【第3話】辺境の村にて
遺跡を後にして、さらに西へ歩いた。
風は強く、空は高い。だが灰色の大地の中に、少しずつ緑の点が増え始める。麦畑の残骸、崩れかけの柵、黒煙の跡。人の営みがここにあった証だ。
やがて、丘の向こうに小さな村が見えた。十数軒の家々が寄り添い、周囲には粗末な柵。畑は荒れ、井戸は壊れている。
村の入り口で、槍を持った老人が立ちふさがった。
「何者だ。旅の……いや、追放者か?」
俺は無言で両手を上げ、鎖の痕が残る手首を見せた。
老人の顔に複雑な色が走る。
「王都からか。……ここは“要らぬ者”の吹き溜まりだ。だが、今は歓迎している余裕はない」
「何があった」
問いかけると、老人は呻き、村の奥を指差した。
小さな祠の前に、人々が集まっている。呻き声、泣き声。
その中心には、若い娘が横たわっていた。顔は真っ青で、胸は浅く上下するだけ。
母親らしき女が俺に縋りつき、叫ぶ。
「お願いです、助けてください!もう薬も食糧もなくて……」
俺は跪き、娘の額に手を当てた。
熱い。体力も限界に近い。
王都なら聖女の奇跡があるだろう。だが、辺境のこの村には何もない。
——胸の奥で、文字が光った。
《糧生》。
俺は祠の前の土を指でなぞり、短く呟く。
「《糧生》」
光が土に沁み込み、そこから芽が伸びた。瞬く間に青葉が茂り、実を結ぶ。
人々が息を呑む。
俺はその実を摘み、潰して娘の口に含ませた。
苦味と甘みが混ざる汁が喉を潤し、数拍の沈黙のあと、娘が咳き込む。
「……っ……!」
胸が大きく上下し、目が薄く開く。
「生きてる……!」
母親が泣き声を上げ、人々の間に歓声が広がった。
◇
夜。村に迎えられ、焚き火の周りに集う。
老人が言う。
「数日前から魔物が現れ、畑を荒らし、家畜を奪った。村はもう持たぬ。逃げ出した者もいる」
彼の声は震えていた。
「だが、ここは我らの土地だ。祖父も父も、この村で生きた。……だが力がない」
俺は炎を見つめる。
王都で“無能”と嘲られた俺。雑用と呼ばれ、追い出された俺。
だが、今ならわかる。
神々が与えたのは、剣ではなく、守りと糧の力。
ここでなら、俺は役立つ。
「……明日からは俺も畑を守ろう」
静かに言うと、人々の目が一斉に俺へ向いた。
「王都を追放された身だ。それでもいいのか」
老人の問いに、俺は頷く。
「俺を信じなくてもいい。ただ、俺は“守る”と決めた。それだけだ」
沈黙のあと、人々が涙を滲ませて頷いた。
◇
その夜、空を裂くような咆哮が遠くから響いた。
人々が震える。
あれは、辺境に棲む巨大な魔物の声だ。
明日、村を襲うのだろう。
俺は腕輪を握り、静かに目を閉じた。
王都の勇者どもが恐れるような敵。
だが、俺にはもう恐れる理由はない。
俺の背後には、この村の命がある。
「来るなら来い……」
呟いた声は、焚き火の火の粉に溶けて夜空に消えた。




