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放浪  作者: 白亜迩舞
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 何故だがわからないが、気が付いたら俺は走っていた。

 いや、理由はわかっている。俺の背後から重々しい足音が、どたばたと元気よく追ってくるからだ。

 つまり、俺は逃げていた。

 揺れる大地が、響き渡る足音と荒い息づかいが、その事実を容赦なく俺に突きつける。

 軽い仕事だったはずなのに。俺が引き受けた石切場を襲う巨人の討伐、そいつは身の丈六メートルほどはあったが、倒すのはそれほど難しい仕事でなかった。

 しかし、倒した瞬間に新たに十メートルを超す巨人に襲われ、そいつが出てきた時に地盤がゆるんだのもあって俺はその場を退いて、…………そのまま逃げ続けている。

 情けねぇ! 情けなさ過ぎる!!

 こんな事が兄貴に知れたら、また足腰たたなくなるまでしごかれる。

 こんな時の兄の仕置きはいや増して厳しい物になる。自分の思いつきに涙がにじんでぼやけはじめる俺の視界。

 と、そこに、一人の女の姿が映った。

 「おいっ! 逃げろっ。危ないぞ!!」

 だが、その女に俺の呼びかけを意に介した様子はなかった。彼女は、自分の意志でここに立っているんだ、という様子で俺に向かって花のように微笑み、そして両腕をあげ手のひらを二つ合わせこちらへ向けた。魔術師のよくやる攻撃の姿勢の一つだった。

 止まる訳にはいかず、俺が彼女の方に向かって走る間に、彼女の両手のひらに生まれた七色の輝きの光が見る見るうちに丸くふくれあがっていく。俺が止まりきれず彼女の横を走り過ぎる時、光の玉は大人の頭ほどに大きくなっていた。

 ――と、羽?

 彼女を横から見た時、彼女の背後にやわらかい輝きを持つ金の髪と共に、燦然たる光でつくられた二枚の翼が見えた気がした。立ち止まろうとしたところで、彼女がためていた力を解き放った。かすかな音と眼も眩む光が放たれ、その強い力の波動に背中を押され俺は前のめりに転んだ。

 派手に転んだ。受け身を取れずもんどり打って地面を二三回ころがった後、涙目で立ち上がった頃には彼女の光は既に収束していて、俺の目に映ったのは翼の生えてない普通の女と、大の字に仰向けになっている巨人だった。

 ――す、すげぇ。

 わずか数秒の〈ため〉で巨人を一撃に倒すなんて。あれだけ大きな力を放った割に、金髪の女には疲弊した様子が全くない。ただ穏やかに、身に纏った黒いマントが風になびくに任せて立っている。

 ――て、まだ息がある!

 巨人が仰向けのままもがきはじめたのをみて、とっさに俺は奴に向かって駆けだした。転んだ時に落としてしまった大剣を拾い上げ、巨人の仰向けになった胸板に飛び乗り首筋に切っ先を押し当てた。

 「おい、俺の声が判るか?」

 巨人の胸板をどんと蹴ると巨人は目蓋を開けた。奴は俺を見た途端、ばかでかい両手で俺を掴もうとしたが、首筋に当てた剣に少し力を込めると動きを止めた。悪ガキのような愚鈍な目が俺を見上げる。

 「俺はお前に二つの選択肢をあげてやれる。一つはもう二度とあの石切場を襲わず、仲間を連れて自分たちの居場所に帰る事。もう一つは、今の条件を聞かずに俺と戦い命を落とす事。おい、どっちを選ぶ?」

 巨人は死にたくないようだった。うるうると瞳を涙で満たし、許しを請うように首を振った。

 「俺はお前が金輪際何もしないって言うんなら、お前の命を奪うつもりはない。でもな、お前が悪戯を続けると危ない目に遭う人が多すぎるんだ。だから、これ以上やるってんなら容赦はしないぜ」

 ひとつ呼吸をして、間をおいてから俺は訊いた。

 「もうしないな?」

 うんうんと巨人は頷いた。それをみて俺が巨人の上から飛び降りると、巨人はのそのそと大人しく立ち上がって、十メートルの高見から俺を見下ろした。

 「もう行けよ。これに懲りたら、もう悪い事はするなよ」

 俺が笑ってやると、巨人もでっかく笑ってもときた石切場の方に歩いていった。あそこでまだ目を回しているだろう仲間を拾って、そして更に向こうにある住処に返るのだろう。帰ると良いんだが。

 巨人を見送って、振り返るとさっきの女がまだ立っていた。女は後ろに手を組み、金の髪を風にたなびかせ、さも親しげに俺に微笑みかけていた。

 金の髪、落ち着いた青緑色の瞳、白い肌。真っ黒いケープと同色のスカート、その下には薄い魔術紋様が刺繍された白い服、それらのコントラストが異様に目立つ。

 「あんた強いんだな。ありがとう、助かったぜ。俺の名はコランド。……うん、コランドだ」

 ファミリーネームは恥ずかしくていえねぇ、それは俺が旅に出て四年間ずっとコンプレックスみたいにつきまとっていた。

 彼女はそんな俺の胸算段を知らない。ただ無邪気な少女のように笑って答えた。

 「私の名前は神恵。七那瀬・神恵。十九歳です」

 陽気で朗らかな声だった。しかし、その内に少しの戸惑いのようなものを感じた。

 「ナナセ・カミエ……? あぁ、後の名前がギブンネームなのか。俺は十八歳だ。あんたより一個下か。何処から来たんだ? 一人旅、なのか?」

 彼女は強い魔力を持ち、戦いになれた一人前の旅人のようだが、俺から見る限りあまり一人旅を好むようには見えなかった。人懐っこいオーラ全開だったから。しかも、こんな人気もない山の間。何か訳ありのようにしか見えなかった。

 「もしかして、仲間とはぐれちまったのか?」

 俺が質問すると、彼女は途端に目をうるうるさせはじめた。縋るような視線を俺に送り、いかにも自信なさそうに訊いてきた。

 「ねぇ、盾を、天柄盾を知らない……?」

 「その名前に聞き覚えはないな。それがあんたの仲間か?」

 素直に俺が答えると、カミエはぺたんと地面に座り込んでしまった。

 「おい、どうした!?」

 俺がカミエに近寄ると、彼女はうるうるの瞳で俺を見上げ、呟くように言った。

 「おかしいの……。私達、遺跡の調査をしていたはずなのに、気が付いたら私だけこんな山奥にいるの。どこにも盾がいなくて、心細くて、巨人が走ってくるし、それに……」

 彼女が言葉を切って、地面に横たわった。

 「具合でも悪いのかっ?」

 ここいらの低木の実には毒がある。それを食ったのかも知れない。

 ――と、いう心配は無用だった。

 「お腹空いた……」

 この地帯に特有の乾いた温かい風が吹いた。


* *


 太陽はまだ南中して間もない。天高くから照らす太陽の光が降り注ぐのは、鉱山の合間に挟まれた乾いた平原。強い鉱石成分の為植物はあまり生えないのだ。ここいらはただ座っているだけには少し殺風景すぎる。

 依頼を受け報告に行くべきミリク村からもそう遠く離れている訳でもないが、空腹を訴え歩こうともしないカミエのために、俺は火を焚いて簡単な昼食を作る事にした。

 「おいしぃい。このパンおいしいよ」

 「そうか、よかったぜ」

 乾燥果物とパン、それに俺特製の調味料を組み合わせてつくったサンドイッチを、カミエは口いっぱいにほおばっている。よほど腹が減っていたのか、三枚、四枚と次々に完食していく。俺が果物を煮て戻すのが間に合わないほどだ。

 「なんか、私、人の家のないところでこんなにおいしい物食べたのはじめてかも」

 「あんたは作ったりしないのか?」

 カミエの手が止まった。どうやら彼女のウィークポイントだったらしい。

 「……私だって頑張ったもん。頑張っても、上手に作れないんだもん……」

 「あぁ、わかった、わかった。落ち込まなくて良いから、どんどん食え」

 と、反射的に慰め、次には後悔した。カミエはやけ食いするようにパンを口に押し込みはじめ、更に次々と手を伸ばす。この後、食材を買い足すのは高く付きそうだ。

 「盾も刀夜もろくに作れないくせに、人のご飯、不味い、不味いって。だったら、自分で作れっての!」

 徐々にパンをむさぼる彼女の瞳が凶悪さを帯びてくる。これは、話をそらしてみる必要がありそうだ。

 「あ……、トウヤ、て言うのは?」

 「刀夜は盾の弟。二人は双子なの。私より三つ年上」

 「二人は剣士か?」

 「盾は魔法剣士で、刀夜は魔剣使い」

 「それで、カミエは魔法使いか」

 前衛となる剣士二人に、後衛の魔法使い。剣士二人はただ剣を持つだけではなく特殊なスキルも持っている。旅人のパーティー構成としては理想的だ。目の前に座るカミエは魔法使いとしてかなり高い能力を持っている。三人そろえばまさに、向かうところ敵無し、だろう。

 そんな風に見た事のない三人パーティーを目に浮かべていた俺だが、ふと気が付くとカミエは居心地悪そうに俺の前に座っていた。

 「……魔法使い、か……」

 「どうかしたか?」

 すると、カミエはううんと手を振って笑った。少し嘘っぽい笑い顔だった。

 「コランドは剣士だよね。でも、随分大きな剣を使うんだね」

 話題が変えられたみたいだった。しかし、俺は特に彼女の様子を深読みするのは止め、布で覆って地面においてある自分の剣に目を向けた。

 「あぁ……、『トリニティブレード』って言うんだ」

 「どの位長さあるの? 重くない?」

 「長さは全部で百八十センチくらい、重さは六キロくらいか」

 『トリニティブレード』は、平行する三本の刀身を柄で一つに纏めたような形を取っている。一つ一つの刀身はできるだけ細く作られているが、それでも全体として幅広くなって、三十センチ以上ある。

 「三本の剣で、それぞれ魔剣みたいに力を持っているんだ」

 カミエは興味津々と言った様子で剣を見ている。

 「どうして、そんなに大きな剣を持っているの?」

 あぁ、当然の質問であるが、なかなか苦手な質問だった。しかし、きかれれば答えるしかない。

 「この剣は人に貰ったもんで、その……、俺は……、大剣士なんだ」

 「大剣士?」

 がたん、と鎧を鳴らして乱暴に立ち上がる。驚いたカミエの眼が丸くなる。

 「……おう、我こそはクーフナーの五人目の大剣士〈三烈の曲撃〉、コランド=クーフナーだ……ぜっ!」

 そう、立ち上がって名乗りを上げること、それが大剣士としての振る舞いだと兄に教えられた。教えられましたのです。

 だが、この泣く子も黙る〈クーフナーの大剣士〉の名乗りに彼女はおかしそうに首を傾けただけだった。

 「へぇ、すごいんだね。多分。私はよくわからないけど、すごいんでしょ?」

 ちょっと意外だった。冗談抜きで、今の世の中どんなに地の果てへ行こうとも、〈クーフナーの大剣士〉達の話は誰であっても知っているはずだ。別に俺が大剣士云々にであることにかかわらず、それがこの世界の現状なのだ。それを、旅人であるカミエが知らないのは、おかしい。無知とか、そういった次元の話ではなく。

 お分かりのように、俺は自分が大剣士であることを彼女には教えたくなかった。つまり、今、俺は無念と諦念感で胸が一杯。いつもはそうなる。

 しかし、この時ばかりは違う。ちょっとばかし、いやかなり、様子に不自然なところの見当たるカミエに、俺は落ち込むのも忘れて彼女に質問する。

 「なあ、〈クーフナー家〉って知らないのか?」

 「うん、聞いた事無いよ」

 いつわる様子もなく、彼女は知らないという。

 「カミエ、何処で生まれた? 近くの国とか教えてくれ」

 脈絡の欠いたような俺の質問にカミエはますます首をかしげる。

 「エレル村、ヒコヤーニ王国の西の方にある……」

 今度は俺が、聞いた事無い、と言いたくなる番だった。世界中の地理は一通り憶えているつもりだ。

 だがしかし、俺はそれを口にはしなかった。少しの間だけ、俺は考え、そして結論した。

 「カミエ、もう食べなくて良いのか?」

 さらに、ちょっと脈絡のない発言。カミエが虚を突かれた表情をする。

 「うん、もう良いけど……」

 「じゃあ、とりあえず、ここから北西の方に俺が依頼の報告をしに行くを受けたミリク村があるから、そこまで一緒に来ないか?」

 言うだけ言って、彼女の返事を待たずに、広げていた調理用具を纏め、大剣を手に持ち立ち上がる。カミエもとりあえず腰を上げる。

 「そんなに遠くないから、ゆっくり行こう」

 足を踏み出すと、乾いた土が、しゃら、と音を立てた。俺は彼女を背に歩き出す。

 「ねぇ、待って。さっきの聞いたのは何だったの? コランド」

 ぱたぱたと彼女が追ってくる。

 ――そういえば、カミエは俺より頭一つくらい身長が違う。そのうえ女だった。歩幅が違うから、かなりゆっくりあるかないと置いていてしまうかも。

 カミエの質問に、俺は振り返らずに答えた。

 「村に着いてから、もう少し、ゆっくり話そうぜ」

 背後のカミエから納得した様子は伝わってこない。しかし、それでも良い。これから俺は彼女に長い話をしなければならないのだから。それは、彼女が――というより普通の人間なら誰でも――簡単には認めないような話になるだろうから。

 webに小説を載せるのは初めてです。つたない話かも知れませんが、最後まで読んで下されば至上の喜びです。

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