【第9話】土下座の城
北門の戦いから三日。
王都の空にはまだ煙が漂っていたが、人々の声は絶望ではなく希望に変わっていた。
街路では子どもが「救世主さま」と口ずさみ、女たちが畑に種を撒き、兵士たちは胸を張って街を歩いた。
だが城の内部は違った。
王族、貴族、神殿の高官——彼らの顔には恐怖と焦りが浮かんでいた。
なぜなら、誰の口からも同じ言葉が出るからだ。
「救世主さまなくして、王都はもたぬ」と。
◇
王城の大広間に呼び出された。
天井には豪奢なシャンデリア、赤い絨毯が一直線に延び、その奥に王が座していた。
だがその姿は、俺の記憶にある威厳ある王ではなかった。
やつれた顔、痩せた頬。背後に控える重臣たちもまた、かつての自信を失っている。
扉を開けた瞬間、大広間がざわめいた。
「……あれが……」
「無能と追放されたはずの……」
その囁きはもはや嘲笑ではなく、畏怖と羨望を混ぜたものだった。
王が震える声で言った。
「レオン……いや、救世主殿。我らをお救いくださったこと、心より感謝する」
俺は足を止め、冷たく返す。
「追放された無能に、今さら“救世主”とは都合がいいな」
重臣の一人が顔をしかめて声を張った。
「口の利き方に気をつけろ! ここは王の御前だぞ!」
だが、その声は広間に虚しく響くだけだった。
民も兵もすでに知っている。王国を救ったのは王ではなく、俺だと。
◇
沈黙を破ったのは勇者アルバードだった。
顔色はまだ青ざめ、剣を握る手は震えている。
「レオン……いや、救世主よ。お前の力を認めよう。だからこそ頼む! 再び我らの仲間として——」
「仲間?」
俺は一歩踏み出し、彼を見据える。
「俺を嘲笑い、無能と追放したお前が、今さら“仲間”か」
「ち、違う……あれは……誤解だ! 聖女の証言に従わざるを得なかっただけだ!」
胸の《審判》が熱を帯びた。
光が走り、彼の言葉の真偽を暴く。
——虚言。
あの日、彼は確かに自らの意思で俺を嘲笑し、追放を望んでいた。
ただの臆病、ただの嫉妬。
「嘘だ」
俺の言葉と同時に、炎がアルバードの足元を焼いた。
彼は悲鳴を上げて膝をつく。
「やめろ! すまなかった、俺が悪かった! 頼む、命だけは……!」
勇者と呼ばれた男が、大衆の前で土下座する。
その姿に、民の間から笑いが漏れた。
「勇者が……土下座だ!」
「救世主殿に許しを乞うているぞ!」
広間は嗤いと歓声で揺れた。
◇
次に進み出たのは聖女リュミエルだった。
白い法衣は埃に汚れ、頬は痩せこけていたが、その瞳にはなお人を操ろうとする光が宿っていた。
「レオン……私は、ただ神に仕える身。あの日のことも、神の御心のままに……」
俺は黙って彼女を見つめた。
《審判》の光が真実を暴く。
——虚飾。
あの日、彼女は俺を利用し、聖女としての立場を守るために冤罪をでっちあげた。
それも、己の名誉と快楽のために。
「リュミエル」
俺は声を低くした。
「お前は神を口実にした。だが神々は知っている。——お前が嘘をついたことを」
炎が彼女の周囲を取り巻き、衣の裾を焦がす。
リュミエルは悲鳴を上げ、崩れ落ちた。
「許して! お願い、私は聖女なのよ! 神に選ばれた存在なの!」
「違う」
俺は冷たく告げる。
「神々が選んだのは俺だ。お前ではない」
その言葉に広間はざわめき、誰もが膝をついた。
聖女リュミエルは、涙と絶叫の中で土下座をした。
◇
王と重臣たちはもはや声を上げられなかった。
勇者は土下座し、聖女は涙を流している。
権力の象徴が崩れ落ちるその光景に、民衆の心は完全に切り替わった。
「救世主こそ、真の導き手だ!」
「王など要らぬ! 救世主殿に国を!」
歓声が城を揺らした。
俺は腕輪を掲げ、静かに言った。
「俺は王ではない。だが、この地に秩序を築く。民のために。嘘と虚勢ではなく、真実と裁きのために」
民は喝采し、兵士たちは剣を掲げた。
その中心で、王は痩せた体を震わせ、深く頭を垂れた。
「どうか……どうか、国をお救いください。すべてを……あなたに託す」
王が、王自らが土下座をした。
◇
その瞬間、王国は変わった。
王の権威も、勇者の名も、聖女の奇跡も意味を失い、
ただ一人、“追放された無能”と呼ばれた男だけが、真の頂点に立った。
胸の《審判》が輝き、神々の声が響く。
——これでよい。虚は虚へ返した。
——次は築け。汝の秩序を。
俺は目を閉じ、深く息を吐いた。
——ざまぁは、終わりではない。
ここからが始まりだ。




