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無能扱いされた俺、辺境で神々に愛され世界最強  作者: 妙原奇天


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12/19

【第14話】公開審問の日

 公開審問の告知が出た朝、王都の空は低く、雲は鉛色だった。

 広場の中心に新設された審問院の門は開かれ、誰もが自由に出入りできるようにした。

 虚偽を焼き、真を示す場所に壁は要らない——それが俺の最初の決めごとだった。


 円形の石段に民が座り、通りの露店は店を畳んで人の波に合流していく。

 兵士たちは槍の穂先を下げ、剣に鞘をかぶせて立っている。威圧のためではない、秩序のための姿勢だ。

 審問の卓の中央では、“審判の鏡”が薄い呼吸のように明滅していた。黒い縁取りに古い文字が刻まれ、表面には風もないのにさざ波が立つ。


 第一件は、火災を引き起こした旧貴族の連座。

 第二件は、徴税のごまかし。

 第三件は、神を騙る祈祷師の扇動。


 ——そして第四件。

 告発の文には、俺の目を思わず細めさせる名前があった。


 「被告:ミラ。職業:助産師。罪状:乳児奪取および呪術」


 ざわめきが一段階高くなる。

 ミラは王都北区に住む年配の助産師で、この冬だけで十数人の子を取り上げたと聞く。

 助かった母親の多くは辺境から迎え入れた人々。新しい都の骨を組むにあたって、彼女の仕事は名もなき要となっていた。


 俺は視線だけで書記官に合図し、手順を進めさせた。


     ◇


 最初の三件は、早かった。

 鏡は淡く揺れ、虚偽は黒煙となって被告の口から漏れた。

 《虚言灼》で焼くのは象徴に過ぎない。炎は皮膚ではなく嘘そのものに触れ、焼けるのは体ではなく虚だ。

 それでも、膝をつき、うなだれる彼らの姿を見て、民は“嘘は通じぬ”と刻み込む。


 拍手とため息が交互に繰り返され、空の色がさらに低くなる。

 小さな雨粒が、まだ落ちない。


「第四件——助産師ミラを入廷させよ」


 兵士に伴われて現れた女は、背が低く、頬に刻まれた皺が深い。

 だがその背筋はまっすぐで、目はまっすぐ前を向いていた。

 彼女の後ろに、数人の女たちが立つ。腹帯を巻いた者、幼子を抱いた者。皆、強い顔をしている。


 告発人は二人。

 ひとりは旧貴族の家令。

 もうひとりは、白い帯を肩にかけた若い神官だった。


「助産師ミラは、出生の儀において“救世主の名を唱えさせ、乳児の魂を奪った”」

 神官は大きな声で読み上げ、広場に響かせる。

「さらに“泉出”にあやかると称して禁術を用い、母体の血を飲んだ。これは古来より呪いの術である」


 民衆のあいだから、押し殺した怒りの声が漏れる。

 俺は掌をわずかに上げ、静めた。


「ミラ。弁明はあるか」


 女は一歩進み、かすかに会釈した。

「はい、救世主さま。私は、子が生まれる時、母の喉が渇くのを見て“泉出”を乞いました。いただいた水で口を潤し、臍の緒を洗いました。……血は、飲んでおりません。私がするのはいつも、産湯を張ることと、母の背をさすることだけ」


 鏡の揺れはない。

 真実を語る者の声は、鏡面を静かに保つ。


 若い神官がすかさず前に出る。

「では何故、産婦に救世主の名を唱えさせる! 祈りは神殿に属するもの。助産師風情が勝手に儀をねつ造してはならない!」


 “風情”。

 その一語に、産婦たちの肩が震える。

 俺は目を細め、神官に問う。


「お前の名は」


「アスヘル。第三等みつ補。審問院に協力を求められたため参上しました」


 補職の肩帯が乾いた布音を立てる。

 胸の内で《審判》が熱を帯びた。

 鏡を見ずとも、言葉の“温度”で分かるほどに——この若者は、盲信を焚きつける術を覚え始めていた。


「アスヘル。産室で唱えられたのは“俺の名”か。ミラ」


「いいえ」

 ミラは即答した。

「“水よ来い、息を繋げ”——それだけです。救世主さまの名は、呼びません」


 鏡は静か。

 群衆の中から、声が上がった。


「嘘だ! 俺の弟の嫁は言ってた、“レオンさま”って唱えさせられたって!」

 男が立ち上がる。顔は強張り、腕には労働の痕。

 俺は彼に手を向ける。


「名を」


「ハロル。北区の荷車屋です」


「ハロル。産に立ち会ったのか」


「……いえ、酒場で聞きまして」


 鏡の表面に、黒い輪がふっと広がり、すぐに消えた。

 虚は細い糸でも映る。耳から入った噂、怒りと疲れが結んだ影。


「噂を“真”と呼べば、真は死ぬ」

 俺は静かに言った。

「お前に罪は問わない。だが、ここで見たことだけを持ち帰れ」


 男は肩を落とし、深く頭を下げた。


 ミラが、抱いていた布包みを開く。

 古びた鋏、糸、油、香草。

 そのどれもが、命をつなぐ道具であり、呪の形をとらない。


「私は、ただ産む女の隣にいる者です。産声が泣かぬ子には背を擦り、母が息が上がれば水を含ませる。……泉が湧いてから、死んだ子が生まれたことは一度もない」


 鏡が柔らかく明るむ。

 さざ波が消え、表面が一枚の空のように澄む。


 若い神官アスヘルが、なお食い下がる。

「だとしても、祈りは神殿で司るべきものだ! 民があなたを頼れば、我らの役目は——」


 「役目」。

 彼がそれを口にした瞬間、俺の背後に座る評議の面々の視線が動いた。

 兵の代表、学匠、辺境から来た村の長。

 制度が回り始めるとき、必ず現れる摩擦——“誰が何を握るか”の問題。


 俺は鏡に手を置き、アスヘルへ向き直る。


「アスヘル。祈りとは誰のものだ」


「神のものです」


「違う。祈りは“人”のものだ。生まれるとき、死ぬとき、誰かを失いそうなとき——“どうか”と言う口の内側から湧くものだ。それに形を与えるのが神殿の役目であり、助ける仕草に言葉を添えるのが助産師の役目だ。どちらも“人”から生まれ、“人”へ戻る」


 言葉より先に、民の呼吸が変わるのが分かった。

 拒絶でも盲信でもない、理解の方向へ空気が傾くときの小さな音。

 アスヘルの肩帯が微かに揺れ、彼の喉仏が上下する。


「審判の鏡は、こう映す」

 俺は掌を浮かせ、光をひと筋走らせた。

 鏡面に二つの影が立つ。ひとつは産婦、ひとつは助産師。

 産婦の影は息を詰め、助産師の影は背をさすり、二人の間に小さな水脈が通う。

 そこに“呪い”はない。“祈り”があるだけだ。


「結論を述べる。助産師ミラ、無罪。むしろ審問院の“護生ごせい役”として、産室ののりを整える助言を求めたい」


 女たちの合唱のような安堵が広場を満たした。

 ミラは驚いた顔で俺を見、深く頭を下げる。


 だが、審問はそれで終わらなかった。

 俺は視線を横に滑らせ、連座で控えさせていた旧貴族の家令に目を据えた。


「告発人レイン家令。お前の家は、北区の産小屋の隣地を持っているな」


 家令の頬が引きつる。

 鏡が低く鳴った。


「そこに“祈祷院”を建て、産婦一人につき銀貨を取る計画書が、押収した文書の中にあった。——“呪の払除、胎の浄化、泉銭”。言葉を硬くすれば、民の不安は金になる」


 レインの口がぱくぱくと魚のように開閉する。

 黒い煙が唇の隙間から漏れた。

 民衆の空気が一変する。怒りの向きが定まり、石が手の中で重みを増す前に、俺は掌を下げた。


「ここで投げる石は要らない。俺が灼く」


 《虚言灼》。

 黒煙だけを焼き、肉体は損なわない。

 家令は膝から崩れ、床に額をつけた。

 火はすぐに消え、焦げ跡は残らない。ただ、彼の虚は鏡ごと薄くなり、二度と濃くはならない。


「判決。レイン家令、官職剥奪のうえ、十年の奉仕。北区の産小屋の改築に従事せよ。祈祷院の計画は破棄し、土地は共同の井戸地とする」


 広場からどよめきが起こり、次いで拍手が波となった。

 助産師の背を叩く音、赤子の泣き声、遠くでパン屋が新しい生地を叩く音。

 たしかに、秩序が形になりはじめている。


     ◇


 審問は日暮れまで続いた。

 最後の案件で、俺は思わぬ名を聞く。


「被告——評議員、学匠サナト。罪状:鏡の“補助注解”の改竄」


 評議の席で、いつも冷静に語る老学匠。

 鏡の古文を現代語に注す役目を担い、民にも分かる言葉で“真偽”を伝えてきた立役者だ。

 彼が、改竄?


 俺はまっすぐにサナトを見る。

 老いた瞳は濁っていない。ただ、疲れて深く沈んでいる。


「サナト。告発は真か」


 彼は小さく咳払いし、静かに頷いた。

「注解の“順序”を入れ替えた。——善意だったよ。強すぎる言葉は民を傷つける。鏡は時に容赦がない。だから緩めた」


 鏡が揺れ、黒でも白でもない薄灰が流れる。

 虚偽ではない。だが、真でもない。

 “護りたい”という理由で、真の順序をいじった。


 民がざわつく。

 俺の胸で《審判》が熱を上げ、同時に別の重みが乗った。

 ——制度が回り始めると、優しさもまた“歪み”になる。


「サナト。お前の注解で救われた者は多い。だが、“順序”を入れ替える権利は誰にもない」


「分かっている。だから、こうして立っている」


 彼は自ら鏡の前に進み、指を輪に揃えて額に当てた。古い国の謝罪の印だ。

 俺は目を閉じ、決を採る。


「判決——学匠サナト、半年の“黙考”。注解の筆から離れ、審問院の見習いに“原文の読み”を教えよ。お前の誠実は罰すべきではない。だが、順序を戻すまでは筆を執るな」


 老学匠は深く頭を下げ、「ありがたい」と小さく言った。

 民は拍手とため息の間で揺れ、やがて静かに頷きが広がっていく。

 “罰する”より“直す”。それがこの場の、今の選び方なのだ。


     ◇


 審問が終わり、広場の音がほぐれていく。

 最初の雨が、つ、と鏡面に落ち、輪を広げた。

 空はようやく泣くことを思い出したらしい。


 片づけの指示を出し終えた頃、評議の兵代表が駆け寄ってきた。

 額に雨粒。肩に、見慣れぬ紋のついた巻紙。


「使者です。北原境きたはらざかいより……魔族の旗を掲げて」


 空気の温度が一気に下がる。

 俺は巻紙を受け取り、封蝋に指を置いた。

 人の王たちは濁った血の色を印に使うが、これは冷たい黒。

 蝋が割れ、紙が開く。


 そこに記された文は、簡潔だった。


 ——“盟の席を望む。虚に囚われた人の都に告ぐ。真を知る者とのみ語る。選びし者を、北原境の“け目”へ。月が二つ重なる夜に”


 兵代表が息を呑む。

「罠かもしれない」


 俺は巻紙を静かに丸め、帯に挟んだ。

 鏡の表面がわずかに震え、雨粒が星のように弾ける。


「罠でも行く。——“真を知る者とのみ語る”。この言葉は、こちらを選んで書かれている」


 辺境で出会った古き神々の気配が、雨の底からごく微かに立ち上る。

 内なる虚を焼き、秩序を組み、祈りの向きを正した。

 次は、外。

 剣と火でしか語れなかった関係を、別の言葉に置き換える試み。


 俺は審問院の扉を閉め、振り向く。

 広場で、助産師ミラが若い母の肩に覆いを掛けている。

 神官アスヘルは肩帯を外し、産小屋の屋根にかかった布を直していた。

 老学匠サナトは雨に濡れた石段に腰を下ろし、子どもに古文のしるしを教えている。


 秩序は、今日も少しだけ形を変えた。

 その形のまま、明日を迎えられる保証はない。

 だから——行く。


「月が二つ重なる夜」

 俺は空を仰ぎ、薄雲の向こうの光を数える。

 期日は遠くない。


 審問の鏡が背で微かに鳴った。

 ——行け。

 ——選びし者。


 雨は強くなり、石畳が音を集め始めた。

 俺は外套の襟を立て、北へ向かう段取りを頭の中で組み上げる。

 供を最小にするか。

 審問院の代行を誰に託すか。

 民へ知らせる言葉は、短く、恐れを煽らぬように。

 そして——帰る場所を守る段取りを二重に。


 追放の先で得たものすべてが、今この瞬間のためにある。

 ざまぁの炎は燃え尽きたのではない。

 その灰に、次の秩序の芽が出ている。


 俺は歩き出した。

 北原境、裂け目の方角へ。

 雨の匂いは、遠い森と古い海の気配を運んでいた。

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