↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/175

洋行22

翌朝、トビアスがサムとニーラを連れて、カーネルの石炭倉庫を訪れていた。

倉庫番は、連絡を受けていて、既に荷車に山盛りで石炭が用意してあった。

「トビアスさんだね。ヴィゴールの旦那から聞いているよ。車でけん引していくから、船の位置だけ言ってくれれば、良い。そこへ持って行くから。」

倉庫番のヒカルドは助手席にトビアスを乗せ、荷車をけん引しながら、船へと向かった。サムとニーラは、荷車の石炭が詰まった袋の上に乗せられた。


5分程で、船に到着し、直ぐにサムとニーラは石炭の袋を積み込む作業に掛かった。

ラジムとガイルも合流し、石炭の積み込みは30分程で終わった。

石炭の積み込みが終われば、出港である。元より、石炭の調達が目的なので、船員達は、既に乗船済みである。


ガーニックとオウルは、港湾事務所へ出向いて、カーネルに礼を言い、出港の手続きを行った。

港湾事務所の者は、来た時と対応が全く違った。入港時の面倒臭そうな顔は、何処にも無く、カーネルから灸を据えられたのか、英語での対応で、この上ない程、丁寧に対応をした。


入り口の掲示板には、「巨大鯨に注意」と、英語、スペイン語で書かれ、その下には、マンゲイラ海付近で被害が発生した事も書かれていた。

ガーニックの後から入ってきた船乗りが、その掲示の前で立ち止まって、何かを言い合った。恐らく、ポルトガル語だろう。

ガーニックが、窓口を離れると、その船乗りたちが窓口に来て、そのままの勢いで何かを話し始めた。恐らく、鯨の事なのだと思われる。


少なくとも、サンマリアーノ3号の様な、多くの船員達の命が失われる事だけは、避けられると、ガーニックは期待でき、満足気に頷いた。

「ガーニック。鯨に関する警告が出されていて良かったな。」

ガーニックの満足気な顔を見て、オウルは言った。

「はい、オウルさん。

以前、マードが、嵐と鯨で難破した経験を真顔で訴えてきた事があるのですが、今回の事で、他人事では無いことを実感しました。

同じ船乗りが命を落とす危険を減らすことができて、船長冥利に尽きます。」


船は、サントス港を後に、パナマを目指した。

鯨に注意を払いつつも、船は順調に進んだ。夜間も航行すれば4日程度なのだが、鯨に警戒するために、昼間のみの航行を選択し、夕方には、港へ入るという対応を取り、7日掛けての運行だった。


入った寄港先では、鯨に関する情報を収集した。鯨の回遊する目撃情報はあるが、鯨の被害は報告されていなかった。

それでも、ガーニックは港湾事務所でサントスに入港する前の出来事を話し、南下する際には、注意を払うべきだと説いた。


パナマのコロンへ間も無く到着するという頃、オウルは3日間の調査のための停泊を宣言した。

3日間では、パナマ市側へ移動して、調査することはできないが、コロンでの調査を決めたのである。


コロンは、結構な賑わいを見せていた。

大西洋から太平洋に抜ける方法として、パナマ迄の鉄道の発着地となっている事も有る。

奴隷の者も多く目につく。

下働きのニーラ、ラジムは、露骨に嫌な顔をして、鞭打たれる者から目を背けた。

自分達も、日本から帰航に就く迄は、同じ様な境遇だった。今も、変わってはいないのだが、船員達の扱いは全く違っている。

全ては、文治の御蔭である事を改めて思い知らされる。


ラジムの祖父は、僅かな金で身を売られ、連れてこられ、酷い仕打ちの下、働かされた。

それでも、身を粉にして働いて、父を奴隷から解放し、市民権を買い与えた。

しかし、肌の色が黒いというだけで、虐待され、学ぶ機会を奪われてしまってした。

父の話では、同じ境遇の者でも、市民権を買う金を貯めても、金だけ巻き上げられて、市民権を得られなかった者も少なくないということだった。

肌の黒い者に対する不正は、誰もとがめる事が無いのである。

ここパナマでも、同じ事が行われている。


「酷い事をしますね。」

ラジムの後ろに文治が居て、感じたままを口にした。

「文治さん。・・・何とかならないでしょうか。」

「今の私には、何も出来ません。

日本にも同じ様な事をする者が居ます。権力を手にした者が、権力の意味を穿き違えて、弱者を家畜以下に扱うのです。

人を売り買いするのは、その最たる事です。

ただ、昔から行われてきていますので、直ぐに改められる事は無いでしょう。

あの鞭打たれた方々には、学びの機会が必要なのです。

私は今、ただの旅人です。何カ月もの間、彼等を支援してあげられる事が出来れば、話は違うのですが。」

ラジムもニーラも唇を噛んで黙り込んだ。


オウル達商人団は、文治がパナマを抜ける水路を検討し、集約した文書に記述されている懸念事項を調査し始めた。

パナマを抜ける水路については、既に同様の考えを持った者が居て、フランス政府が後ろ盾となって過去に開拓を始めた事があるのだが、資金不足で撤退をしたという事だった。


資材運搬のための鉄道は完成していて、今は人を運んでいる。

乗客の大半は、カリフォルニアへ向かう船に乗るためだと言う。金の採掘権を買って、金を集めるのだと。所謂、ゴールドラッシュである。


オウル達は、土地の者に色々訊いて回るが、土地の者から奇異な目で見られ始め、怪しいと思われ、口を噤んで話をしなくなってくる。


その夜、オウル達と日本人は、夕食を共にし、オウル達が訊いて回った結果を話した。

その中で、段々、話をしてくれなくなる状況も報告された。

「皆さんは、米国での商売相手とお話をされる時の様に、お尋ねになりたい事だけを、次々に言われたのではありませんか。」

文治は、自分も経験した事を思い出しながら、言った。

「お尋ねになるに当たっては、相手の反応を見ながら、お話しをする必要があります。

相手の方が、英語を話す事ができると、通訳無しで色々と尋ねられると思います。この場合、英語が分かるといっても、分からない意味が有ったり、英語で表現できない内容が有ったりするでしょう。

そうすると、相手の方は、そこでつまずいてしまいます。そこに追い打ちで質問をされますと、何も言えなくなってしまうでしょう。

それと、こちらの土地の方々については、御存知の様に、スペイン植民地だったり、英国の侵攻があったり、仏国が我が物顔で踏み荒らしてきた過去があります。

従って、土地の方々は複雑な感情を持っていらっしゃいます。

そうした方々を相手にしているのですから、そうした事を理解した上で、お話しをされるべきでしょう。

私も過去に、日本で同じ様な失敗をしてきました。

商売相手ではない方と接している事をお忘れなく。」

文治は、商人団4人の顔を見回しながら一気に捲くし立てた


商人団4人は、口を真一文字に結んで、文治の助言に、今日を振り返っていた。


「文治君。今日は何か有ったのかね。いつもより語気が荒いぞ。」

文治の横に座っている實小路が、たしなめる様に言った。

ハッと気付いた文治は、立ち上がって深々とお辞儀をして謝った。

「済みません。今日は、幾度となく奴隷の人々が鞭打たれるのを見ました。

実に残念な状況である事、それに対して私は何もできない事を思い知らされまして、随分と失礼な事を皆さんに言ってしまいました。

申し訳ありません。」


商人団4人は、文治が日本式の謝罪をするのを見て、彼が日本人である事を思い出した。

「文治さん。有難う。今日の様に叱ってくれる事も、たまには必要だ。

商売が上手くいっていると、配慮を忘れてしまう様だ。

明日は、相手を見て話をする事にしよう。」

オウルは、口の中が乾いた様な気になって、少し、しゃがれた声で言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。