第一節
**一九七七年十月六日 西都オルフェン旧市街着**
都市の調査は、野外調査より楽だと思われがちである。
道があり、屋根があり、食事と寝床があり、人に聞けば何かしら返ってくるからだろう。
しかし実際には、その逆であることが多い。
森や湿地や断崖では、対象がいればそこにいる。見えないなら見えないで、その理由はたいてい土地の条件へ還元できる。
ところが都市では、人間の生活そのものが常に上書きを続ける。灯火、鐘、煙、排水、鳩、屋根瓦の修理、夜警の巡回、子どものいたずら、酔客の足音。
そうしたものがすべて「異常」と「平常」の境を曖昧にする。
人間の近くにいるものほど、記録はかえって難しい。
オルフェン旧市街は、そうした意味で厄介な土地に見えた。
川沿いに発達した古い石造りの市街で、屋根は急勾配、路地は狭く、塔と鐘楼がいくつも空を切っている。
昼間は鳩と荷車と人声で埋まり、夕方になると石壁が熱を失い、上のほうから先に影が降りてくる。
その影の落ち方が、自然の谷や森の夕暮れとは違う。
屋根から屋根へと、段階的に夜になるのだ。
空を使うものにとっては、きっとそのほうが都合のよい時間帯があるのだろうと、着いた時から私は思っていた。
大学の依頼文は今回も要領を得なかった。
**「旧市街高所構造物周辺における夜間残響異常および屋上影像誤差の調査」**
つまり、鐘の余韻がおかしく、屋根の影が実際とずれて見えるので確かめてこい、という話である。
現地の人間はもっと簡単に言った。
**鐘のあとを歩くもの**。
あるいは、**屋根の裏の獣**。
私は後者より前者のほうを、ひとまず記録の見出しとしては好ましく思った。
行動の癖を先に言い表しているからである。
市庁舎の建築係で話を聞くと、問題が起きるのは主に三つの区域だった。
大聖堂の鐘楼周辺、川沿いの染物工房の屋根列、そして古い市壁の北角楼。
いずれも高さがあり、しかも屋根の連結がまだ残っている地区である。
都市の屋根は地上から見ると雑然としているが、上に立てば意外なほど道を持っている。
壁、梁、樋、渡り廊下、物干し台、鐘楼の張り出し、修道院の中庭をまたぐ屋根。
人間が住み、補修し、継ぎ足してきた結果、いつしか別の生きものにも使いうる線ができているのだろう。
建築係の男は、帳簿をめくりながら言った。
「被害は大きくありません。瓦が時々ずれる。鐘の鳴り終わりが変になる。夜番が影を見たと言う。その程度です」
「鳴り終わりが変になる、とは」
「余韻が伸びる日と、逆に途中で吸われる日がある。鐘そのものを調べましたが、金属疲労では説明しにくい」
「影像誤差というのは」
「灯を持って屋根を歩く人間の影が、一歩ぶん遅れるように見える、と夜番どもは言います」
この種の証言は、都市では往々にして信用を失いやすい。
酒や疲労や灯火の反射のせいだと片づけられるからだ。
だが、鐘の余韻と屋根の影のずれが同じ地区に偏るとなれば、ただの酔い話とも言いにくい。
私はすぐ現場へ行くより先に、鐘を扱う人間と、夜に屋根を見る人間の双方から話を聞くことにした。
午後、大聖堂の鐘楼で、鐘番の老女と会った。
名をマティアという。修道女上がりで、今は鐘と時計の管理を任されている。
彼女は私の質問を面倒がらず、むしろ待っていたかのように答えた。
「鐘が変なのではありません。鳴ったあとで、上を何かが通るのです」
「毎回ですか」
「いいえ。湿気の少ない夕べと、月の遅い晩に多い」
「形は見えますか」
「見えません。見えるのは、鳩が黙ることと、鐘の尾だけです」
鳩が黙る。
これは重要だった。
高所を使うものを都市で調べるとき、まず鳩や鴉や夜鳥の反応を見るのは理にかなっている。
彼らは都市の屋根を既に細かく使い分けており、そこへ別のものが入れば、最も早く帯の変化を示す。
私はマティアに頼み、鐘楼の上から夕刻の鳩の出入りを見せてもらう約束をした。
そのあと、北角楼の夜番詰所で、屋根の影の話を聞いた。
夜番の一人は、若い石工崩れの男で、名をセルヴィンという。彼は自分の話が迷信扱いされるのを嫌っているらしく、最初は口が重かった。
だが「見たものを見たまま記すだけでよい」と言うと、ようやく打ち明けた。
「影がずれる時は、たいてい先に足音が軽くなります」
「人の足音が?」
「ええ。石の上じゃなくて、木の上を歩くみたいになる。なのに地面は石のままです」
これもまた、現象をかなり正確に掴んだ表現に思えた。
音が消えるのではなく、材質の感じ方が変わる。
鐘の余韻が吸われるのと同じく、都市の高所で特定の響き方だけが少し変質しているのだろう。
私はそこで、鐘楼と屋根と市壁の高みが、夜間に一つの帯として繋がっている可能性を考えた。
地上から見れば別々の構造物でも、上を使うものには連続した通路なのかもしれない。
その晩、私はまだ観察には出なかった。
都市の高所へ初日に入り込むのは得策でない。
どの塔がどの屋根へ繋がり、夜番がどの時刻に巡回し、鳩がどの屋根で沈み、どの窓が夜更けまで灯るのか。
それを知らずに動けば、見えたものの半分は人間の生活の側の乱れとして見落とす。
私は宿の屋上から旧市街の屋根を長く見た。
夕方の鐘が鳴り終わると、確かに一瞬だけ、北側の屋根列の上で鳩のまとまり方が変わった。
散るのではない。
何か細い線を避けるように、群れの中ほどへ細い隙間ができる。
私はその線を方角で控えた。
大聖堂から北角楼へ向かう帯に近い。
手帳へ、私はこう記した。
**本件は鐘や影の異常ではなく、旧市街高所を通る何らかの通路利用種の存在を前提に置いたほうが整理しやすい。まず鳩と残響の癖から線を拾うべきである。**
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### 一九七七年十月七日 大聖堂鐘楼上、夕鐘後の観測
都市の夕暮れは、山や断崖のそれより細かく割れている。
陽が落ちても、窓の灯が残り、店先の明かりが残り、川面の反射が最後まで街路を保つ。
完全な暗さにはならないかわりに、高所の影だけが先に深くなる。
そのため、屋根を使うものがいるなら、最も見えにくい時間帯はむしろ真夜中ではなく、灯火と残照が半ばずつ重なる夕鐘の前後だろうと私は考えていた。
マティアの許しを得て、私は鐘楼の中段へ上がった。
鐘そのもののすぐ脇ではなく、鳩の出入りと北側の屋根列が両方見える窓である。
ここからは、大聖堂の屋根を起点として、修道院の回廊屋根、市場の切妻、染物工房の低い棟、市壁の北角楼まで、おおよその高さの連なりが見て取れた。
地上からはばらばらだったものが、上では一本のやや歪んだ線になっている。
やはり、何かが通るとすればこの帯だろう。
鐘が鳴る前、鳩は落ち着かなかった。
だがそれは鐘のせいで当然である。
私は鳩の乱れを記録に入れず、鳴り終わりだけを見ることにした。
大鐘が鳴り、石壁と屋根と市街の空気がいっせいに震える。
この時点では、何も異常はない。
問題はそのあとだった。
最後の一打の余韻が長く細りはじめたところで、鳩の群れが急に静まった。
飛び立つのではない。
鐘楼の陰へいたものも、向かいの屋根にいたものも、いっせいに首を伏せるように姿勢を低くする。
その直後、余韻の高い帯だけが、途中から薄くなった。
消えたのではない。
石の中へ吸われるように痩せる。
鐘楼の金属疲労ではこうはならない。
私はそこで初めて、対象が鐘の音そのものを利用している可能性を考えた。
利用、という語が早すぎるなら、少なくとも反応している。
次の瞬間、北側の屋根列の上を、影がひとつ走った。
鳥ではない。
羽ばたかない。
そして、飛んだとも言いにくい。
大聖堂の棟から修道院の渡り屋根へ、長い胴が一度だけ低く伸び、そのまま石の縁に沿って流れる。
四肢は見えた。
前肢は短く、後肢はやや長い。
尾は細長く、しかし樹上性のもののように極端には長くない。
体は猫科に似てしなやかだが、頭部はもっと小さく、耳は大きく立つ。
大きさは、都市で見慣れた猫より二回り以上大きい。
だが重くは見えない。
屋根へ乗るというより、石と木の継ぎ目の上だけを選んで運ばれていくような動きだった。
「見えましたか」
背後でマティアが低く言った。
私はうなずいたが、視線を外さなかった。
影は一頭で終わらなかった。
少し遅れて、今度は低い棟の影から、さらに小さい個体が出た。
動きは成体より粗く、樋の上で一度だけ足を外しかけ、すぐ持ち直す。
その時、最初の大きい個体が振り返らずに、喉で乾いた短音を一つ返した。
私はその音を、かすかながら確かに聞いた。
鐘の余韻の残りの中で、高い金属音ではなく、乾いた木片が触れるような短い音だけが残る。
これは偶然ではないだろう。
都市の高所でもまた、対象は短い接触音を使っているらしい。
若い個体はその音で進路を変え、瓦ではなく棟木の影へ寄った。
私はそこに、これまで別の土地で見てきた家族群の移動統制と同じ種類のものを感じた。
ただし今回は、地形ではなく人工物の線を使っている点が異なる。
対象は屋根の上を自由に走っているのではない。
石の縁、梁の上、樋の根元、鐘楼の庇。
そうした、人間の構造物の中でも響きが一定で、足場が裏切りにくい線だけを使っている。
影の二頭は、修道院の渡り屋根から市場の切妻へ移るところで、一度だけはっきり見えた。
月はまだない。
西の残照と街路の灯だけが下から来る。
その斜めの光の中で、成体の体表は単色でないことが分かった。
背は灰褐色、腹は暗く、肩から尾の付け根にかけて細い筋が何本か入る。
そして足の内側だけが妙に明るい。
保護色というより、下からの灯を受けた時に輪郭を分解するような色分けである。
影が実際より遅れて見えるという夜番の話も、これなら説明しやすかった。
灯を持った人間は、明るい部分だけを一歩遅れて認識し、全体の位置を外すのだろう。
二頭は北角楼の手前で止まり、そこで見えなくなった。
飛んだのではない。
角楼の陰へ落ちたのだ。
私は鐘楼からではそれ以上追えず、すぐに下りて夜番詰所へ向かった。
セルヴィンがすでに詰所の外で待っていて、私を見るなり言った。
「今、上を通ったでしょう」
「見えました」
「影が遅れましたか」
「若いほうで少し」
彼はそこで、ようやく自分の見ていたものが錯覚だけではなかったと確信したようだった。
この夜は無理に追跡せず、北角楼の下で足音と残響だけを聞いた。
すると、角楼の上では、確かに石の音が木のように軽くなる瞬間があった。
実際に材質が変わるわけではない。
対象が通る線に沿って、こちらの耳のほうが石の厚みを読み違えるのだろう。
人間の都市で起きる異常は、自然地形のそれよりずっと人間的な錯覚へ見える。
だが原因が人間的であるとは限らない。
むしろ、人間の構造物に適応した別の生きものの知覚へ、こちらが巻き込まれているだけかもしれない。
観測後、私は記録をこう整理した。
一、対象は旧市街高所構造物を主要通路とする夜行性幻獣であり、少なくとも成体一頭と若い個体一頭が同時に確認された。
二、移動は屋根上を任意に走るのではなく、石縁・棟木・庇・樋根元など、響きと足場の安定した線を選んで行われる。
三、鐘の余韻異常は、対象の通過タイミングと高い相関を持つ可能性があり、特定の残響帯だけが痩せる形で現れる。
四、若い個体は成体に比して足場選択が未熟であり、短い接触音によって進路修正を受けているらしい。
五、屋根影の遅れは、対象の体表の明暗分布と下方灯火の組み合わせにより、観察者の側が位置を一拍遅れて認識することで生じている公算が高い。
まだ正式な名は与えない。
だがこの時点で、私は対象を手帳の中では仮に**鐘後走獣**と記すことにした。
いささか無骨だが、少なくとも「鐘のあとを歩く」という都市の呼び名を、生態の側へ引き寄せた形にはなっている。
次に必要なのは、北角楼の陰で彼らが何をしているか、そして屋根上の通路が夜ごとにどの程度固定しているかを確かめることだった。
都市に棲むものの記録は、目撃そのものより、生活の時間割のほうが難しい。
人間の時間と重なりすぎるからである。




