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壊れスキルで始める現代ダンジョン攻略  作者: 君川優樹
【書籍版】下着じゃないから恥ずかしくないのか…
63/110

【書籍版】63話 こいつ鍵垢野郎です #


「危なかった…………」


 自分の居室に戻り、俺はベッドの上で大の字になって寝ていた。

 ボス・オーガ戦以来のギリギリの瀬戸際から生還した俺は、ひたすら身体を休めるためにボーッとして天井を眺めている。するとその視界に、ヒラリと一人の妖精が飛んできた。


「どうしたんです? ズッキーさーん……って、くさっ? ズッキーさん、めっちゃ臭くないです?」

「え? 臭い?」


 俺は思わず袖に手をやって匂いを嗅いでみる。しかし、特に何も匂いはしない。


「物理的な匂いじゃなくて、淫臭ですねこれは。めっちゃ匂いますよ」

「なんだそのエロゲみたいな単語は」

「ケシーちゃんがお留守番してる間に、どうして精神攻撃食らってるんです? 植え付けられた『感情』とか『心』ってめっちゃ匂いが残るんですよー。勘弁してくださいよー。心と感覚が直通なこっちの身にもなってくださいよー」

「あー、なんかアレなのか」上体を起こしてベッドの上で座り込みながら、ケシーと目線を合わせた。「お前ってそういうのもわかるんだ。凄いな」

「人間でいうところの、なんか薬っぽい匂いがする……みたいな感覚と近いかもですね。催眠系のスキルで精神をかき乱すと、そういう異臭が残るんです」

「なるほど。お前ってほんと、テレパシー的な物についてはなんでもわかるんだな」

「それほどでもですー! でもほんといやらしい匂いがヤバイですけど、マジでどうしたんです? えっ。もしかして……そういうことです? してきたんです? 誰と?」

「瀬戸際だっただけだ」


 コンッ、コンッ。


 ふと居室の扉がノックされて、俺は跳び起きた。

 腕時計に目をやると、現在時刻は20:17。

 こんな時間に、誰が何の用だ?


 扉に向かうと、覗き穴が無いことに気付く。そのまま開けようかとも思ったが、万が一の不安に駆られて、俺は『スキルブック』を起動した。


「はいはい。今行きまーす」


 そんなことを言いながら『火炎』のスキルカードを抜き、袖にこっそり隠してからドアの施錠を解除する。ノブを回してドアを押し開くと、そこには火又三佐がいた。


「やあ水樹くん」

「あ、火又三佐」


 彼は親指で後ろを指さすと、悪だくみにでも誘いに来た高校生じみた表情で笑う。


「俺の部屋で、ちょっと酒でも飲まないか。鍋でもやりながらさ」


 ◆◆◆◆◆◆


 火又三佐の居室は、俺や多智花さんの部屋と全く同じ構造だった。彼は階級が高いはずなのでもう少し良い部屋が当てられているかもと思ったのだが、どうやら画一的に設計されているようである。


 部屋にはキャンプで使うような小型のガスコンロが床に直置きされていて、その上にボコボコの金属鍋が置かれていた。すでに鍋の準備はあらかた終わっていたようで、蓋の閉められた鍋に火を付けると、火又三佐は近くの売店で買ってきたと思しきビール缶を手渡してくる。


「アサヒでよかったか?」

「あ、どうも」

「多めに買ってきたから飲んでくれよ。ほら、すぐ鍋も出来るからさ」


 そう言いながら床に座り込んだ火又三佐は、自分の分の缶を開けた。

 室内とはいえ、この居室は靴のまま出入りするタイプの部屋だ。座布団も敷かずに床へ直で座るのは一瞬躊躇われたが、郷に入っては郷に従えの精神で俺も座ることにする。自衛隊としては、これが普通なのだろうか。


「乾杯」


 火又三佐が缶ビールを差し出した。

 それにコツンと乾杯して、俺たちは一口ビールを飲む。


「演習中の夜はな、みんなこうやって鍋を作ったりして、大体飲んだくれてるのさ」


 ぐははと笑いながら、火又三佐は楽しそうに言った。


「そうなんですか」

「もちろん、本番中はできないがね。でも演習ってのは、何も最初っから最期までずっと戦ったり穴掘ったりしてるわけじゃないから。どうだ水樹くん、なんだか自衛隊に入った気分だろ?」

「まあ、そうですね」

「さてと、もうそろそろ良いかな。箸をどうぞ」

「あ、どうも。あの、火又三佐?」

「なんだい?」

「ええと……自分に、何の御用でしたか?」


 俺がそう聞くと、火又三佐はキョトンとしたような顔を浮かべた。


「なにって、鍋だよ」

「鍋?」

「ああ。鍋に誘っただけ。他に理由が必要か?」

「ああ、なるほど。ならいただきます」


 そう言ってビールに口を付けながらも、俺はポケットの中に忍び込んでいるケシーからの連絡を待っていた。『おーん。やっぱり全然駄目ですー。さっぱり心の中に入れませんー。こいつ鍵アカ野郎ですー』やっぱり駄目か……まあいい。火又についてはキャロルも信頼を置いてるようだし、警戒のしすぎか。疑心暗鬼になりすぎなのだ。


 火又お手製の鍋は、バラ肉とほうれん草をギュウギュウ詰めのミルフィーユにした、非常に簡単な作りの物だったが、味は申し分ない。むしろ男の料理という感じで、シンプルゆえに一層美味く感じた。美味いというより旨いという感じ。


 そんな鍋を突きながら、俺は火又三佐と色々なことを話し合った。


「なるほどね。あれは『スキルブック』なる、未知のスキルのおかげなんだな」

「そうです。なので、別に俺が凄いっていうわけではないんですよ」


 俺は鍋を肴にビールを飲みながら、大体の事のあらましを火又三佐に説明していた。

 キャロルから、火又三佐については信用して良いだろうと太鼓判を押されている。俺としても彼の人柄は信用できそうな気がしたので、大体のことは話してしまっても良いだろうと思った。それにこの人は、『スキルブック』を日本政府などに売却する際に、俺と政府との最大の窓口になってくれるだろう人物。今の内から話を通しておいた方がいいだろう。


「しかし、それにしたって強力なスキルだ。必要レベル40を誇る『手を取り合う増幅』を踏み倒して起動し、『知能』補正が必要な魔法の速射、それに本来不可能なスキルの重ね掛けが行えるわけだからな。本来必要とされるレベルと能力値を踏み倒して……さらにはルール自体を無視してしまえるわけか。MPの消費も無いんだろう?」

「そうですね。ホルダーから出して起動するだけです」

「こいつはとんでもないスキルだぞ。とんでもないチート技だ」


 火又はそう言って笑いながらも、同時に何かを考えこんでいるように見える。


「ところで、その『スキルブック』は……固有(ユニーク)スキルとは違うのか?」

固有(ユニーク)スキル?」


 俺はそう聞き返した。


「本人と深く結びついちまって、譲渡が不可能になるスキルのことだ。キャロル君の解析眼、『龍鱗の瞳(スケイル・アイズ)』みたいにな。あれはすでに彼女の両目と同質化していて、スキルというよりは彼女の視覚機能の一つになっている。色覚とか視力とか、そういう身体機能の延長線上にあるんだ。あのスキルを他人に移譲するためには、おそらく彼女の目を移植するしかないだろう。それで本当に機能するかは不明だが。そういうのを固有スキルって言って、ごくまれに存在してる」

「そうなんですか」

「絶対数が極端に少ないからな。知らなくても無理はない」

「少なくとも、『スキルブック』は違うと思います。なので、この試験演習で仕様を確認したら、売ろうと思ってるんですよ。僕には手に余るので」

「“売る”だって?」


 隣を歩く火又は、そう言って俺の方を横目で見た。

 それは異常に鋭く、闇の中から差し込むような感じのある視線だった。

 背中がざわつくような、体に張り付くような悪寒。


 ……なんだ? この人、突然雰囲気が変わったような。

 そんな違和感を覚えた次の瞬間には、火又はいつも通りの快活な調子に戻っていた。


「そうかそうか。まあ、生き方は人それぞれだもんな。自分らしく生きることが最大の偉業であるって奴だ」

 …………誰かの言葉なのだろう。

「ところで何だが。水樹君はちゃんと、選挙には行ってるか?」


 急に話が変わったものだ。


「ええ、まあ。毎年必ず、というわけではないですが」

「なんだと? そいつは駄目だ」火又三佐はそう言いながら、ビールの三缶目を開けた。「絶対に選挙には行かなきゃダメだ。日本は議院内閣制で、その議員を選ぶのは我々国民なのだ。投票に行かないなんていう怠慢は許されん。態度を改めなきゃ駄目だ」

「はあ……そうですね」


 そう返しながらも、俺は何だか面倒な話が始まってしまったな、と思わざるをえない。

顔色は変わっていないが、彼なりに酔っ払い始めているのかもしれなかった。披露式の待合室でもこうだったが、この人は元来、微妙に説教臭い人なのかもしれない。


「こうしている間にも、日本は日に日にガタガタになっていく。全くけしからん話だよ。何にでもクレームをつけたがる奴らのせいで、必要な改革は一向に進まない。共産主義者ども毎日わけのわからん文句を垂れ続けて、批判ばっかりの似非リベラルどもは政治に悪影響しか与えない。日本は首を真綿で絞められ続けている。ダンジョン開発において日本は二の足三の足を踏み続けて、今では周回遅れにされているんだぞ。そんな状況を変えるためには、君たち若者がちゃんと選挙に行かなきゃ駄目なのだ」

「は、はあ……」

「今の日本に何が必要だと思う?」

「……なんですかね。投票率ですか?」

「違う。一撃だ」


 クキャリ、と缶が握りつぶされた。

 空のビール缶を、火又三佐が握り潰したのだ。


「体質的に、日本というのは大きなショックが無いと動き出せない人種なのだ。元寇しかり、黒船しかり、戦争しかりな。だが一度(ひとたび)何かあれば、我々は一斉にして勤勉に動き出せる。一撃が必要なんだよ、水樹君。日本中の目を覚ますような一撃が。我々の乱れた足並みを一撃にして揃えてくれるような、大きな外傷が」

「でも、もうそんなことが起きる時代ではないですよ」

「…………そうだな、その通りだ」グハハ、と火又三佐は笑った。「今は表面上、平和な世の中だからな」


 そう言ってひとしきり笑ってしまうと、彼から微妙にピリついた深刻な色が消えて、元のスッとした調子に戻ってくれた。良かった。突如として始まった一方的な政治談議は、これにて終了ということだろう。


 どうやらこの人は、誰かと酒を飲みながら話すのが本当に好きな人らしい。職場でもしょっちゅう部下や同僚を呼んで、こんな飲み会を開いている姿が容易に想像できる。恐らく火又の部下になると、こういった政治説教を結構な頻度で食らう羽目になるであろうことも想像に難くない。そして本日に関しては、色々と縁があった俺が、彼の気まぐれで呼ばれたということだ。


 俺が鍋の残りをさらうようにして食べ始めると、彼は最後に、ポツリと呟いた。


「起きないのならば、誰かが起こさなければならないのかもしれないな」

「どういうことです?」

「何でもないよ。忘れて構わん」


 いくらか時間をかけて鍋をあらかた食べ終わると、ビールの二缶目がちょうど空になった。火又も大体同じタイミングで飲み終わったようで、彼は空缶を再び「クキャリ」と握り潰すと、もう一方の手で腹をさする。


「よし。飲んだ、食ったな」

「どうも、ごちそうになりました。ええと、食器とか洗います」

「ああいや、良いんだ。そういうのは、任せれば下士官がやってくれるから」

「あ、なるほど」


 自衛隊的な、上下関係というわけか。

 火又三佐は立ち上がると、空き缶を手近なテーブルの上に置いた。


「よし、お開きかな。水樹くんは、今日はもう寝るのかい?」

「そうですね」

「あそうだ。君にひとつ、見せたいものがあったんだ」

「見せたいもの?」

「ぷらっと出てみないか? すぐ近くなんだけど」


【WEB版からの変更点⑦】


WEB版で『大森市』だった水樹の住む街は、北海道の実際の地名のため書籍版では『大守市』に変更されています。


これを忘れていて誤字報告で気付き、「あ、これ全部修正しないと駄目だな。困ったなあ」と思ったら誤字報告で全て指摘してくれた大森猛者の読者様がいました。すごい。


また現在移植中の書籍版は、校正前の最終稿から引っ張ってきています。

なので誤字脱字がちょくちょくあり、申し訳ないです。


【WEB版からの変更点⑧】


火又君も色々描写が強化されていますが、作者が作品内に自身の政治的思想を反映させることはありません。

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[一言] ひぇ〜気のいいおっちゃんだと思ってたのに怖いよ〜
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