表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
室町異聞  作者: 辻桃
10/46

耳塚の夜泣き


「さ、喋る耳に会いに行こうか」

「耳が喋るなんて言葉聞いたことがないです」


結が巻物を広げながら、どこか不満そうに言った。

舞台は、美濃の山中にある古刹、連岳寺。

夜な夜な「耳から声がする」と僧たちが騒いでいるという。


楓は感心したように顎を撫でる。


「いいねえ。だんだん変な依頼が増えてきた」


「喜ばないでください」





連岳寺は質素ながら格式のある古寺で、敷地の隅には奇妙なものがあった。


小さな五輪塔の並ぶ一角に、ひときわ大きな石塚がある。

僧の話では「耳塚」と呼ばれ、戦で亡くなった者たちの耳や鼻を埋めた塚なのだという。


「京の耳塚と同じく、供養のために建てたものじゃ。

しかし、最近この塚の前で夜な夜な“耳鳴りのような声”が聞こえる。

ある夜には、“聞くな”と囁かれた者が、高熱を出して倒れた」


「その者たちは今?」

「発熱は治ったが、“右耳が聞こえん”とな……」


結は神妙な面持ちで耳塚を見つめた。

そのすぐ上には、寺の古井戸があった。





「この耳、なんか湿ってます」

結が耳塚に手をかざしながら言う。「冷気が出てる……下に何かある?」


「塚の下が空洞かもな」

楓は草を払い、五輪塔の並びにある地面を軽く叩いた。


コツン。


「やっぱり、ここだけ音が違う。空洞だ」

「じゃあ、師匠……掘ります?」


「よし。ついでに湧き水も出て来ないかな」


「意味が分かりません」





夜更け。


楓と結はこっそり塚の下を掘り始めた。

すぐに石板が出てきた。どうやら、下に“地下室”のような構造がある。


「古い通気孔もある……ここ、埋葬ではなく“封印”のようなものかもしれません」


結が石板を押すと、ぎい、と軋んで開いた。

湿気とともに、薄い呻き声のようなものが、ふわりと空気を撫でる。


「今の、聞こえましたよね?」

「聞こえた。……これは妖だな」





地下に降りると、そこは石造りの小部屋だった。

中央には風化した石像と、その前に置かれた木箱。


箱の蓋は半ば崩れており、中にはなにか黒ずんだものが……。


「……耳?」

結が身をすくめた。「これは……人間の耳が、干したような状態で……数十個」


「“音を集める妖”だな」

楓が低く言った。「耳を喰らって、人の記憶や声を集める。

これは、“耳を抜かれて死んだ者たちの怨霊”を寄せ集めた、合成の妖だ」


「でも、封印されてたんですよね?」


「封印が弱まった。通気孔、つまり“声の出口”が開いたせいで、外に干渉できるようになった。

声で病を引き起こす“呪音”……それが、最近の“耳鳴り”の正体だよ」





そのとき――


「聞くな……」


声が、耳元に直接響いた。

結がよろめく。耳元に熱が集まり、意識が遠のく。


「結、集中しろ!!」

楓の声が響いた。「“声”に反応するな!持っていかれるぞ!」


結は刀を抜き、瞬間、壁際に気配を感じた。


「そこか!」


刀が風を裂き、妖の本体――耳のような形をした黒い影を一閃した。


だが、影はすぐに形を変え、複数の耳が重なった不気味な姿となる。

その中央に、わずかに開く口。そこから、今にも言葉が漏れそうだった。


「師匠、封印は!?」


「札は……っと、」

楓が懐から赤い札を放る。

札が空中で燃え上がり、文字が石像へ吸い込まれる。


「天地を裂くは我が意、四象を鎮めるはこの符。――封」


言霊が石室に反響し、妖が耳の形のまま崩れ、灰のように床へ散った。





静寂が戻った。


「……これが、“耳の妖”」

結は膝に手をつき、息を整えた。

「声が、脳の奥に刺さるようでした……」


「“集音仏”だ。人の声、記憶、後悔を聞き取り、妖へと変じた存在。

元は仏さんだったから、“聞くな”って忠告してたのも、ある意味“慈悲”だったのかもな」


「師匠は、聞こえなかったんですか?」

「俺は耳が悪いんだ。左は昔、ちょっとね」


…師匠は昔、何があったんだろう。





封印が完了した後、連岳寺の僧たちは塚の上に新たな供養塔を建てた。


塚の中にあった耳の数と、古戦場で戦死した兵の数が一致していたことが判明し、村人たちは妖ではなく、“悔い”そのものだったのだと静かに語った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
Xの方から伺わせていただきました。 1話ごとでキリをつけて終わる感じと簡潔な文章という前提のもとぼんやりと薄暗い空気を纏う伝奇ものという感じで、キッチリと作ってある丁寧さを感じます。 物語として盛り…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ