夜の出来事
「起きなさい」
眠っていたら、夜中に毛布の上から女の子に乗っかられていた。
物語であればきっと次に起こるのは、目くるめく展開のはず。
そうぼんやりとラズは思った。
今日は上弦の月。
その白い光が窓から差込み彼女の白い肌や青い髪をより幻想的なものへと作り変えている。
だが実際にやられてみると、ラズにとって関わりあいたくない以外の何物でもなかった。
けれど一応顔見知りなためそんな事を言うわけにもいかず、ため息をついてから、
「……レテだったか」
「よく分かったわね。雰囲気からかしら。試しに姉さんと同じように髪を結ってみたけれど」
「アレがあんたの中に居ないだろ。それよりもどいてくれ」
一瞬押し黙り、レテはその場を退く。
ラズはゆっくりと起き上がった。
夜中に起こされて機嫌のいい人間など居ない。
「あんた、私に魅力を感じないわけ」
「全然」
「……姉さんには」
「結構、いいかなとは……別にどうこうしようと思ってませんので、ご安心ください」
目つきが色々とまずい事になっているのを察知して、ラズは付け加えた。
「男も、女も皆私の方を選ぶのに、なんであんたは私に惹かれないの?」
「俺に聞くな。世の中にはそういう人間も居るって事さ」
「……あんたなら、姉さんを任せてもいいかもしれない」
ふとレテが何かを感じ取ったように告げた。
ラズは他に含みのある意味を感じたがあえて無視して、
「あ、うん。認めてくれるならそれで」
「性格、実力、度胸は良さそう。あと文句を言えそうな所はないかしら」
一生懸命考えているレテにラズは半眼で、
「なんで粗探ししてるんだ」
「……賢さに問題ありかしら」
「賢くない方が、操りやすいんじゃないのか、あんたにとっては」
「大間違いよ。そういう奴に限って、予想外のとんでもない行動をするから後始末が大変だわ。ある程度意思の疎通ができないとね。それに性格的なものも影響するから、あんたみたいな方がこちらは扱いやすい」
「なるほど」
「悔しいけど、今のところは問題はなそうね。適性は有り、と記録して、じゃあ、用件をいうわ」
レテが、黒い石を取り出し話しかけた。
会話の内容を記録する“記憶の石”だ。レテが認めた点と、依頼が適切にされているのかの証拠としてだろう。
そして、ラズは気づいた。
これが勇者としての初仕事だと。
「今回の誘拐事件を計画したグループの捕獲を勇者に依頼します。誘拐事件と関わりの無い村人はすでに避難させました。また、極力建物などに損害を与えないようお願いします。賠償請求額が高すぎるとこちらも対処し切れません」
「大体どれ位まで大丈夫そうなんだ?」
「……勇者連盟の予算の中で、勇者の行った損害に対する補償費用はあるけれど……」
「それって結構使いたい放題できるって事か? よっし!」
「……すでに別の一人の勇者によって殆ど使う羽目になったから、こちらに回せる分は少ないとの事」
はっきり言おう。
世の中お金が無いと何も出来ない。
ラズはしょっぱなから絶望的な気持ちになる。
「おい、どうするんだよ……」
「私に言うんじゃなくて、上に直接行って頂戴」
「あのな、そういう滅茶苦茶なこと言われても困る」
「貴方の対処能力が問われているの……という事でいいかしら」
「はあ、まあこの程度、無茶の範疇にないからいいか」
そうラズが溜息をつくとレテが好奇心からか、
「あんたのイメージする無茶苦茶ってどうなの」
と聞いてくるのでラズは嫌な事を思い出した。
「……出来ない事を要求される事だ。あの時は、あまりに目茶苦茶な事を言って、しかも俺に関わってくるからどうにかするしかなくて、その人に理由も全部説明したんだ。それでも無茶な事を要求してくるから、その人に、『自分が何を言っているのか分っているんですか!』って怒ったんだ」
「……それでどうしたの?」
「『誰に向かっていっているんだ!』って答えた。……プライドが高すぎて自分の言っている事もやっている事も正しいと思っているから、修正が出来ない」
「というより、間違っている事が分らないと修正できないんじゃない?」
「そうなんだ。そしてそれがおかしいと分らない人間の集団の場合、修正が出来なくなる。だって自分達は正しいと思っているから、修正のしようがない」
「……遠まわしに言ってみるのは?」
「事態が悪化した挙句、見当違いの方向に修正しようとしやがった。こういった状況だと、おかしい事に気づいてしまった場合その場を去るしかない。けど、その人は自分がおかしい事を言っている自覚がないから俺が突然怒り出したかのように見えたかもしれないし……巻き込まれて本当に迷惑だった」
過去の悪夢の片鱗を思い出して、ラズはぶるぶる震えた。
そんなラズを見てレテが、
「……どうにもならないような、無茶な要求はしないから安心しなさい」
「本当だな、信じていいんだな……はあ、起きたばかりなのに恐い思いをした、ふう」
そんなラズを見ながらレテは付け加える。
「……それで、すぐに戦闘が始まるから準備を。あと、姉さん泥酔してるからよろしく」
そういえば別れた後、宴会に参加していたら、部屋に戻っていたはずのフレアが体調が回復したからといってやってきてお酒を飲んでいた。
私は酒豪だと言っていたが、酔っ払いの言うことに耳を貸すべきかどうかはよく分からなかったのでとりあえず放って置いたが。
そこって自己責任の分野だし。
フレアとは会って間もないので、本当はああ見えて酔ったふりをしているのかもとラズは思っていたのだが……。
「全然強くないじゃないか!」
ラズは頭が痛くなった。しかもそうなってくると、
「担いで戦えということか」
「そういう事。姉さんに傷の一つでもつけてみなさい、生きていた事を後悔させてやるわ」
「これは無茶なお願いなのではないでしょうか」
「貴方の実力なら大丈夫でしょう? ね?」
レテに一方的に切り上げられて念を押される。
フレアさんと違い、怖い妹だと思いつつ、取り敢えず頷いた。
と、なにやら下の方が騒がしい。
宿の鍵が壊される音と、扉が蹴破られる音がした。
「煽っておいたから、よろしく。ちょうど服着たまま寝てて良かったわね」
「そんな悠長なこと言ってられないじゃないか!]
慌てて荷物に手を伸ばす。
それと同時にレテは窓を開け、飛び降りた。
「俺一人で対処かよ。もっと時間の余裕とか、くそっ」
腰にベルトと剣を、胸などを防御する武具をつける。
その間に階段を上がる音がして、部屋の扉の前に人の気配を感じる。
一つ、二つ……三つか。下にもまだ居る。
三人の気配がちょうどいい位置に来るのを見計らう。
―ーここだ!。
ラズは勢いよく部屋のドアを開けた。
声をあげて痛がる男の声。
足と顔にドアが当たったらしいが、上手い事時間稼ぎになった。
ひるんでいる様子を確認しながら、ラズはそのまま二つ隣の部屋、フレアの部屋まで走る。
取っ手を引くと、簡単に開いた。
鍵はかかっていなかった。
無用心だなと思いつつ、ラズは入り込んで鍵を閉める。
喧騒と部屋の扉をたたく音。
その中でまったく起きる気配の無いフレアがすやすやとベットで眠っていた。
「おい、起きろ!」
起きる気配は無い。
体を揺さぶってみるが、まったく気づきもしない。
ラズは、入ってきた扉の方に向き直る。
宿の扉は古い。
つまり簡単に蹴破れるということ。
ゆっくりと腰に付けている剣に手をかける。
タイミングが大事なのだ。
この剣を使う、その効果が高いその時を待つ。
大きな音を立てて、三人が乱入する。
やせた男が一人と、ラズの1.5倍はあろうかという身長の大男が二人。手にはそれぞれ斧、鎌を持っているが。
「へ?」
三人が同時に間抜けな声を上げた。
それはそうだろう。
襲うはずのラズが次の瞬間目の前に来て、しかも手に持った彼らの武器が細切れにされたのだから。
あまりにも唐突に色々起こりすぎたためか、三人は固まっている。
その隙はラズにとっては好都合だ。
やせた男を蹴り上げ、剣の柄で殴りつけ昏倒させる。
まずは一人。
「う、うああああああああああ」
大男の一人が悲鳴を上げ腕を振り下ろすも、そこにラズは居ない。
青ざめて何処に居るのか探そうとするも、次の瞬間に腹に大きな力を受けて、その大男は倒れた。
「あと一人」
残った一人の大男に向かって、ラズは告げた。
剣先をゆっくりその大男に向ける。
銀色の刃が月の光の中で白く輝いた。
「ひいっ」
大男が悲鳴をあげ、へたり込む。
静かに大男を見下ろすラズは、まるで死神か何かのようで、そして異様な美しさがあった。
ラズの紫の瞳が細められ、黒髪がゆらりと揺れる。
大男が見た光景はそこまでだった。
次もよろしくお願いします。




