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洋行15

ラジムは、すっかり文治に傾倒し、文治ならば何でも出来ると思い込んでしまっている。

オウルは、盲目的に文治を頼るラジムを冷たく見たが、それでも文治ならば何か糸口を見つける手助けになるかも知れないと思った。

「そうだな、文治さんに聞いてみよう。」


文治は、オウル達とは違う食卓で、貴族院の者達と食事を摂っていて、オウルとヨハンの会話は聞いていなかった。

オウルは、文治の横へ行き、話し掛けた。

「文治さん。大荒れだったな。」


文治は顔を上げ、オウルが話し掛けた事に気付いて微笑して答えた。

「はい、オウルさん。積荷の一部が崩れた様ですが、大丈夫でしたか。」

「うむ。陶器では無く、衣料の荷だったので良かった。衣類は汚れても洗えば宜しい。」

「そうでしたか。それは、不幸中の幸いですね。

私に、何か、御用でしょうか。」

「うん。今回の事で、思いを強くしたのだが、南を回らなくても良い航路が早急に用意されるべきだと考えている。

貴君なら、何か案を出してくれるのではないかと思ってな。」


文治は、思わず当惑した顔をした。

その様子を横で見ていた佐々が、思わず笑ってしまった。

「オウル殿。今しがた、實小路達と話しておったのは、ガーニックとマードの操船が素晴らしかったという事なのだよ。

この操船技術は、他の者へ伝えていかなければならないだろう。その為には、どうしたら伝承できるかというものだった。

そこへ、南下しなくても大西洋へ向かう方法が有るだろうと言われても、直ぐには答えられんだろう。」

「そうか。確かに、あの大荒れの海を渡り切ったのは、凄い腕だ。今でも信じられん。

まあ、彼等の技術を伝えるという話題は、さて置き、荒れた海を渡らずとも東海岸へ行くという案は、無いものかという相談だ。どうだね。」

オウルは、佐々の指摘をオウム返しで退けながら、文治に言った。


「スエズ運河と同じ方法を考えても難しいという事ですね。

私も、この航海の間に、書籍を読んで、また、佐々さんから教えて頂いて、その事が、ようやく理解できたばかりです。

ただ、現地を見ていませんので、大して、お話しできる様な事は有りません。

せめて、地図でも有れば多少の検討はできるでしょうが、手元には有りませんので、残念です。」

文治は、カリフォルニアでマードに愚痴を言われるまで、南回りの危険を知らなかった。

カリフォルニアで書籍を買い求めていて、長い航海の間に、読んで、また、貴族院の者達と書籍の内容を話していた。

嵐を待避している間に、佐々、藤神、姉尾からスエズ運河がアフリカ南端の嵐を避ける為に、大いに役立っている事と、アメリカ大陸で同じ事をするには、パナマなのだが、かなり、条件が違うという事を聞いていた。


「文治さん。地図なら有るぞ。」

オウルは、そう言って、壁にもたれて居眠りしているマードへ向かって歩いていった。


「おい、マード。地図を見せてくれ。」

オウルは、マードの肩を叩いて言った。

マードもガーニックも、オウルが大きな声で言ったので、飛び上がらんばかりに驚いて立ち上がった。


「おい、マード。パナマの地図を見せてくれ。」

マードは、何の事か分からず、目を見開いて固まっていた。

その横で、ガーニックは「交代してやらねば。」と小さく独り言を言って、操舵室へ向かっていった。


マードが、我に返って、オウルに言った。

「パナマは、未だ先です。大西洋を北に7日程掛かります。」

マードは、オウルの意図が分からず、航海予定を応えた。

「そんな事は、どうでも良い。パナマの地図が見たいのだ。」

商人が利益の匂いを嗅ぎ付けたのだから、かなり執拗に要求をする。

「分かりました。地図は操舵室にあります。」

マードも、操舵室に向かって出ていった。


オウルは文治の所へ戻ってきて、操舵室へ一緒に来る様に要求した。

特に用も無い文治は、素直にオウルに付いて出ていった。


操舵室の航路確認用の机には、ビーグル水道を中心とした海図が広げてある。

その上には、今の位置が船の形をした石で示してある。

「オウルさん。その机は使っているので、船長椅子の横の机を使って見てください。」

マードは、パナマの地図を探しながら、小さな机を指差した。


オウルと文治は、灯火を持って奥の机へ移っていった。

マードが取り出してきた海図は、小さな机では広げ切れていない。

「それで、何を見るのですか。」

マードは、面倒だという気持ちを隠しもせず、ぶっきら棒に言った。

「マードさん、済みません。地図の見方を教えて貰えますか。」

文治が丁寧な、いつもの口調で言ったので、マードは少し気を取り直して、文治の要求に応えていった。


マードの海図には、主に航行に必要な情報を記述してあるものなので、内陸については詳しくは書かれていない。

それでも、港、川、等高線が記述されているので、検討には使えそうである。


「マードさん。実は、今回の様に南回りをしなくても、大西洋に行ける方法を考えようとしているのです。

今、マードさんに説明して頂いた事から、スエズ運河の様に、運河を掘るのは無理だという事が分かりました。」

「文治さん。そんな事は、何十年も、色々な人が考えて、無理だと分かっている事だよ。

今更、それを覆す事を考えられるのかね。」

横から、ガーニックが舵を少し切りながら口を挟んだ。

「そうですね。運河は無理だと分かっていますので、諦めてしまうという事では、いつ迄経っても、嵐の海を航くしかありません。

何か別の方法を見付けられれば、皆さんが楽に航海できるのではありませんか。」

文治が、そう、口にすると、ガーニックもマードも、文治なら実現可能な案を出せそうだと思えてしまって、口を噤んだ。


「さて、文治さん。地図は出した。何か案は有るかね。」

オウルは、地図さえ出せば、直ぐに案が出てくると期待して言った。

「難しいですね。海抜数百mを船が上がらなくてはならないのですね。

・・・この川幅は、どれ程なのでしょう。」

地図を指差して、マードに訊いた。

マードは、定規を取り出して寸法を測り、計算尺で計算した。

「河口は、100m程かな。だが、川が湾曲している箇所では20m程に狭くなっている。」

「そうですか。この川の深さは、地図には出てこないのですね。」


「文治さん。川を遡上しようというのは、無理な話だぜ。」

後ろから、突然、声がした。

そこには、機関士のトビアスが立っていた。

「トビアス。何か用なのか。」

緊急の用事でも無い限り、操舵室に来ることが無いトビアスが立っている事に、緊急の用事があるのかと、ガーニックは訊いた。

「パナマは、親父の故郷でね、俺も子供の頃、パナマで暮らした事がある。今は、俺も、親父もピスモビーチで暮らしてるがね。

それで、文治さんが言っていた川の深さなんだけどさ、砂洲が在るだろう。

そこは、乾季には小舟しか通れない。雨季には、洲全体が水に浸かって、上流から色んな物が流れて、引っ掛かている。

大潮の時には、海の水が洲の所にまで遡ってきて、砂を押し上げてくるんだ。

一度、港に停泊していた船が、洲の所迄、流されてきて、町から大勢の大人が駆り出されて、船を引っ張っていった事も見たぜ。

だから、川を船で遡るなんて、無理な話だという事だぜ。」

トビアスは、一気に、まくし立てる様に言った。


黙って聞いていた文治は、微笑して話し始めた。

「トビアスさん。大変貴重なお話を頂いて有難うございます。

日本にも同じ様な場所が在ります。潮が引くと広い干潟になるのですよね。

東京では、その部分に土を盛って大きな船が接岸できる様に港を造りました。川底を浚渫して、上流を護岸して、土砂が下りてこない様にすることで、中型の船ならば、遡上できる様にしてあります。

川には、昔からの橋が架かっていますので、小型の船しか通れないのが現実ですが。

その工事は、かなり大規模であったと聞いています。

その工事に関しては、佐々さんが、良く御存知です。」

ガーニックとマードは、東京に寄港した時の事を思い出し、頷いた。




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