ワシントン15
4人を乗せた車は、空港に着いた。既に空港では、日本人3人のための航空機が待機していた。
車は、航空機に横付けされ、そこで待機していた者が、梯子を登る様に手振りを交えて指示をした。
双発の原動機が大きな音を立てながら回り始めた。
梯子が取り外されて、直ぐに航空機は動き始めた。
航空機の中は狭く、向かい合わせの椅子に3人は座らされていた。
原動機の音が一層大きく、甲高くなって、航空機は浮き上がった。
徐々に高度が上がっていって、機体が水平になった頃、前の方から一人の男がやってきた。
「こんにちは。コルト社のユージンです。今日一日、御一緒します。
明日は、オウルさんとの約束が有ると聞いていますので、今夜には、ワシントンへ戻って頂く予定となっています。
十分に見学してもらえるか心配ですが、可能な限り対応させてもらいます。
そこで、事前に見たい内容が有りましたら、言ってください。」
「おう、そうか。」
ユージンの言葉を聞いた白井が、いきなり見たい、知りたい内容について列挙し始めた。
ユージンは、白井の要求を紙に書き留めていく。時折、白井の要求に詳細を確認したり、他地区の工場にしか無い項目については、代替の提案をしたりと、工場の全てを把握している様だった。
ユージンの受け答えに、白井は満足し、笑顔となっている。
気付くと、ユージンと同じ様に、文治も紙に内容を書き留めている。
「文治君。何を書いているのかね。」
藤神は、文治に尋ねた。
「はい、私は、銃器について、全く知識がありません。白井さんがご覧になりたい内容を書き留めているのです。
ご一緒した時に、私の癖で長い時間を掛けてしまう事になり兼ねないと思います。それを避けるためです。」
藤神は、文治らしいと微笑した。
ユージンは、それを聞いて、ゴクリと喉を鳴らした。
一通りの白井の要求は終っているので、ユージンは、「それでは連絡してきます。」と言って前の方へ戻っていった。
暫くして、ユージンが誰かと話を始めた。
航空機の管制通信以外で通信ができる様になっている事は、異例なのだが、誰も不思議に思わなかった。
文治は、書き留めた内容について、白井に詳細を訊いた。
かなり専門的な内容なので、なかなか文治には理解し辛いものだった。だが、誰もが一度で学べない事が少なくないのであるから、そのままの言葉で受け入れるという対応となった。
実際の銃器を扱った事が無いので、分からない事は訊く、解説を求めるという文治の姿は、今回は無かった。
文治と共に、白井の解説を聞いていた藤神は、銃器を扱った事は有るが、細かな事迄は分かっていないので、文治に加えて、幾つかの質問をしていた。
3人の会話は日本語であったので、周りの者達には分からなかったが、文治の手元の紙に、次々と文字が記述されていく様子から、情報の共有が図られている事が想像できた。
その様子が、ユージンに報告されて、ユージンは再び、通信機と向かい合った。
飛行時間は2時間程だったが、文治が書き留めた紙は、5頁程になっていた。
航空機が停止すると、直ぐに梯子が掛けられ、迎えの車が横付けされた。
2台の車が停まっていて、航空機から降りてきた日本人3名とユージン、そして、もう一人の男が車に乗り込んだ。
ユージンは、白井、藤神と共に乗り込み、もう一台には、航空機に乗っていた男と文治が乗り込んだ。
ユージンが年齢の高い者を優先する判断をした結果である。
文治の乗った車には、航空機に乗っていた男が助手席に、文治が後席に座った。
「済みません。名前を伺っても良いでしょうか。」
車が出発して直ぐに、文治は全席の男に声を掛けた。
「ジョーンズ」
助手席に座った男は、それだけ答えた。
「そうですか。運転されている方の名前も、教えて頂けますか。」
前席に座っている二人共に驚いた様子で、予想していなかった質問に暫く黙った。
「クリスだよ。」
運転手は、自分の名前を名乗った。
「はい。分かりました。ジョーンズさん、クリスさん。
どの位の時間が掛かりますか。」
文治の質問に答えたのは、ジョーンズだった。
「1時間程だね。昼前には着けると思う。」
「それでは、1時間は、お話を伺えるという訳ですね。」
文治は、そう言って航空機の中で書いた紙を取り出した。
文治は、先ず、二人の肩書を訊いた。
クリスもジョーンズもコルト社の社員だった。ジョーンズは開発設計の課長で、クリスは出荷管理部署の係長だという。
「ジョーンズさん。開発設計では何をされているのですか。」
「今は、主に耐久性向上と新しい機構の開発だね。」
「コルト社のダブルアクションが高い性能を持っていると聞きます。この開発にも、ジョーンズさんが携わったのですか。」
ジョーンズは、文治の質問に、嬉しそうな顔になって答えた。
「そうなんだ。設計は、サンディなんだが、俺は、その設計の修正と試作不具合を対策してやってさ。
俺が居なければ、ダブルアクションの性能は出せなかったんだ。」
「おい、ジョーンズ。それは、言い過ぎだろう。チームで開発したんだ。他のチームメンバーも欠かす事はできん。」
クリスは開発の経緯を知っているのか、ジョーンズの自慢話に水を差した。
「サンディの奴、送り機構の強度を、安全率1.0で設計してたんだぜ。誰も気づかなくて、俺が指摘して修正しなけりゃ、今頃、不良の山だぜ。」
ジョーンズは、文治が居るにも拘らず、仲間内で話をする口調で言った。
「ジョーンズさん。安全率というのは何でしょうか。」
文治は、初めて聞く言葉に直ぐに反応した。
「えっ。」
文治が問い掛けたので、ジョーンズは文治を乗せていた事を思い出したと、顔を赤らめた。
「済みません。変な事を言ってしまいました。忘れてください。」
ジョーンズは、おだてられると、直ぐに調子に乗る性格である事が見て取れる。
「安全率とは何でしょうか。」
文治は、ジョーンズが恥じている事など構わずに訊いた。
「安全率というのは、考えられる荷重に対して、どれ程の耐力余裕があるかという評価値です。
銃は火薬を破裂させて弾を送り出すもので、火薬の量や破裂する時の燃え方で、銃に加わる荷重が変わります。
我が社の薬莢に入っている火薬は、或る程度の範囲で決まっているので、その最大荷重に耐えられれば銃としての性能は十分です。
ところが、米国には色々な弾薬を供給する会社が有りますので、火薬の量が多かったり、燃え方が激しいものも有るのです。
粗悪な場合には、炸薬だけのものも有って、射出力が我が社よりも、かなり大きいものが有ります。
それを使われると、機構に過負荷が掛かって、銃が破損したり、使用者へ破裂気体が噴出してしまう危険が有るのです。
ですので、使われ方に因らずに破損しない耐久性能を設計上で織り込む必要が有るのです。
どれだけの余裕を織り込むのかという評価の割合を安全率というのです。」
自慢話は、留まる所を知らない。ただ、質問に対する答えが的確に行われるのは、技術者たる所以と言える。
「そうなのですか。一つの銃を作るにも、様々な事を考えなくてはならないのですね。流石に、最も使われている銃器の技術です。」
文治に褒められて、ジョーンズは上機嫌となっていた。
「先程、薬莢の火薬の話をされた際に、様々な製造元が有ると言われていましたが、弾薬は他社のものでも使えるのですか。」
文治は、話に出てきた内容について、次々と質問を投げる。
「そうなんだ。基本的な寸法が合えば、殆ど問題が無い。
使用者が、我が社の弾薬に満足しない時に、代替の弾薬を使うという選択をする事がある。
同じ弾薬で、安価なものだったり、小口径でも弾の威力が欲しいとか、特殊な弾を使うとか、様々だがね。
銃が、実際に争いに使われる事は少なくなっている。ただ、日常的に的を狙う取り扱い訓練をする人々は、安価な弾薬を求めるのだろうな。」
「そうなんですか。弾薬の価格は、幾らなのですか。」
「さて・・・。」
ジョーンズは、値段については、首をひねった。
「一発当たり、クオーターだよ。」
横から、クリスが言った。
「それで、安物は20セント。粗悪品は15セント、いや、10セントも有るかな。」
「半額以下ですか。」
クリスの情報に文治は唸った。
「それなら、安い方に行ってしまいますよね。」
「ああ。だけど、不発が出易い。それとは逆に、弾を装填している時に、床に落としただけで破裂する事故も起きている。
だから、我が社の薬莢には、保証として、刻印をしているのだよ。」
「そんな事が起きているのですか。」
「そうなんだ。だから、出荷管理は、重要な任務だと考えている。」
そう、言ったクリスの顔が室内鏡に映っていて、クリスは唇を真一文字に結んだ。
暫く沈黙があって、ジョーンズが口を開いた。
「クリスが、重要な任務だと言っているのは、実は、過去に事故が有ったからなんだ。」
クリスは、ジョーンズに一瞥をくれたが、何も言わなかった。
「粗悪品の調査をするために、各社の弾を買い集めた。元々、クリスも開発部署に居たんだ。
それで、不発の発生度を調べる事になっていた。それが、クリスの業務担当だったんだ。
数人の研究員と共に調査をしていた時に、弾が暴発したんだ。
クリスが床に落としただけで破裂と言っているので、そんな状況だったのだろう。
その暴発の結果、女性研究員が命を落としてしまったのだよ。
その女性というのが・・」
そこ迄ジョーンズが言った時に、クリスは割り込んできた。
「それ位で良いだろう。」
クリスが、言うので、ジョーンズは、そこで話を止めた。
「何かの切っ掛けで物事に対する意識が変わる事は少なくありませんね。
クリスさんは、その経験をされた時に、武器を捨てるという考え方には、ならなかったのですか。」
部には、クリスの体験を聞いて、尋ねた。
「・・・そうだな。そういう選択肢もある。だが、銃が、これだけ売れているのだ。次の彼女を出さない為の俺の責任という事を考えてみると、不良の弾を世の中に出さなくする方が、先に成すべき行動だと判断したのだよ。」
クリスは、それだけ言って、黙った。
「必要悪という訳ですね。」
文治は、クリスの言葉に感想を一言述べた。




