↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』  作者: うさぎとカニ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/44

第1話 オッサン精霊、召喚される

 

 ◇◇◇◇


 俺は高野幸治、51歳。


 運送会社のドライバーとして、もう30年近く働いてきた。


 若い頃は、重たい荷物だろうが長距離運転だろうが、それほど苦にはならなかった。少しくらい寝不足でも、一晩眠れば翌朝には体が動いた。


 けれど、50歳を過ぎたあたりから、そうはいかなくなった。


 朝起きれば腰が痛い。トラックを降りると膝が痛い。荷物を持てば手首が痛い。どこかひとつが治りかけたと思ったら、今度は別の場所が痛み始める。


 もはや働いて給料をもらっているのか、給料を治療費に変えるために働いているのか分からない。


 その日も配送を終えて会社へ戻ると、俺は重たい足を引きずるようにして事務所へ向かった。


「社長、すみません。少しお話があるんですが」


 机で伝票を確認していた社長が顔を上げた。


「ああ、高野さん。お疲れさま。どうした?」


「突然で申し訳ないんですが、仕事を辞めさせてもらいたいと思いまして……」


「えっ、辞める?」


「はい。もう体のあちこちがガタガタでして。特に腰がひどくて」


 それに、給料も安い。何年勤めても、まともな昇給はない。賞与もない。


 さすがに、それを全部口にするのはやめておいた。


「そういえば、前から言っていたね。ヘルニア持ちだったか」


「はい。最近は膝も痛いですし、手首も腱鞘炎が出ていまして……」


「そうか。でも、辞めなくても、もう少し体の楽な仕事に回ってもらうこともできるけど」


「お気遣いありがとうございます。でも、もう決めたことですので」


 数ヵ月前から何度も考えて出した結論だった。


 51歳での転職が簡単ではないことくらい、俺にも分かっている。それでも、このまま今の仕事を続けていれば、次の仕事を探す前に体が動かなくなりそうだった。


 社長はしばらく俺の顔を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。


「そうか。分かった。引き継ぎの人を回すから、仕事を教えてやってほしい」


「はい。分かりました」


 思ったよりも、あっさり話は終わった。


 長年勤めた会社を辞めるのだから、もう少し何かあるかと思っていた。引き留められたいわけではないが、こうも簡単に受け入れられると、俺の30年は何だったのだろうという気もしてくる。


 まあ、会社なんてそんなものか。


「はぁ……腰、痛え」


 俺は腰を押さえながら事務所を出た。


     ◇


「ただいま」


「おかえり」


 仕事を終えて家に帰ると、妻は居間でテレビを見ていた。


 俺たち夫婦に子供はいない。長年、妻とふたりで暮らしてきた。会話がないわけではないが、新婚の頃のように、その日にあったことを何でも話すような関係でもなくなっている。


 けれど、今日は伝えなければならないことがあった。


「あのさ……」


「ん、何?」


「会社、辞めることにしたよ」


 妻はテレビから俺へ視線を移した。


「……そう」


「今の会社、昇給もないし、賞与もないだろ。それに、もう腰も限界でな」


「次の仕事は決まっているの?」


「いや、まだ決まってない」


「そう。次は、昇給や賞与のある会社のほうがいいんじゃない」


「そうだな。条件のいいところを探してみるよ」


「先にお風呂に入れば?」


「ああ。そうするよ」


 妻の反応は意外と薄かった。


 もっといろいろ言われると思っていた。次の仕事も決めずに辞めるなんて何を考えているの、と責められることも覚悟していた。


 しかし、妻はそれ以上何も言わず、またテレビへ顔を戻した。


 怒っているのか。それとも、俺が仕事を辞めたがっていたことに気づいていたのか。


 長年一緒に暮らしていても、分からないことはある。


 俺は着替えを持って風呂場へ向かった。


 脱衣所に入り、服を脱ぐ前に何気なく鏡を見る。


 そこには、疲れた顔のオッサンが映っていた。


 先月の誕生日で51歳になった。頭頂部の髪はだいぶ薄くなり、長年運転席で日差しを浴びてきた顔にはシミが増えている。裸眼で生活できてはいるが、最近は少しずつ視力も落ちてきた。スマートフォンの小さな文字を読むときには、無意識に画面を顔から遠ざけてしまう。


「歳食ったな……」


 口に出してみたところで、若返るわけでもない。


 仕方ないか。


 そう思った瞬間、ふいに目の前が暗くなった。


「あれ?」


 立ちくらみだろうか。


 壁に手をつこうとしたが、手のひらは何にも触れなかった。それどころか、足の裏から床の感触まで消えている。


 体がふわりと浮き上がった。


「えっ?」


 鏡も、洗面台も、脱衣籠も消えた。


 代わりに白い光が視界いっぱいに広がる。


 次の瞬間、俺は湿った土の上に立っていた。


「……は?」


 周囲には太い木が何本も生えている。頭上を覆う枝葉の隙間から、昼下がりの強い日差しが差し込んでいた。。湿った土と草の匂いが鼻に入ってくる。


 風呂場の脱衣所にいたはずなのに、どう見ても森の中だった。


 しかも靴を脱いだあとだったので、俺は靴下のままだ。湿った土が靴下に染み込み、何とも気持ちが悪い。


 目の前には、杖を握った少女が立っていた。


 年齢は中学生か高校生くらいだろう。明るい金色の髪を肩のあたりで切りそろえ、膝上丈のスカートに革製の胸当てを身につけている。右手に持った杖の先には、青白い光が残っていた。


 少女は青い目を大きく見開き、俺を上から下まで眺めた。


「えっ……おじさんの精霊さん?」


「え?」


 おじさんと言われたことより、精霊さんと言われたことのほうが気になった。


 少女は戸惑った様子で杖と俺を見比べる。しかし、すぐに何かを納得したらしく、小さくうなずいた。


「ま、まあ、いいわ。オッサン精霊さん、やっちゃってください!」


「な、何を?」


「何って、ゴブリンをよ!」


「ゴブリン? オッサン精霊さん? いや、違う違う。俺は精霊じゃないから」


「そんなこと言っている場合じゃないわ! あっ、後ろ! 危ない!」


「え、後ろ?」


 少女が俺の背後を指さした。


「ゴブリンが!」


「ゴブリン?」


 ゴブリンといえば、異世界漫画やファンタジー作品によく出てくる、あの緑色の小鬼だろうか。


「ゴブリンって、あのゴブ――痛っ」


 腰のあたりに、軽い衝撃があった。


 振り返ると、そこには緑色の小さな化け物が3体いた。


「うわっ、気持ち悪っ! しかも本当に緑だ!」


 背丈は小学校低学年の子供くらいしかない。だが、顔は子供とは似ても似つかないほど醜く、尖った耳の下まで裂けた口から黄色い歯を覗かせている。身につけているのは汚れた腰布だけで、手には粗末な棍棒を持っていた。


 そのうちの1体が、もう一度俺の腰を棍棒で殴った。


「痛っ。おい、そこは本当に痛いところなんだぞ」


 ヘルニア持ちの腰を狙うとは、嫌なゴブリンである。


 ただ、不思議なことに、思ったほど痛くはなかった。木の棍棒で殴られたのだから、もっと強い痛みがあってもよさそうなのに、子供に棒で叩かれた程度にしか感じない。


「せ、精霊さん! 大丈夫!? ゴブリンに殴られているわよ!」


「見れば分かるよ」


 ゴブリンたちは俺が反撃しないと分かったのか、調子に乗って何度も棍棒を振り回してきた。


 腰、尻、太腿。


 それほど痛くはないが、鬱陶しい。


「少し痛いくらいだな。こんな小学生くらいの力で叩かれても――って、いつまで殴ってるんだよ」


 俺は一番近くにいたゴブリンの頭を、右手で軽くはたいた。


 バンッ、とおよそ平手打ちとは思えない音が森に響いた。


 叩かれたゴブリンの体が、勢いよく横へ飛んでいく。


「えっ?」


 ゴブリンは数メートル先の立木に激突した。


 鈍い音を立て、そのままずるずると地面へ崩れ落ちる。


 俺は自分の右手を見た。


「いやいや、軽く叩いただけだぞ」


 長年の肉体労働で、同年代より多少は腕力があるかもしれない。しかし、ゴブリンを立木まで吹き飛ばすような力があるはずはなかった。


 残った2体のゴブリンも、少女も、口を開けたまま固まっている。


 最初に我に返ったのは少女だった。


「さ、さすが私が召喚した精霊さんね。すごい力だわ」


 得意そうなことを言っているが、その顔は明らかに引きつっていた。


「君も驚いてるじゃないか」


「お、驚いてなんかいないわよ。最初からこれくらいできると思っていたもの」


 それは嘘だろう。


 俺が少女と話している間に、残った2体のゴブリンは互いに顔を見合わせた。そして、短い悲鳴を上げると、背中を向けて森の奥へ逃げ出した。


「あっ、ゴブリンが逃げるわ! 精霊さん、逃がさないで! やっちゃってください!」


「え〜。もういいじゃない。気持ち悪いし」


「よくないわよ! あれを倒すために来たんだから!」


「それより、その『やっちゃってください』って、何かあれみたいだよね」


「何よ、あれって?」


「ええと、何だっけ。ほら、時代劇に出てくる悪い商人が、立場が悪くなったときに言うやつ。『先生、お願いしやす』って」


「何の話をしてるのよ」


「そしたら隣の部屋から、腕利きの用心棒が出てくるんだけどね」


「そんなの知らないわよ! それよりゴブリンが逃げちゃう!」


「え、知らないの。まあ、世代が違うか」


 そんな話をしているうちに、2体のゴブリンの姿は木々の向こうへ消えてしまった。


「ああ、逃げちゃった。せっかくの獲物だったのに、もう……」


 少女は悔しそうに頬を膨らませた。


「ゴブリンが獲物? 君、大丈夫?」


「私は大丈夫よ。それより精霊さんこそ、あれだけ棍棒で殴られて平気なの?」


「まあ、少しだけ痛かったけど、所詮は小学生くらいの力だったからね。長年の肉体労働で鍛えた体は伊達じゃないよ。あちこちガタは来てるけど」


 俺は殴られた腰をさすった。


「持っていた武器が刃物だったら、さすがに危なかっただろうけど」


「ショーガクセイって何?」


「そこからか……」


 やはり、ここは日本ではないらしい。


 俺が異世界漫画で読んできた光景に、あまりにもよく似ている。


「それで、ここはどこなの?」


「ここ? リーベルの町から西にある森よ」


「リーベル……聞いたことないな。日本じゃないよね?」


「ニホン? そんな国、聞いたことないわ」


 予想していた答えだったが、実際に聞くと頭が痛くなる。


 俺は風呂に入ろうとしていただけなのだ。どうして靴下姿で異世界の森に立ち、ゴブリンに腰を殴られなければならないのか。


「ところで、君は誰?」


「まだ名乗っていなかったわね。私はアリス。冒険者で、召喚師よ」


 少女――アリスは胸を張った。


「冒険者って……君、ひとりでこんな森に来たの?」


「そうよ。ゴブリンの討伐依頼を受けたの」


「親御さんは?」


「どうしてそこで両親が出てくるのよ」


「いや、どう見ても子供だから」


「子供じゃないわ。私は15歳よ」


「やっぱり子供じゃない」


「15歳は成人よ!」


 そう言われても、俺の感覚では中学生か高校1年生だ。そんな少女が、ひとりでゴブリン退治に来ている。


 この世界では普通なのかもしれないが、俺には危なっかしくて仕方がない。


「それで、どうして俺を呼んだの?」


「いつもどおり精霊を召喚しただけよ」


「いつもは何が出てくるの?」


「火の精霊とか、風の精霊とか。呼び出した精霊に戦ってもらうの」


「今日は俺が出てきたと」


「そういうことね」


「そういうことね、じゃないよ。俺、ただのドライバーだから。精霊じゃないし」


「ドライバー?でも、私の召喚魔法で出てきたじゃない」


「そこが俺にも分からないんだよ」


 俺はもう一度、周囲を見回した。


 白い光も魔法陣らしきものも消えている。来たときと同じ場所へ立てば帰れる、という雰囲気でもない。


「それで、俺はどうすれば家に帰れるの?」


「帰る?」


 アリスは不思議そうに首を傾げた。


「精霊さんは、私が魔力を使い切れば自然に帰るわよ」


「え〜、そうなのか。面倒だな。異世界漫画だと、帰還魔法なんかで送り返すんじゃないのか?」


「そんなの知らないわよ!」


 アリスは苛立ったように言うと、ゴブリンたちが逃げていった方向へ顔を向けた。


「仕方ないわね。魔力を使い切るためにも、逃げたゴブリンを追うわよ」


「え〜、追いかけるのか? 俺、腰が痛いんだけどな」


「さっきゴブリンを吹き飛ばしたじゃない!」


「それと腰痛は別なんだよ」


「いいから来て! 私の精霊なんだから、召喚師の命令を聞きなさい!」


「いや、だから精霊じゃないって言ってるだろ」


 アリスは俺の話を聞かず、ゴブリンが逃げた方向へ歩き始めた。


 放っておいてもいい気はする。


 けれど、いくらこの世界では成人だと言われても、15歳の少女を化け物の出る森にひとりで置いていくのは気が引けた。


 第一、俺ひとりでは帰り道どころか、ここがどこなのかも分からない。


「はぁ……面倒だな」


 俺は湿って気持ちの悪い靴下のまま、アリスのあとを追った。


 長年勤めた会社を、ようやく辞めると伝えた日。


 俺は異世界で、15歳の召喚師に精霊として雇われることになった。


 しかも、雇用条件はまだ何ひとつ聞いていなかった。




 ここまで第1話を読んでいただき、ありがとうございます。


 今回、新連載として

『会社を辞めると伝えた51歳トラックドライバー、異世界少女の召喚精霊になる』

を始めることになりました。


 長年トラックドライバーを務めてきた51歳の高野幸治と、彼を精霊だと思い込んでいる15歳の召喚師アリス。


 人間なのに精霊扱いされる幸治と、ちょっと無茶なアリスの噛み合わない異世界コメディを、楽しく書いていきたいと思っています。


 第1話を最後まで読んでくださったこと、本当に感謝しています。


 これから幸治とアリスがどんな冒険を繰り広げるのか、ぜひ見守っていただけるとうれしいです。


 今後とも、本作をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。