あの日の後悔
「……楽しかったなぁ」
早朝、ふかふかの寝具から飛び起きて屋根から朝の日差しを眺める。皆と楽しんだ遊戯の記憶が鮮明に焼き付いている。
今のアタシが誰かと気兼ねなく遊んで笑うなんておかしな話だ。湶神も、戔神も、沢山の神を殺したのに、それを誰にも責められることなくアタシはここにいる。食べて、遊んで、普通の生活を堪能している。こんなことは許されていいはずがないのに。
それなのに、一人だった時と比べて心のもやが晴れたような気がする。罪悪感で回りが見えなくなって自暴自棄になっていた時とは大違いだ。
……出来ることならオト姐やヒエ兄達とこの晴れやかな景色を一緒に見たかった。
「これもミカ姐のおかげ、かな」
だからこそ、ミカ姐が武器を持とうとする現状に不満がある。
ミカ姐に不満があるわけではない。そうさせてるアタシに納得していない。
アタシがあの時、間に合っていればミカ姐が腕を失わずにすんだのに。ホーロンさんをミカ姐に殺させることはなかったのに。
……ミカ姐が自ら戦う道を選ばなかったかもしれないのに。
アタシがうだうだ言ったところで変わるものではない。変えていいものでもない。
変えていいのは先の出来事だけだ。皆がそれぞれの世界に帰って旅を語る、アタシはそれが出来るようにするだけだ。
「そのためには……」
水に触れると体から溶け出す黒い水、アタシはアレをどうにかしないといけない。
アル兄に急ぐ必要はないとは言われているけど早く使いこなせるに越したことはないはず。ミカ姐に迷惑をかけないためにも急がねば……。
そうして一人で小さな決意を固めていると下から声をかけられた。
「おはよう。朝から日向ぼっこ?」
「……おはよう。そんなところかな」
屋根から身を乗り出すとそこにいたのは呑子さんだった。
「少しお話しましょ?」
「……いいよ」
アタシは乗り出した体から力を抜いて落下するように屋根から降りる。体をひねって着地し、改めて呑子さんに視線を合わせる。
「アタシにもマホウショウジョの勧誘?」
「いえ。頼み事、かな?」
呑子さんは優しく、それでいていたずらっ子のような笑みを浮かべる。どうやらただの世間話ではないらしい────
────楽しい夜の宴を終え、この世界での初めての朝を迎えた。他の世界と同じようで少し暑く感じる日差し、そこに遊び疲れの気だるさが重なって体が重く感じる。そんな体を叩き起こして朝ご飯を食べ、魔法少女に変身して支度を整える。
「なにをするにしてもまずは基礎体力からじゃ。走り込みが出来ぬ者に魔法少女は務まらぬぞ?」
「はい!」
魔法少女としての特訓は意外にも地道な走り込みから始まった。朝の日差しが差し込む河川敷を派手な衣装でひたすらに往復する。
道中ですれ違う小さな子達に手を振り、お年寄りに会釈をし、急に現れた怪物をツイン・テイルがぶっ飛ばした。
「治安……」
「ほら、集中しいや」
「と、言われましても……」
走り込みに集中出来る環境とはとても言えそうにない。修斗さんも怪物の後片付けの為に離脱してしまいましたし惰性で走るだけになっています。
「治安もそうですがそもそもどうして怪物が生まれるんですか? アルコンさんみたいに人間を怪物に作り替えたりとか?」
「……まぁそれもある。原理的には多岐にわたってしまうが厳密にはまだわかってないもんもある。そのほとんどには悪意の結晶と呼んでた物が関係してるのは確かなんやけど」
「悪意の結晶?」
惰性がてら治安の悪さについて聞いてみたところ耳慣れたくない言葉がラシーさんの口から飛び出した。
いかにもダメなタイプのアイテムですが一応どんなものか聞いておく。
「どこから来たのかも、どうやって作ったのかも不明。わかってることは人の悪意が結晶として実体化した物体ってことだけ。大元は昔に儂らがぶっ壊したんやが誰かが小さいかけらを隠しとるらしくてな。それが悪さしてる可能性もあるって話や」
「ほへー」
人の悪意の塊ですか。それはそれはろくでもないものなのでしょうね。おそらくは触ったりすると正気を失う、もしくは体そのものを悪意に乗っ取られる。そんな予想も立てられる。
……そんな物体はあっていいはずがない。即刻処分するべきだ。
「み、蜜柑? なんか怖い事考えてへんか?」
「……あ。いえいえ、是非可能な限りぶっ壊しておいて欲しいなと思っただけですよ」
「そ、そうか……」
悪意の結晶に対しての怒りがこみ上げてきそうになりましたがラシーさんや呑子さん達が大元を破壊済みというのならば私が関わることもきっとないでしょう。
そう言い聞かせるようにうんうんと頷き、邪気を払いつつ走り込みに明け暮れる。十㎞程走ったところで修斗さんが帰って来た。どうやら怪物騒ぎの後始末は終わったようだ。
気だるそうにため息をつきながらも私に平然と並走する修斗さんに労いの言葉をかける。
「おかえりなさいです!」
「ただいま、いろいろあって手間取った」
「あれ? 普通の話し方になってませんか?」
「あの話し方続けてると疲れる。身内といる時くらいは普通に話させて」
……それは魔法少女としての活動に支障をきたすのでは? 今まで観察してた限りだとそれなりにお話しますよね?
「口調は本質じゃないから。それはそうとラシー、いろはに会った」
「お、元気にしとったか?」
「してたよ。近いうちに忘れな荘に顔を出すって」
いろは、その名前を口にしたとたんに二人の表情が柔らかくなった。
「いろはさん?」
「坂田 いろは、修斗と亜弥の後輩で今は警察学校で勉強中や」
「そういえばもう一人いると言ってたのに姿が見えませんでしたね」
亜弥さんの後輩は三人いるという話でしたが智也さんとこのえさんの二人しかいませんでした。つまりは三人目がいろはさんということですね。
「こっちの警察には魔法少女の部署があってな、いろははそこに志願して修行中や」
「今日は職場実習だってさ。先輩が厳しいらしくてひいひい言ってた」
「大変そうですね……」
警察の中にも魔法少女に関する部署が存在するらしい。こういうことを聞くとやはり私がいた世界と似ているところはあっても別世界なのだと思い知らされる。
それはそうといろはさんですか。近いうちにお会いできるとのことなので楽しみにしていましょう。
そうこうしているうちに走り込みを終え、忘れな荘へと帰って来た。
「結局ハーフマラソン以上走った……」
「普通に走り切ったな。体力は十二分。それにやな、変身しながらここまで走れるあたり……さては蜜柑、それなりに魔力量多いな?」
「え、そうなんですか?」
「昨日も変身しっぱなしやったが支障なさそうやったしな、多分そうやろ」
膝に手をつき、肩で息をしながらもラシーさんの言葉に応える。どうやら私はラシーさん基準で見るなら魔力量が多い方らしい。
実際のところどうなのかは私が知るすべもないが多いか少ないかなら多い方が良いと思われるので素直に喜んでおきましょう。
「いろはより多いということはないでしょ、さすがに」
「それよりも蜜柑、こっからは実践に向けた訓練をやっていくんやけどな」
「? どうしました?」
息を整え、訓練場と呼ばれる体育館風の建物に移動している最中にラシーさんが神妙な面持ちをした。その表情故にこれから大事な話をするのだと私は気を引き締める。
「なんか使いたい武器とかあるか?」
「武器……ですか?」
大事な話というのは魔法少女として私が扱う武器についてのようだ。
「せや、その杖でも悪くはないがあくまで汎用的な奴やからな。使い慣れてる得物があるならそれを使うことも出来るで?」
ツイン・テイルが持っている銃やドローンのように魔法少女として、自身だけの象徴とすることも出来るだろう。
つまりはこの選択が魔法少女としての私の運命すら決めかねない重大な決断になるだろう。そう思うと私も委縮し、頭を抱えて悩む。
「なんかあるか? これといった武器」
「うーん……あ、一つだけあります」
十秒ほど考えこんだのち、あるものが頭をよぎった。
それは前の世界での思い出の武器。使い方を教えてもらい、そして私はその手で……。
戦うための力を欲した今の私にふさわしい武器。
「クロスボウ、です!」
「クロスボウか。ええやんか」
これは私の覚悟を示すもの。そして、罪を背負い続けるという誓いだ。




