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それぞれの思惑

 気絶した三人をSM的な縛りにしようと思ったが、ラズはやり方が分からないので、縄でぐるぐる巻きにしておいた。

 きつく縛りすぎるとそれで死ぬ可能性もあるので、少しゆるめにしておき、手と足をそれぞれ縛っておいた。

 一番の目的は彼らが、ラズ達をある一定時間追って攻撃してこない事なのだ。

 そして勇者であるラズは全員を倒して後、警察に突き出すことが最終目標である。

 現在の世界は犯罪を犯した場合警察へという程度に、常識レベルで世の中の人の営みは作られている。

「よっこらせっと」

 フレアを担ぎ、ラズは音が立たないように窓を開けた。

 すぐ下には、昼間に敵意をむき出しにしていた村人一人と、やせた男が二人。

 月明かりがあるとはいえ、夜である。

 周りの様子に気づきにくい。

 先ほどの三人といい、都市の治安があまりよろしくない場所に居そうなチンピラっぽい雰囲気が漂っている。

 この村出身でない者が多数、今回の件に関わっているのだろうか。

「……大掛かりなことに巻き込まれていないと良いんだが」

 呟いて、ラズはフレアを背負ったまま窓から飛び降りた。

「!」

 重力を領して二人同時に踏みつける。

 苦悶の表情を浮かべ蹲る二人を気絶させ、残る一人はこの村出身らしい男。

「残っているのはお前だけだが、どうする? おとなしく言うことを聞くなら……」

「まだ、他にも仲間が……」

「なのか? レテ」

 宿の右の方を見ながらラズは聞いた。

 黒い闇の中から浮かび上がるように、レテが現れ、村人が小さく悲鳴を上げた。

 確か彼女のような美少女が無表情で出てくれば、この言い知れぬ違和感と不安感に悲鳴を上げるだろうな、とラズは思った。

 レテはつまらなそうにラズを見た。

「これで全員よ。お疲れ様」

 その後ろから、警官がぞろぞろと。

 あれよあれよという間に村人を含めた二人が拘束される。

「なんか、これで良いのかなと思うが」

「良くないわ。余裕過ぎて気に入らない」

「……仕事はしたからこれで良いな?」

 後は気楽に、ラズは見物をしていれば良いはずだが。

「くそ、放せ。俺はただ言われただけなんだ!」

 先ほどの村人は目をぎらぎらさせて叫ぶ。

 目の中に、おかしな光が見える。

 その様子が引っかかり、ラズはすぐさま布をかの村人に押し込もうとするも。

「……闇の獣達よいざ……」

 高速で何か言葉を吐いた。騒音のようだが、それは呪文だと気づきラズは舌打ちをする。

 光の線が複雑に絡み合い、村人をミイラのようにぐるぐる巻きに拘束する。

 断末魔のような悲鳴を村人が上げた。

「くそ、何故呪文が使えないよう拘束していない!」

 すぐさま距離をとるよう後ろラズは飛ぶ。

ぱあんっっっっっ

 大きな破裂音がして、村人の体が黒い塵のように飛び散る。

 その幾つもの破片が飛散しながらむくむくと大きくなり、一つの形を作る。

「魔物……」

 知性の無い、ただただ人を襲うことを目的とした獣達である。魔王の手下とも混同される、悪意ある獣達である。

 今居るのは数十匹ともいえる狼の形をした魔物だ。

 そもそも普通の狼自体、一匹でも普通の人間では仕留めるのが難しいというのに。

「女神イリスの加護により、隔てし壁を」

 レテの力ある言葉により、結界が張られる。その結界の中にラズ達は居ない。

「魔物の相手が本来の仕事です。勇者としての本分はここからです。健闘を祈ります」

 ご丁寧に、“記憶の石”に記録済みだ。

 だったらせめて足手まといのフレアを保護してくれてもいいのに。

 それとも別の目的があるのか?。

 ラズは走り出す。緊急性の高い順に考えを優先。

「……疾風の光と風よ」

 履いていた靴が金に輝き、走る速度を上げる。

 正確には、ラズに掛かる重力を低下させているのだが、少なくとも魔物に追いつかれはしない速度で走れる。

 言うことを聞くつもり、というわけではないがあまり破壊などはしたくない。

 補償費用の予算が少ないからといって、自費で払えとなっても困るというのもある。

 けれど一番大きな理由は、魔物は魔物を呼ぶということ。

 人が人の居る場所に群れるよう、魔物も魔物と群れてより大きな力になろうとする。

 それは、ここ百年ほどの魔物の動向の変化だ。

 対処の仕方はあるが、場合によっては少量残ってしまうこともある。

 それによってこの村が魔物の住処となることは無いだろうが、積み重ねでどう変質するのかも考えると用心に越したことは無いだろう。

 人が安心して住める場所は、非常に少ないのだから。

「本当に昼間やっておいて良かった」

 村を出て、ラズは街道を走る。月明かりの道は暗いが、ラズには見えていた。

 夜は妖精達の時間。自然の草木などから生じる意志ある魔力達。

 それらの魔力の違いを見分ければ、自ずと道が何処にあるかは理解できる。 

 そう、ラズは勇者である前に“魔法使い”であるのだから。

 ただ、その中でもそれは特殊な力はあったのだが。

「ここだ」

 そろそろ追いつかれる位置で、ラズは速度を落として立ち止まり、振り返る。

 もしものことを考えてフレアを地面に下ろし、剣を抜く。

 獣の咆哮と、世闇に光る赤い無数の目。

「全部こっちに来たっていっても、過言じゃねえな。……“開け”」

 その言葉とともに、淡く水色に光粉が地面から噴出した。

どさどさどさどさ

 重いものが幾つも倒れる音がする。その音が聞こえると共に、赤く爛々と輝いている瞳が消える。

 全てが消え終わるのを確認。

 本当に全部が沈黙したのかを警戒しつつ近づき、一匹一匹剣で始末する。

ざくざくざく

 地味に大変な作業だが、剣が軽く切れ味がいいので腕に負荷はあまりかからない。

「これで最後っと」

 剣で差し込むと、魔物は霧散した。

 山の際が明るくなっている。夜明けが近い。

「終わったみたいね」

 終わるのを見越して、レテが出てきた。

 さすがに苛立って悪態を一言。

「……悪趣味だな」

「文句はさっきも言ったけれど上に言って頂戴。勇者としての功績を貴方が示すことが目的なんだから、仕方が無いとは思うわ」

「俺が死んだらどうする気だ」

「そのために私が居る。貴方は死なない。今は、ね。それにこの程度なら貴方一人でどうにかなるっていう程度に、信頼はしているわ」

「……そうか」

 そんな信頼あんまり欲しくないなとラズは声を出さず別のことを考える。

 その話からするとラズが危機に陥っても、それこそ先ほどの魔物をどうにかするか、逃げ切るかの実力が、レテにはあるという事になる。

 そして、それも含めてラズはサポートはされており、誰かの支配の枠組みに居る事が導ける。

 ならば、まだ安全といえるだろうと、ラズはぼんやりと思った。

 そこでレテの方を見ると相変わらず無表情で。

 なんというか巫女というのは、どうもラズが想像していたものと違い怖いもののようだ。

「でも、あんたが魔法使いというのは、本当に勇者として不適格ね」

「確実に自分の身を守る必要があるからね。ま、この罠だって、複数種類の魔物と人間に対して効くようにしたが、どれも外れる可能性もあったわけだし」

「昼間にこそこそ道に植えてた硝子球がこれってわけね。ここ以外にも後五箇所」

「残りは後で回収だ。もったいないから。それに、俺は最悪事態を考えて手を打っておく事にしているのさ。どうせ準備をしておいても、不味い事が起こったら全部をカバーできない」

「なら、準備をする分無駄じゃない?」

「違うね、準備をしておいた分だけ他の事に労力が割けるのさ」

「……貴方って面白い人ね」

 ふっと一瞬レテが笑った。

 笑う顔だけは、フレアにそっくりだとラズは思った。

「じゃあもう宿に戻って寝ていいか?。いい加減眠くて仕方が無い」

「ええ、お疲れ様です勇者様」

 その言葉に、軽く手を振り行こうとするも。

「待ちなさい、姉さんは」

「……疾風の光と風よ」

 一目散に、ラズは逃げた。

 そもそも、ラズよりもレテのほうが力があるのだから彼女が……。

 が、なぜかすぐ隣を走るレテの姿が。

「私から逃げられると思ったか!、ばかめ!」

 この時は先ほど無表情と違って人間らしい、けれどその得意げさがラズにはいらっと来る表情をレテはしていた。とはいえ、

「何で追いついて来るんだよ!」

「いいから、姉さんを連れていけ!」

「やだよ!」

 と、喧嘩をすること数分。宿に着いた。

「勝利!」

「よーくーもー!」

「あーはいはい分かった。ベットに寝かせるとこはやっておくから」

「……手出しは」

「無用だろ?」

 そう言って、ラズはレテからフレアを受け取り、宿へと入っていく。

 後には、レテが一人。

 溜息をつくようにフレアの部屋の明かりがついてから、すぐにラズの部屋に点くのを確認して、いかがわしい事はしていないと判断する。

 一応あのラズも男だし、フレアは年頃の女なのだから。

 レテは不安でたまらない。

 あまり感情の内容に装っているが、これがレテには中々難しい。

 元はレテはフレアのように表情豊かなのだから。

 そう考えて、それは幾度考えてもどうにもならないろレテは割り切り、別に思う所があってレテはラズの部屋を見上げる。

「勇者ラズ、血統そして“猛禽類の剣”」

 思案するようにレテはラズの部屋を見つめる。

 動きはまだ、無い。

続きますのでよろしくお願いします。

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