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第6話     花言葉に紛れて

「あれ・・・そういえばどこだっけ」


零は、百合を片手に階段を勢いよくのぼっていた。

何故だか足がとても軽く、まるで幼い子供のように数段飛ばしでかけあがる。

それでも右手の百合はその美しい姿を崩さないように、そっと優しく握ったままだった。

だが、階段をのぼりきってふと気付く。

ミシェルの部屋が一体どこなのか、知らない。


「え、またあ?」


女の声が聞こえたので、零は素早く曲がり角の影に隠れた。

・・・なんで隠れてるんだ、俺?という疑問はよぎるが、とりあえず息を潜めた。

そのうち声の主らしき女が二人、零が身を潜める廊下を見もしないで通り過ぎて行った。

どうやら身なりからして使用人らしい。


「今日から三日間、ミシェル様のお食事は準備しなくていいって」


「前の時は二日だったわよね」


「あの時は可哀そうに思ったメイドが一人、こっそりミシェル様に食べ物を運んだらしいけど」


「あー、知ってる!即クビでしょ?」


話の続きが気になった零は、遠ざかる使用人をこっそり遠くから追いかけた。

使用人達は後ろから滞在中の隣国の王子があとをつけているとも知らず、大きな声で話し続けている。


「あれじゃ、もう監禁よね」


「ちょっと、それ言っちゃだめよ」


監禁?

聞こえてきた不穏なワードに零は眉間に皺を寄せる。

話続ける使用人は、階下へと向かっているようだった。

この階下は主に使用人が使用する通路になっていて、人通りが多い。

零は思わずとび出していた。


「あの」


「はい・・・・って、まあっ!」


「あ・あら、零様」


突然呼び止められた相手が彼の有名な隣国の王子であったからか、たちまち二人は頬を真っ赤に染めて互いの顔を見合わせていた。

その端正な顔立ちと魔導師としても優秀である零は、年頃の女性達の注目の的であり、その噂は貴族の女性だけでなく使用人にまで届いているらしい。

しかし当の本人はそれを知らないらしく、少し戸惑い気味に、無理矢理微笑んで見せた。


「あのー・・・第二王女のミシェルの部屋って・・・あ、えっとそういうわけではなくて、あの」


「はいっ、すぐにご案内致します!!」


その笑みがたとえ酷くぎこちなくて微妙でも、微笑みかけられたという事実だけで若い女性はノックアウトらしい。

自覚の無い零は少し疑問を覚えながらも、緊張しながらも張り切って案内する使用人のあとをついて行った。








「あー・・・」


一人、呟いてみる。

が、それも誰の耳に届く事もなく空に消える。

ミシェルはベッドの上に大の字になって寝転がり、何をするでもなく天井を見つめていた。

本がなければすることが何も無いミシェルは、朝からずっと寝転がって無駄な時間を過ごしていた。

暇で暇で仕方なくて、同じベッドの上にいる黒猫のしっぽを掴んでみれば、空腹で不機嫌なマリンはニャゴッと鳴いてベッドの下に潜ってしまった。

今回は何日だろう。

前と同じかそれ以上か。

前が二日だったから今回は、三日か四日。

だめだ、長すぎる。

空腹が持たない。


「・・・・・・・・はあ」


本日数度目の溜め息。

無音の部屋にはそれが大きな音となって響く。

寝がえりを打って、再び訪れた沈黙の中ずっとカーテンを見つめていると、聞き違いか、一瞬何かの音が聞こえた。

ミシェルは訝しげに眉をひそめ、ゆっくり上半身を起こす。


カシャン


やっぱり、何か聞こえる。

何か、金属のような、でも心なしか少し軽やかな。

しかし小さすぎて一体どこから音がするのがわからない。

ミシェルは微動だにせずに、再び音が聞こえるのを待った。


キィ、カツン


外?

窓の外だ。

ミシェルは素早く立ち上がって、思い切りカーテンを開けた。

そしてバルコニーに目をやると、次の瞬間思わず目を見開いた。


「まあ・・・貴方」


「あ・・・どうも」


そこにはバルコニーの手すりに片足を引っ掛けている零と目が合う。

ちょうど手すりにまたがっている瞬間の格好にはち合わせてしまい、零は気まずそうに、そして少し照れるのを隠すように前髪を掻いた。

思わずミシェルは窓を開けようとしたが、もちろんそれは結界によって叶わなかった。

零はミシェルのその行動に気付いたのか、身軽に片足を上げてこちら側に降り立ち、足音を立てることなくこちらに歩み寄った。


「この結界は、触れると術者に気付かれるか?」


「この結界は内側からの接触に限定されていると思うわ。だからきっと外部からは・・・」


ミシェルが言い終わる前に、零はそっとガラス越しにミシェルが触れている窓の部分に手を合わせるようにして触れた。

そして何も起こらないのを確認すると、零はそっと窓を開けた。

その瞬間、部屋に流れ込んできたそよ風が、とても懐かしく感じてミシェルは目を細めた。


「・・・入ってもいいか?」


「・・・ええ、どうぞ」


父の事を考えると一瞬躊躇ったが、ミシェルは頷いた。

零はもともと裸足だったようで、何故か少しおそるおそるといったふうにミシェルの部屋へ足を踏み入れた。

零はミシェルの部屋を見渡したあと、どうやら部屋にある本棚に興味を持ったようで吸い寄せられるようにそちらに歩み寄って行った。

そんな零を、少しの間観察してみる。

噂では冷静沈着、頭脳明晰、魔導師としての能力も優秀だが、酷い女嫌いで笑う事の無い全くの無表情で冷たく他人を寄せ付けないと聞いていたので、今思えば随分現実は違う気がする。

確かに表情に乏しい面は味方によっては冷たく見えるのかもしれない。

他人を寄せ付けないというのも少しはあるのかもしれないが、読書家という共通の趣味があったからかミシェルはさほど感じることも無かった。

実際、今もミシェルの持っている本にかなり興味津々な様子で本棚に見入っている。

上は上等な衣類を身にまとっているのに何故か裸足で、本をじっと見つめている隣国の王子様とはなんとも奇妙な光景だ。

思わず口の端に笑みがこぼれる。

そのとき、ミシェルはふと零が持っている物に気がついた。


「あら、それは何?」


「え・・・・あ、そうそう」


零はようやく本来の目的を思い出したようで、ミシェルの方へと歩み寄ってきた。

そしてミシェルに差しだした手に握られていたのは、一輪の白い花。


「庭園で見つけて」


「あの薔薇園の中で?すごい奇跡ね」


「薔薇園・・・って、やっぱり薔薇園なのか」


「私がそう呼んでるだけよ。だって、そう思わない?」


零もミシェルと同じ事を思っていたようで、ふっと微笑んだ。

予想外にそれが子供のような無邪気さが残る笑みで、少し驚く。


「貴方、それだけの為にわざわざ来たの?」


「あ・・・迷惑だったなら、謝る」


「いえ、困るのは貴方の方だと思うんだけど」


「結界の事か?お前、何したんだ?」


まさか貴方が原因で、とは言えずに曖昧に微笑んで見せる。

ミシェルは受け取った白い花を眺めながらベッドに腰かけると、零も少し距離をおいてベッドの端に腰かけた。


「綺麗な花ね、ありがとう」


「あ、いや・・・・」


「あんな派手派手しい薔薇の中で一輪だけ咲いていたなんて、素敵ね」


ミシェルは白い花を見て、柔らかく微笑む。

零はその横顔を、無言で見つめていた。


「薔薇の花言葉って、知ってる?」


「さあ・・・」


「色や種類によっても異なるんだけど・・・情熱や愛情が主だけど、私を射止めて、とか、私はあなたにふさわしいっていう花言葉もあるのよ」


「へえ」


積極性溢れるところや少しばかりの図々しさが、何故だかレベッカを思い出させる。

零も同じような事を考えているのか、遠い目をして少し眉間に皺を寄せていた。

すると、突然零がこちらを向いて言った。


「百合の花言葉はなんだ?」


「百合?百合の花言葉は純潔や無垢だけど・・・これは百合じゃないわよ?」


そう言うと、零はきょとんとして見せる。

噂の王子とはかけはなれた、なんとも無防備な表情だった。


「え、そうなのか?じゃあ、それは・・・」


「これは普通のものより少し大きいけど、胡蝶蘭よ」


ミシェルはよく見えるように零に胡蝶蘭を差し出した。

植物についてはそこそこ詳しいミシェルからしてみれば百合と胡蝶蘭とでは全然違うのだが、疎い者にとっては違いがわからないものなのだろうか。

確かにこの胡蝶蘭は、少し大き目だからまあ、ありえないこともないかもしれない。

零は改めてまじまじと胡蝶蘭を見つめていた。

ミシェルはそんな零を見て、思わずふっと笑った。


「胡蝶蘭の花言葉は、あなたを愛します、よ」


「えっ」


ずっと百合だと信じていたらしく、零は予想外に驚いたようだった。

心なしか、頬も随分紅潮して見える。

なぜか気まずそうに目をそらした零に、ミシェルは思わず微笑む。


「なんだか意外ね。本ばかり読んでるから、これくらいのこと知ってるかと思ってたけど」


「いや・・・花にはあまり興味無かったから」


零は恥ずかしそうにそっぽを向く。

よっぽど恥ずかしかったのかわからないが、耳まで赤く染まっている。

すると零は何を思い出したのか、はっとしてこちらに向き直った。


「そういえば、お前部屋から出られないんだろう?」


「ええそうよ。結界ならあなただってわかってるでしょう」


「お腹もすいてるんじゃないか」


「まあ、そりゃあね」


「持ってきてやるよ、俺が」


「え」


思わぬ言葉に、ミシェルは瞠目する。

見つめる零の頬は、まだ少し赤みを帯びていた。


「本の、お返しというか・・・」


「まあ、でも大丈夫?」


「ああ、体力とかなら自信あるし」


「そういえばあなた、どうやってきたの?」


「この下からフックを手すりにひっかけて、ロープをつたってきた」


「・・・・あなた、それじゃ本当に侵入者じゃない」


ミシェルは無邪気に笑った。

何故かそれを零は少しだけ目を見開いてどこか不思議そうに見つめている。

だが、やがて零もふっと微笑んだ。


相手が姉の婚約者だということも忘れて。

相手が婚約者の妹だということも忘れて。


危険な合図は、現れる前に二人の微笑みに紛れて消えうせた。


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