【書籍版】64話 君だって男の子だろ?
宿舎から出てしばらく歩き、俺と火又三佐は別の建物の中に入った。
倉庫か工場のような建物の奥には、夜だというのに二人の自衛官が守衛として立っている、分厚い扉がある。明らかな厳重警備の施設だ。しかし火又が彼らに自分の身分証と何かの許可証を見せると、守衛はそれを確認して、俺たちを通してくれた。
扉の中には、一つの鉄檻が鎮座していた。
「えっ……?」
それを見て、俺はそんな声を漏らす。
その檻の中には、三又頭の奇妙な生物が眠っていた。
獅子の頭と、ヤギの頭と、蛇のような頭を胴体から生やした、全体的にはライオンのように見える大柄な生物。
「キマイラだ」扉を閉めた火又がそう言った。「見たことは?」
「ええと……初めて見ましたね」
正確には、ネットやテレビで何度かお目にかかったことはある。しかし、実際に見たのは初めてだった。こうしてまじまじと見てみると、キマイラはパッと見はライオンのように見える。しかしその身体からは三つの首が生えていて、それぞれの頭は飾り物ではなく、呼吸をして生きていた。そのチグハグさは、俺に生理的嫌悪感と不安感を与えた。模造して作った三つ首のゴーレムとは比べ物にならない生物的迫力に、俺はやや圧倒される。
「キャロル君の報告によると、オオモリ・ダンジョンの深層浅部では遭遇しなかったみたいだよな。なんでもオーガばかりだったとか」
火又はそう言いながら、檻の中で眠るキマイラを眺めた。
「薬剤と魔法で眠らせてある。今回の試験演習の最終日では、このキマイラとの実戦を予定してるんだ」
「実戦……ですか?」
「そう。我々にはプラクティカルな訓練が必要だ。実際のモンスターを使った演習は、アメリカでは普通にやっていることさ。見せたいものはもう一つある」
火又に連れられるまま、キマイラが保管されている部屋とは別の部屋へと移動する。火又はそこでも身分証と何かの許可証を見せて、俺たちは中へと入ることを許された。
先ほどの部屋よりは手狭な空間に、何かが美術館の展示品のように収められている。
それは見るからに厳重な管理装置で、形としては透明な金庫のような物だった。四方を完全に密閉しているガラスは分厚く、ロケットランチャーの直撃にも耐えられそうに思える。
そこに保管されているのは、金色に輝く水晶のような物体。
レベル・クリスタルだ。
「あっ、これって……」
「おっ? 見たことがあるのか?」
「つい最近に、ちょっと」
キャロルが、多智花さんに使用しました。
いや、そこまでは言わずともよかろう。
「ならば話は早い。こいつは人やモンスターのレベルを、強制的に上昇させる効果がある」
「僕が見たのは紫色のクリスタルでしたね」
「紫色というと、上から三番目くらいだな。こいつは金色のレベル・クリスタルで、一番序列が高い奴なんだ」
「どれくらい上がるんです?」
「約20ほどだと言われている」
ヤバすぎだろ。
上がりすぎだろ。
「今回の試験演習の最後では、このレベル・クリスタルをキマイラに使用する」
「キマイラに?」俺は思わず聞き返した。「大丈夫なんですか? 20も上がるんですよね?」
「もちろん、クリスタルの使用には細心の注意を払う。20も一気に上昇させると、キマイラどころかボス・キマイラまで進化してしまうからな。ボス・キマイラに成長させるのは、演習を通してキマイラのHPを最小値まで削り、さらには安全装置を取り付けた後だ」
「……そこまでする必要が?」
「ボス・キマイラまで成長すると、歩兵用の火器はほとんど通用しなくなる。上級の冒険者が出動できない場合は……無反動砲に戦車や特科砲、最終的には空爆で対処するしかない。それを確認し、その様子を映像記録として保存した後に、ボス・キマイラは安全に処分する」
ふん、と火又が笑った。
「それにて今回の試験演習は終了だ。映像記録は自衛隊の公式動画としてネット上にアップし、社会全体の意識を変えるために使用する。こんな生物が、万が一にも市街地へと繰り出したらどうなるか。実戦的な演習と改革の必要性を、肌で感じてもらうのだ」
「どうして僕に、そんなことを教えてくれるんですか?」
「それには理由がいくつかある。水樹君」
火又は俺の名前を呼んだ。
彼は俺の前に立つと、その高身長から俺のことを見下ろす。
「国のために働くつもりはないか?」
「…………はい?」
彼の言っている意味が即座には理解できず、俺は無思考気味に聞き返した。
「君だって男の子だろう? 映画や漫画に出てくるような……世界を股にかけるスパイや、公には存在を秘匿される特殊部隊。そういうものに憧れたことはないかな?」
「無いと言ったら……嘘になりますけど」
「そうだろう? 男の子は誰だって、そういうものに憧れるものだよな。幸福とは自己満足によってではなく、価値ある目標に忠実であることによって得られるという奴だ。では、価値ある目標とはなんだろう。この世には色んな目標がある。しかし真に価値ある目標とは? 絶対的に正しく、あまねく全ての国民が真に忠実であるべき目標意識とは? それは一体何であり、何に依ってもたらされるべきだ?」
火又が早口でまくしたてる。しかし早口だというのに、彼の言葉は聞きやすく、明瞭かつ一語一語がハッキリとしていて、心の奥にスゥッと染み渡ってくるような何かを感じさせられた。
「いえ……僕には、ちょっとわかりません」
「教えてあげよう。それは国家であり、愛国心だ。真の目標とは国家のために尽くすことであり、それは内から湧き上がる愛国心に依って、突き動かされるようにして努力されるべきだ。君には国家のために尽くすチャンスがある。君の才能と力を、我が国は求めている」
火又はニッコリと微笑んだ。
体脂肪率の低い、筋肉の上に皮が張り付けられたような顔面が歪み、大きな口が横へと引き裂かれるように吊り上がる。
「もう一度聞きたいのだが、国のために働くつもりはないか?」




