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室町異聞  作者: 辻桃
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夢見草の宿(前編)


山の麓にある花街〈桜影〉は、夜になっても賑わいを見せていた。


 けれど、その美しさの裏で囁かれるのは、不穏な噂。


 「夢で女に呼ばれた者は、帰らぬ人になる」


 死人たちは、皆まどろむような顔で死んでいた。


 そして、その夢の中に現れるのは、「夢見草の香に包まれた女」――。


 紅灯の影に怯えた宿場の長が密かに雇ったのが、妖退治を生業とする流れ者――楓と結だった。



「……また、こういう場所ですか」


 紅提灯がゆらめく夜の花街。結はあからさまに気乗りしない表情をしていた。


「師匠、ここに“妖怪”がいるって、本当なんですか?」


「さてね。花街に妖しさはつきものだろう?」


 楓はいつもの調子で団子を頬張りながら、女給に案内されるまま、遊郭〈桜影〉の奥へと進んでいた。


 出迎えたのは、やや控えめに身を屈めた若い女給。


「……いらっしゃいませ。ご案内いたします」


 その声にはかすかに緊張が滲んでいた。名を千早ちはやという。


 その仕草と控えめな声に、結はどこか親近感を覚えるが、楓はちらと千早を見ただけで素通りした。


 そして座敷の障子が開く。


「久しいわね、楓」


 現れたのは、艶やかな着物に身を包み、どこか空虚な微笑みをたたえた花魁――紅音くれね


「やあ、紅音くん。相変わらず毒を包んで艶やかだね」


「そちらこそ、何年経っても面の皮が厚いわ。血の匂いも香に紛れる、ってね」


 互いに微笑みながら、剣を交えるようなやりとり。


 その空気に、結が思わず楓の袖を引く。


「師匠、お知り合いで…?」


「旧友だよ。多少ややこしいがね」


「ややこしい、って……」


 楓は笑って誤魔化すが、その目には一切の隙がない。



 香の煙がゆるやかに漂う部屋。千早が淹れた茶の湯気が、どこか異様に見えた。


「最近、妙な死が続いてるんでしょう? 夢の中で、静かに命を絶たれる」


 楓が茶を口に運びながら目を細める。


「聞いたよ。『夢見草』とやらが焚かれた部屋で男たちが死んでいる」


「ふふ、さすが。話が早くて助かるわ」


「それで? 紅音くんの読みは?」


「私の“ところ”で死んだわけじゃないの。うちで遊んだ後、泊まった宿で死んでいる。でも……」


「最後に会ったのが君だ」


「……そう」


 紅音が視線を逸らし、わずかに伏し目がちになる。


「ところで、あちらのお嬢さんは?」


「弟子さ。名を結。強いぞ」


「なるほど。確かに、いい目をしてる」


 紅音が結ににじり寄り、顎にそっと手を添える。


「どこで拾ったの?こんなに可愛らしい子を」


「あ、ありがとうございます」


「ふふ、照れてる。可愛い」


 その様子を、千早がじっと見つめている。目元が少しだけ、険しくなった。


「お紅さん、そういうの、やめた方が……」


「どうしたの、千早。まさか妬いてる?」


「べ、別に、そんなわけじゃ……!」



 夜も更け、楓と結は紅音から渡された情報を元に、宿で死者が出たという部屋を訪れる。


 小さな寝室。香の壺、まだ微かに漂う甘い香り。


「この香り……これが『夢見草』ですね」


 結が小皿を見て、慎重に距離を取る。


 床に落ちた紙片を拾い、楓が読む。


 「夢の中の女が俺を呼んだ。名前を何度も……」


「名前を呼び、奪う……。これは“名喰い”だな」


 楓が低く呟いた瞬間、部屋の香が一気に濃くなる。


 目の前が霞んで、結が膝をつく。


「――結!」


 楓が駆け寄ろうとしたが、既に結の意識は落ちていた。


 部屋の中、静かに風が吹いた。


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