【第5話】救世主と呼ばれて
魔獣の血の匂いが、まだ辺境の風に漂っていた。
だが村人たちの顔は晴れていた。泣き声は笑いに変わり、怯えは希望へと変わっていた。
「救世主さまだ!」
「本当に……神が遣わした方だ!」
人々が次々に俺の名を呼ぶ。手を取り、額を地に擦りつける。
かつて王都で「無能」と追放された俺が、今は“救世主”と讃えられている。
胸の文字が微かに光り、心臓に熱が広がる。
「……俺はただ、守っただけだ」
そう告げても、人々の目は揺るがなかった。
◇
翌日、村の中央に集会が開かれた。
長老が槍を杖にして立ち、声を張り上げる。
「聞け! 昨夜、我らの村を脅かした辺境喰らいは、レオン殿の力によって討ち倒された!」
歓声があがり、空気が震える。
「これからは、彼を“守り手”として迎えよう。村を導く者として!」
人々が一斉に頷く。
だが俺は、胸の奥で静かに思った。
導く者——俺にふさわしい言葉だろうか。
俺はただ、見捨てられた者を守ると誓っただけだ。
それでも、人々の目に宿る希望を無視することはできなかった。
「わかった。俺はこの村を守る。だが導くのは一人じゃない。皆で守り、皆で育てるんだ」
その言葉に、人々の顔が輝いた。
◇
日々は変わっていった。
《泉出》で水を引き、《糧生》で実を育てる。
荒れ果てた畑は再び緑に覆われ、子どもたちの笑い声が村に響いた。
老人たちは涙を流しながら、初めての収穫を抱きしめた。
夜には村人たちが焚き火の周りに集まり、俺の隣に座る。
「王都の者は、なぜあなたを追放したのですか?」
若者が問う。
「……聖女を助けたせいだ」
そう言うと、人々は一瞬黙り、次いで憤った。
「聖女が、救世主を追放だと!? 信じられん!」
「王都は腐っている……」
その言葉は、俺の胸に深く沈んだ。
——そうだ。王都は腐っている。
いずれ必ず、その報いを受けるだろう。
◇
数日後。
村の外れを見張っていた少年が、駆け込んできた。
「大変だ! 旅人が来る! しかも、王都の紋章を掲げてる!」
村人たちがざわめく。
俺は立ち上がり、腕輪を握った。
胸の奥で《審判》が淡く光り、心臓が高鳴る。
——王都の者が、この辺境まで来た。
追放された俺に、何を求めるつもりなのか。
「……面白くなってきたな」
俺は村の門へと歩みを進めた。




