってから、頭一つ低い位置にあるカミエを見下ろすと、カミエは感心したように俺を見上げてくれていた。
「流石、世界一の魔法使い一族の一人、といったらいいのかな」ウィンク。
「……その言い方は止めてくれよ。俺は魔法使いじゃないし、先代の大剣士達みたいに英雄的なことだって何もしていない」
カミエの無邪気な言葉に、俺は苦い気持ちで一杯だった。しかし、彼女はさらに俺にこんな風に問う。
「でも、コランドは〈クーフナー〉の名前に誇りがあるんじゃないの?」
否定できなかった。
「…………いや、でも俺は……」
「自信を持ちなよコランド。今は駄目かも知れないけど、これから何年も旅をするんでしょ? きっと、いつか、コランドも立派な〈クーフナーの大剣士〉になれるよ。コランドは優しくて、そしてなにより、コランド自身そうありたいと思って頑張っているんだから」
西の地平線の太陽の光に、彼女の目は金色に煌めいていた。くもりのない光は、俺の心の弱い部分をさらけ出し、ど真ん中を射抜くみたいで、正直、耐えられなかった。
時間を無駄にするな、と顔を背けて言った。右の耳から、じゃあ、行ってきます、と言う彼女の声が入ってきた。それもまた、俺の柔らかいバターみたいな闇にさっくりと刺さった。
こんな黄昏時に、疲れた農民達はよそ者なんかと話をしようとはしないだろう。彼らは彼らの社会で穏やかな疲労を、物静かな沈黙の中で共有することを好むから。
――俺は彼女を欺いた。
カミエと別れて夕暮れの中を歩く。疲れたような、それでいて清々しいような表情を浮かべた村人達とすれ違っていく。朗らかな笑い声の響く黄昏の景色がとてもあたたかく、後ろめたさを抱える俺の胸を打った。
カミエと別行動を取る必要はなかった。口実を並べて、彼女を遠ざけただけ。俺が彼女と別れたのは、少し考えることがあった、包み隠さず言うならば、彼女の正体に対して疑問に思う、或いは警戒すべきところがあると判断したからだった。彼女はそれに気づかず、何も言わないで俺と離れた。
『歴代のクーフナーの大剣士の中で最も器用な大剣士』、俺はそう身内からは呼ばれている。それは揶揄と賞賛、どちらの意味もある。
過去の大剣士達は余りに武骨すぎて度々命を危うくしたり、他者を守りきれなかったりという伝説が多い。それこそが大剣士の誉れである、と人は言う。騙されたり、利用されたり、それでもくじけない一途な強さが大剣士の強さであると。だが、俺はそうは思わない。第一、それを言い始めたのはクーフナーの魔法使い達、世に広めたのは何も知らない無垢な人々。魔法の才を持たない大剣士達は、魔法使いである一族の者達にとっては所詮邪魔者でしかない。大剣士達は、いくら人々に愛されても、身内には嘲笑われる存在なのだ。
俺はその事を知ってしまった。騙されるのを恐れ、未知の存在に対して警戒を忘れず旅をしている。そして、器用という二文字が俺に与えられた。
――そんな事はどうでも良いか。
今はカミエの事を考えるのだった。くだらない自嘲に浸っている時ではない。
第一印象としてのカミエは、優しげな春のこもれび、かげりない太陽の光、地中にあっても輝きを失わない宝石、そのように俺は感じた。それは彼女のかわいらしさや心優しさをたたえているのではない、俺は彼女に人間らしさを感じなかった、そういう事だと思っている。
雑踏を離れ、人目に付かない位置に立つ。背中に背負った大剣を鞘ごとおろし、柄を地面においてたぐるようにして刀身をむき出しにする。俺の大剣はその大きさ故、必要な時だけ片手で背中からひっこ抜いて使う、なんて事はできない。いつでも闘えるように抜刀したまま手に持って歩くか、しっかり鞘に収めて背負っているか、そのどちらかしかできない。なんらかの敵に襲われる危険性がある場所では――人里離れた地、街の治安の悪そうな所――俺は大剣を抜き身で歩くようにしている。
大剣〈トリニティブレード〉を左手に、右手に持つのはカミエからこっそりとった彼女の金の髪の毛だ。長い髪の彼女はよく髪の毛を落とすから注意していれば拾うのは容易い。
トリニティブレードは『考える剣』だ。別に『意志のある剣』ではないが、持ち主が決まった手続きに従って情報を入力するとそれに適した答えを出力する『電算剣』なのだ。この世界の外からもたらされた物で、その世界では『コンピューター』と呼ばれる代物が内蔵されているらしい。
トリニティブレードにカミエの髪の毛を巻き付ける。柄の宝玉に触れて小声で剣に質問をする。
――この毛髪の持ち主の身体情報を出力せよ。
剣が輝きはじめ、空中に光の板が出現しそこに計算結果が文字で出力される。身長、体重、等にはじまる彼女の身体的特徴を数値化した物だ。この中には対象の腕力や誕生日もある。
ごちゃごちゃと文字が入り組んでいるので読むのに時間がかかる。
出身地……エレル村、絶対座標X:-5000,Y:-10000、――年齢、17.5才。
やはり、と思った。俺がはじめて彼女にあった時に感じた違和感、それは彼女が自分で言った年齢より若干若い、というものだった。これは彼女が嘘をついたという事とは違うだろう。トリニティブレードの分析の中にある細胞レベルの項目では、彼女の魔力親和性が常人の百倍の数値を示している。
つまり、彼女は人間ではない。或いはなんらかの原因により『人間』という枠組みから外れてしまった〈半高位存在〉であるのかもしれない。
だけど、と俺は無意識に呟いた。それで彼女をどうするというのだ。人間じゃないから、斬り捨てるのか?
疑問があったから、警戒するところがあったから、それを明らかにした。だが、それでどうなった? 俺は、またもや迷っているだけだ。なぜ、彼女の知らないところで彼女の正体を調べるような事をしているのか? 知って、それでどうしようと言うのか?
気が付くと日は沈みきって、俺の隠れた物陰には一筋の光もない。先程まで光っていた大剣も、今は何事もないように地べたに転がっているだけだ。一寸先も見えない闇の中、俺は一人自問し続けていた。幾度となく、どうする、と。
まるで、この狭い空間に満ちる闇は、俺を惑わす疑問そのもののように渦巻いてさえ見える。
不意に宵の空に悲鳴が響いた。外敵に対する、警戒の叫び。反射的に俺は剣を取り、物陰から飛び出した。
ちょっと『クーフナー家』について長々と書きすぎてしまった気がします。




