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室町異聞  作者: 無糖
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11/46

しゃべる草履と道の迷い


旅の途中、楓と結は尾張と美濃の境にある音津の里で足を止めた。


細い山道にひっそりと建つ村は、旅人には“迷うことで名高い”場所だった。

行き止まりのない一本道なのに、何度歩いても戻ってくるという。


その村で「草履がしゃべった」という話を聞いたのは、峠の買い物中でのことだった。


「一月ほど前、旅人が夜中に“草履に呼ばれた”と言って、道に出たまま行方が知れんのです」

「草履が呼ぶ?」

「ええ。あの村じゃ“道祖さまの祟り”だと……村を出ようとすると、草履に道を戻される、って」



◇



その晩、結は村に入ってすぐに違和感を覚えた。

山に囲まれた小さな集落。道は東西に一本だけ。だが、歩いても歩いても、なぜか同じ家の前に戻る。


「これは……空間が捻れてる?」

「地形では説明がつかないね」

楓が、わずかに笑った。


道の途中、石碑のようなものが立っていた。

苔に覆われて読めぬが、形はまるで足跡のようにも見える。


「道祖神……ではなさそうですね」

「“導き”ではなく、“封じ”だな。道そのものを閉じている」


夜、宿をとったが、そこでさらに奇妙なことが起きた。


結が眠りについたころ、草履が音を立てて歩く気配がしたのだ。


ぱた、ぱた、ぱた。


次の瞬間、耳元で誰かが囁く。


「……こっち、こっちへ」



◇



目を覚ました結が外に出ると、自分の草履が、門前にぽつりと置かれていた。

まるで「ここから行け」と言っているように。


「誘導されてますね……草履に」

「ふむ。まるで“人の道を借りて”誘っているような」




翌朝、二人は村人に話を聞いた。


「迷って戻ってきた者には、“草履の裏に誰かの名が書かれていた”ことがあるそうです」

「その名は?」

「みんな違うが、もう亡くなった人ばかりです。しかも、昔この村を出て行った者ばかり」


結は考え込んだ。


「つまり――草履を使って、亡くなった者の“記憶の道”に引き込んでいる?」



◇



その夜、結はわざと草履を外に置き、見張っていた。

深夜、またあの音がした。ぱた、ぱた、と。


草履がひとりでに門を越え、道を歩いてゆく。

まるで見えない足が履いているように。


結はそれを追った。

が、歩けど歩けど村から出られない。道は曲がらず、角もない。けれど風景だけが少しずつ違う。


やがて、道の先に小さな祠が見えた。

中には、ぼろぼろになった草履がひと組、供えられている。


「この祠……」


「それは、“帰らぬ者”のための祠じゃ」


不意に、背後から老婆の声がした。

村の長だという。


「昔、山越えの途中で道に迷い、命を落とした旅人たちを悼んでな。

けれど、近年“喋る草履”が現れるようになってから、行方知れずが増え始めた」


「草履は、“道に迷って死んだ者の意志”……?」


「そうじゃ。戻りたくて戻れず、道の記憶に取り憑いた」



◇



翌朝、結は祠にもう一度訪れ、草履に封印札を置いた。

その下にあった石板には、名前が彫られていた。


それは、村を出た者たちの名ではなく、この村の誰にも知られていないはずの名だった。


「……師匠。これは“迷った者”ではない。“迷わせた者”です」

「ふむ、つまり?」


「これは、“道そのものを歪めた者”の記録。

草履に憑いていたのは、道に迷い殺された者の霊じゃない。

その道を作り変えて、村を閉じた誰かの――封印」


結は確信した。


「誰かがこの村を、“外と切り離す”ために、道を閉じ、記憶を消したんです」



◇



楓は、草履の下の石板に手をかざした。

空気が、重く、淀む。


「開けるよ」

結が頷き、封札を剥がす。


その瞬間、祠の空気が一変し、突風が吹きつけた。


「来た……!」


黒い影が草履から立ち上がる。

形はない。風のような、ただ重たい“存在”。


「帰れ……戻れ……ここは、誰も通れぬ道……」


声が反響する。


結が札を放ち、楓が呪を唱える。


「天地を裂くは我が意、四象を鎮めるはこの符。――封」


札が燃え、風が砕けたように散る。

祠は静まり、草履はただの古い遺物へと戻った。



◇



村の道は、それ以来、迷わなくなった。

峠を越える旅人の数も戻り、草履が喋ることもなくなった。


結は、最後に石碑を見つめて言った。


「誰かが、村を閉じた。忘れられた名前が、“道”に残っていた」

「記憶は道に宿る。草履は、その記憶の入り口だったんだ」


「じゃあ……その草履を、踏んで進んだ人は……」


「進んだのではなく、“戻された”んだろう。記憶の始まりに」


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― 新着の感想 ―
とても読みやすくて、面白かったです。 結と楓、2人のやりとりがとても楽しくて、作り出す空気感もすごく魅力的でした。 団子が好きすぎる結が可愛らしかったです。 ありがとうございます(*'ω'*)応援して…
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