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彼女は誰(1)

 猟師が戦利品を担ぐがごとく、ラズは肩に乗せられ運ばれていた。

 ここは何処だ。

 あと、ラズを抱えている者が自分よりも背の低い女である事に気づく。

 今時の女の子は、男よりも色々な意味で強いなー、とぼんやりと考え……まずは正体不明の彼女に連れて行かれるまま何処かに行く事もないんじゃないだろうかと理解する。

 そこまで考えて、意識がはっきりした。

 冷静に考えている場合じゃない。まずは逃げ……。

「今下手に動いたら、痛い思いをするから」

 ラズを背負っている女が、背中に硬いものを当てる。

 状況を判断するに、剣か何か……かな? とラズは思った。

「あー、分った。大人しくする」

「やけに聞き分けがいいわね」

「状況が分からない以上、大人しくするさ。俺も命が惜しい」

「……勇者って、もっと豪胆なイメージがあったんだけど、こんなので使えるのかしら」

 その女は呆れたように溜息をつく。

 それにラズはむっとして、

「理想と現実には大きな差があるものさ。もっとも理想に向かって現実を、現実的に進めていくことは出来るさ。苦労を伴うがね」

「……若い割に年食ったこと言ってるわね」

「大学の研究室に入ると、大抵なんでこんなに自分は老け込んでるんだろう……と思うようになるさ」

「……そういえば飛び級の天才だっけね。あんた、雑誌で見たわ」

 そこでラズはふむと頷く。

 雑誌程度の知識しかラズの情報はない、と。

 もっと詳しく調べられていれば、組織的な何かが関係する。

 さらに加えると、単独犯の可能性もある。

 どちらにしろ、現時点でそれほど危惧する状況にはなっていないのは確からしい。

 良かった良かったとラズは思っていると、

「でも、雑誌に書いてあったみたいに、目から火炎を発射したり、突然空中から出現したり、壁を通り抜けたりはしないのね」

 ラズはそんな話知らないよと、色々危惧を覚えて噴出した。

「ちょっと待て! 何の話だ!」

「何って……昨日発売の雑誌の勇者特集よ。謎の勇者様登場、名前はラズ・オウル・クロノス。その生態に迫る!って」

「生態って……そもそも俺は動物じゃない、人間だ!。誰だそんな事書いた奴!」

「キリト・オクトーバーていう有名なライターじゃなかったかしら」

 あいつかと思ってラズは頭を抱えたくなった。

 けれどそんな様子のラズを気に留める様子も無く、彼女は

「彼の文、面白いのよね。噂によるとすっごい美少女らしいんだけど……どうしたの?」

 そこで彼女はようやくラズの様子に気付いたようだった。

 だがそんな事はラズにはどうでも良かった。

 そう、確かにラズは好きに書いてくれと言った。

 現実とある程度乖離していないと読んでももらえないから、とキリトに説得されたからだ。

 うん、言った事は覚えている。

 けれど……何でそんな事を書くんだ!。

「とりあえず呪う。今心の底から念じれば、石につまずくぐらいの事はする気がする」

「呪いなんてあるわけないでしょって“女神様”は言っているわ」

 そこでどさっとラズは地面に落とされた。

 “女神様”と聞いて、ラズが警戒したのを感じ取り、彼女がラズを地面に放り出したのだ。

 とっさに受身を取ったのでちょっと痛い程度でラズは済んだのだ。

 そんなラズに彼女は、

「……警戒しないでよ。あんた達の血統と“女神様”の相性が悪い事は知ってるわ。けれど今回は別にしてよ」

 そこで初めてラズは彼女を見上げた。

 一人の美少女がそこにいた。

 深い青いの長い髪、恐ろしく明るく輝く黄緑色の瞳。

 多分、ラズよりも年上だと思う。

 彼女は一度見たならば忘れられない、そんな鮮烈な雰囲気を纏っていた。

 服装から判断するに魔法使いなのだとは思うが魔法を補助する杖が無い点、体のいたる所にアクセサリーとしてつけている石を見て、魔法使いの一種である“魔石使い”だと判断する。

 彼女はラズを見下ろしながら無表情で告げた。

「ちょっと人数が多いのと、あんたの実力を確かめる目的があってね」

 そう言うとラズの上から下までを見て、彼女は不満そうに溜息をつく。

 それがなんとなくラズの男としての沽券に関わる気がしてた。

 だから不機嫌そうに彼女にラズは問いかける。

「勇者としての、か」

 けれど、相変わらずラズを侮ったように、彼女は、

「そうらしいわね。というか、パートナーになってこいって“女神様”が言ったの」

 ラズにとってとんでもない事を言われて、ラズは吹いた。

「待て、何で!。俺の一族は“女神様”と相性悪いって話は……」

「なんか“女神様”は今度こそ自分のものにするんだって張り切っているらしいわね。私も“女神の巫女”の補欠候補になるまで知らなかったわ。そこまで愛され執着されてるなんてね」

「いや、俺も初耳なんだが……いつも母ちゃん達は……」

 母はいつもその話になると、やけに真剣な眼差しで、女神と関わっちゃだめよと念を押された。

 親父も同様だった。

 だが待てよ、関わっちゃ駄目?。

 力づくでという意味でない、別のニュアンスにその時ラズは初めて気付いた。

 冷や汗がラズの背を這う。

 そういえば目の前の彼女は何と言っていただろうか。

 これはもう……。

「ちなみに私とパートナーとなるのを拒否した場合、教団全部が敵に回るからそのおつもりで」

「……もっと胸のある女性がパートナーの方がいいです!」

 とっさにラズは意見した。

 ラズにだって選択の権利がある、というわけでは無い。

 どうも魔法の実力がありそうだから、容姿も含めて他に確実にお断りする要素が見当たらないという、そんな中での苦渋の選択なのである!。

 断じて、そう、断じて胸の大きい女の人が趣味とか、そういうわけではない!。だが、

「こう見えても私はEカップよ?。これ以上は補欠候補にいないわよ」

「なん……だと。だって、Eカップてもっと大きいんじゃ……」

「詰め物したのを見たんじゃない? これだからお子様はやーねー」

 とさり気なく彼女は自分の胸を腕で持ち上げる。

 そんな彼女の胸を見てラズは叫びたかった。

 だって知らなかったのだ。

 そして、知りたくなかった。

 だってもっとあそこには……夢が詰まっているものじゃなかったのか!。

 衝撃の真実に、ラズはわなわなと震えた。

 いたいけな少年の夢を壊すなんて……こんなのってあんまりだとラズは心の中で泣いた。

 そんなラズに、再び彼女は呆れたように溜息をついて、

「まあ、胸の話は置いておいて、あそこの洞窟、行方不明の子供達がいてね。逃げ出さないように結界が張られていて、助けられないのよ」

「お前、魔法使いじゃなかったのか」

「魔法は火力が大切なの」

「いや、それは分かるが、えっと解除も結界も、基礎として習うんじゃないでしょうか……」

「魔法は火力が大切なの。さっさとやれ。あんたの本分は“魔法使い”でしょ」

 “魔法使い”と言われてラズの心の傷がちょっとだけ開いた。

「確かにそうだが……というかなりたくて勇者になったわけじゃないし!」

「あら、そうなの」

「そうなんです! そもそも世の中の大多数の人間はその場の空気に流されちゃうものなんですよ!」

「そう、それで?」

「だから俺だってしょうがないんです!」

「ふーん。未練がましいわね」

 未練がましいと言われてラズの心の傷がさらに大きく開いた。

 恨めしそうに彼女を見つつラズは、

「……大体結界も解くことさえも出来ない魔法使いに、そんな事言われたくありません!」

 一通り感情のままにまくし立てて、ラズはぷいっとそっぽを向く。

 そんなラズに彼女は大きく溜息をついて、

「……私が悪かったわ。ごめんなさいね」

「いまさら謝られても嫌だもんねー」

「……悪かったってば、ごめんなさい」

「良く聞こえないなー」

「……ほう?」

 彼女の声に、調子に乗っていたラズははっとした。

 彼女は笑っていた。

 けれど目の前で、てをコキコキ言わせている。

 いや別にただそれだけで、それを美少女がやるのはちょっと違うとか、もう少しおしとやかでもいいんじゃないかとラズは思ったわけだが。

「他に何か言いたいことある? 私がまだ猫をかぶっているうちに、さっさとやりなさい」

 凄まれてラズは、首を縦に振ったのだった。


 彼女が洞窟の方に歩き出すので、ラズはついていく。

 会話をするわけでもないので、ラズはきわめて冷静に考え事をした。

 そう、それは、

―ー女には外と内の使い分けがあると聞いたことがある。この人の本性はどんななのだろうか。

 ろくでもない事を考えたらラズは怖くなった。

 触れてはならない世界がこの世にはある。

 なのでラズは試しにある事を聞いてみた。

「酒場に誘拐犯がいたから俺だけ連れてきたのか?」

「……さあね。でもあんたさえいれば事が足りるんだから、その質問に意味はないわ」

「俺に興味がなさすぎだろ。本当に、“女神様”からそう言われてきたのか?」

「……着いたわ。よろしくね」

 彼女は、同じ事を二度言う気はないらしく、淡々と事務的に述べた。

 もしくは答える気はないのかもしれない。

 正直、興味すらないのかもしれない。

 そう考えるとラズは、なんとなく悲しい気持ちになりはしたのだが……。

 いずれにせよ、子供達を助けることには変わりない。

 ラズは、結界の解除に取りかかったのだった。

次もよろしくお願いいたします

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