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ロバート教授の幻獣生態調査記録  作者: ロバート・クロフト
第五章 一九七五年 北方林内における局所的静音域の反復発生、および同時期に報告される樹上大型生物目撃との関連調査
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第四節

**一九七五年十一月二十五日 伐採候補区画西縁、見積り杭列にて**


人間が森へ残すものは、倒木や切株のような大きな傷ばかりではない。

見積り杭、境界の印、試しに削った樹皮、巻かれた布片、油の染みた縄、刃の入る予定だけが先に記された幹。そうした細い予告のほうが、かえって生きものの動きを変えることがある。

人間はまだ何もしていないつもりでも、森の側はすでに変化を受け取っている。私はこれまで幾度か、その手前の段階で行動圏がずれるのを見てきた。


見積り杭列は、伐採候補区画の西縁に、ほぼ一定の間隔で打たれていた。

赤い塗料のついた短い杭と、対象木に巻かれた布片が組になっている。地上から見れば何でもない印だが、樹上の道を使うものにとっては、そこだけ視界と匂いと人の気配が濃くなるのかもしれない。

ヨアヒムの話では、冬前に樹冠渡りの通路を見失う時、たいていこの杭列のあたりで線が途切れるのだという。

伐採そのものはまだ始まっていない。

にもかかわらず、対象はこの帯を越えるのを嫌うことがある。

この点が、私には強く気がかりだった。


この日の同行はヨアヒムとペテル、それに私だけだった。

リゼは朝早く、小屋の戸口で「今日は鳥より匂いを見る日です」とだけ言い残し、森の別の方角へ去っていった。

匂いを見る、というのは妙な言い方だが、意味は分かる。人間が印をつけた木は、塗料と布と手脂の匂いを長く残す。それが対象の通路選択へどう影響するかを確かめるには、地上側の痕跡を先に読むべきだろう。


杭列の周辺は、樹冠の連結そのものはまだ保たれていた。

だからこそ厄介なのである。木がなくて通れないのではない。通れるはずなのに、通らない。

私はまず地上の雪を見た。

人の足跡は当然ある。見積りのために何度も出入りしているのだから不思議はない。問題はその周囲だった。

杭列の手前までは、前日に確認したのと似た幹の擦れや、落雪の偏りがところどころにある。だが杭列を越えた途端、それが急に薄くなる。完全に消えるわけではない。しかし通路としての連続性が弱い。

まるで、道の太さだけが急に細るようだった。


私は西縁の古いトウヒの幹へ近づき、目の高さよりずっと上の樹皮を双眼鏡で確かめた。

そこには確かに新しい擦れがある。

しかし杭列の東側では、その高さと方向が揃わない。

通ってはいる。

ただ、最短の線をやめ、散発的な回避を混ぜている。

樹冠渡りが偶然ここを避けているのでなく、意識的に通路を組み替えている可能性が高かった。


「先生、これを」とペテルが言った。

彼の示した木の根元には、雪の上へ落ちた短い灰白色の毛が二本あった。

前日に沢筋で採ったものと質がよく似ている。

しかも、そのすぐ脇の赤布が巻かれた幹には、樹皮を掠めた跡が途中で止まり、そこから横の木へ移った形跡が残っていた。

対象は印のついた木そのものを避けているのか。

それとも、布や塗料の匂いを嫌っているのか。

まだ断定はできない。

だが少なくとも、「人間がここを使う予定である」という情報を、彼らが何らかの形で受け取っているらしいことは分かった。


午前のあいだ、私は杭列に沿って幾本かの木を調べ、匂いの残り方と擦れの分布を記録した。

塗料の強い杭に近い木ほど、樹上の擦れが減る傾向がある。

一方、古い杭で匂いの薄れたものの周辺では、回避はやや弱い。

もしこれが本当なら、対象は視覚よりもまず嗅覚で人為的な境界を拾っていることになる。

樹上性の大型獣を考える時、人はつい目と枝の運びにばかり意識を向けるが、森では匂いの地図のほうがむしろ重要なことも多い。


昼過ぎ、空がわずかに明るみ、乾いた冷気が樹間へ差した。

ヨアヒムは「来るなら今のうちです」と言って、杭列から少し離れた伐採候補区画寄りの倒木陰へ私たちを導いた。

そこからは、西縁の樹冠線と、杭列をまたぐあたりの高みがよく見えた。

私は望遠鏡を構え、今度は最初から「どこを通るか」だけを見ることにした。

姿が見えなくてもよい。

線さえ拾えれば、十分だった。


待機は長かったが、無駄ではなかった。

風がやや上へ集まると、枝鳴りの帯に昨日と似た痩せが生じた。

同時に、林鳥の小群が杭列の手前で横へずれ、上へ抜けるのをやめる。

私はその位置へ望遠鏡を合わせた。

最初に現れたのは成獣ではなく、若い個体だった。


若い個体は、杭列の手前まではほぼ昨日と同じ高さを使っていた。

ところが印のついた木列へ差しかかった瞬間、一度立ち止まり、下へ半段落ちる。

その動きは明らかに迷いで、背後から来た成獣がすぐ乾いた短音を一つ返した。

若い個体はその音でさらに下へは落ちず、横の木へ体を寄せて別の枝列を取り直した。

ここではじめて、私は樹冠渡りが単に伐採候補地全体を嫌っているのでなく、「匂いの強い木を避けながら、なお樹上を維持できる線」をその場で選び直していることを見た。


続いて現れた成獣は、やはり前を取る個体だった。

この個体は若いものより一段高い位置で杭列へ近づき、印のついた木の手前で、胸を幹へ寄せたまま長く静止した。

風下へ鼻を向ける。

ほんの数秒だが、明らかに確かめている。

そのあと、直接その木へは乗らず、右手の樹冠が少し薄いほうへ大きく迂回した。

無理をすれば渡れない距離ではない。

だが群れとして安全でない線を、最初から選ばないのである。


最後尾の大きい個体は、さらに興味深い動きを見せた。

杭列へ近づくと、先の個体たちよりも高い位置を保ったまま、ほとんど音もなく二本分戻ったのである。

私は一瞬、群れが引き返すのかと思った。

しかしそうではなかった。

この個体は少し西へずれ、別の高木列を使って、群れ全体を上から包むように再配置した。

つまり彼らは障害へ直面した時、ただ一本の線を変えるのではなく、家族単位の隊形そのものを組み替える。

若い個体を下の安定した枝列へ、先導成獣を匂いの弱い迂回路へ、最後尾を高い監視線へ。

これはかなり高度な移動判断だった。


「見ましたか」と私はごく小さく言った。

ヨアヒムはうなずいたが、目を離さなかった。

彼もまた、ここまで明確な回避の再編成を見るのは初めてなのだろう。

現場で働く者の知識は深いが、毎回こうした全体像を見ているわけではない。

一つの記録へ線として残すことに、やはり意味はある。


その時、若い個体の一頭が、迂回先の細い枝で雪を大きく落とした。

すると先導個体がすぐには進まず、短音を二度続けて返す。

これまで一音だったものが二音になったのは初めてである。

若い個体はそこで完全に止まり、幹へ腹を密着させた。

私はこの違いを見逃すべきでないと思った。

一音は位置修正、二音は停止。

そのように単純化するにはまだ記録が少ないが、少なくとも信号の長さに機能差がある可能性が出てきた。


数分後、家族群は杭列を回り込み、伐採候補区画そのものへは降りずに北東の古木帯へ消えた。

消えたあと、しばらくしてから、ようやく上層風音が元へ戻る。

静音域は対象の通過中だけでなく、通過直後にも少し残るらしい。

ただしその残り方は、地形が作る残響とは異なり、樹冠の揺れが再び均質になるにつれてほどけていく。

この点も記録しておくべきだろう。

現象だけを抽出して考える者は、この「遅れて戻る森」を見落としやすい。


観察後、私は見積り杭のうち一本を近くで調べた。

赤い塗料はまだ新しく、布にも油脂と人の手の匂いが残る。

木肌には浅い削り跡があり、その切り口が乾く途中で独特の樹液臭を発していた。

人間にはごく弱い違いでも、嗅覚の鋭い樹上獣には十分目立つのだろう。

森の中の「印」は、人間だけのためにあるわけではない。

そのことを忘れて線を引けば、こちらが気づかぬうちに他の生きものの道を壊してしまう。


監視小屋へ戻ってから、私は今回の調査の最終整理に入った。

結論として、この章の対象は次のように記すのが妥当だと判断した。


北方林業地帯に見られる「音の抜ける森」の現象は、樹上性大型幻獣の家族群が、特定の樹冠通路を通過する際に生じる局所的な風音・枝鳴りの運び方の変化と密接に結びついている。

対象は成獣と若年個体からなる小家族群を形成し、信号音による移動統制と、上下二段の枝列利用を行っている可能性が高い。

また、伐採予定を示す印や塗料、切り口の匂いに対して通路選択を変える様子が確認され、樹冠連結そのものだけでなく、人為的な匂いの境界も行動圏へ影響しうることが示唆された。

したがって本件は希少種の目撃記録として扱うより、森林構造と人為改変に敏感に依存する樹上通路利用型幻獣の事例として扱うべきである。


私は大学向けの報告書には、伐採候補区画の一部再検討を勧告する文を入れるつもりでいる。

理事会がそれを好まぬことは分かっている。

現象の利用可能性だけを求めるなら、樹冠渡りの通路を乱すほうが早いかもしれない。

だが、通路を壊した時に失われるのは個体の出没だけではない。

森の上に成立している、あの細い音の秩序そのものだ。

私はそこまで書く義務があると思っている。


この対象に正式な学名を与えるには、まだ記録が足りない。

体表色、繁殖期、採食内容、地上行動の有無、冬季の移動範囲。いずれも未確定だ。

だが、少なくとも私の手帳の見出しとしては、仮の名をもう少しだけ進めてよいように思われた。

私は新しい頁の上へ、前回の仮称を少し改めてこう書いた。


**樹冠渡り(仮)**


乱暴な名ではある。

しかし現象ではなく生き方から出発する、という点では、いまのところもっとも誤りが少ない。


エルムレンの調査は、これでひとまず終える。

雪が深くなれば、彼らの通路もまた変わるだろう。

冬を越えたあと、この家族群が同じ線を戻るのか、それとも別の樹冠帯へ移るのかは、次の課題として残る。

森における道は、地上の道よりも見えにくく、壊れやすく、しかもずっと長く記憶される。

今回見たものは、そのことを改めて教えてくれた。

人間が木を一本の資材として数える場所で、別の生きものはその一本を、帰るための線の一部として使っている。

その違いを忘れた時、研究も、伐採も、たいていどちらも乱暴になる。


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