第25話 新しくて懐かしいもの
婚約式が終わり、わたしは2階のバルコニーから夜空を見ていた。
先ほどの騒がしくて楽しいパーティのことを思い返す。
みんなで一緒のテーブルでご飯を食べるのって、やっぱりいいわね。
クリフは全然酔ってないと言っていたけど、しばらくしたら無言になっていた。
空気を読み、わたしはそっとしておいてあげた。
陛下の話は一生誰にも話さないでおくわ。
王都と違い、郊外にある領地の夜はとても静かで穏やかだった。
ガラス越しに漏れてくる部屋の灯りと月明かりがわたしを優しく照らしている。
「すみません、ケイトリンデ様。お待たせ致しました」
後ろの窓が開き、クリフが姿を現す。移動能力でご家族を送って来たのだ。
「お帰りなさい、クリフ。エメリーン様とアデーラ様はどうでした? 楽しんでいただけたのかしら」
「2人とも、大変楽しかったとご満悦でしたよ。あと、家族になるのだから敬称ではなく砕けた呼び方をして欲しいとの事です」
「そ、そうなの。わかったわ、善処します」
アデーラちゃんは心の中で呼んでるんだけどね。元皇妃様をお義母様と呼ぶのはどうにも恐れ多い。クリフを呼び捨てにしてる時点で説得力ないけど。
「ねえ。貴方もわたしのことをケイトって愛称で呼んでみて?」
「そんな……恐れ多いです」
「もう。わたしはお嬢様じゃなくて、婚約者になったのよ」
「――わかりました。善処します」
この世の終わりみたいな深刻な顔してる。これ結婚するまでに直るのかしら。
敬語で控えめなクリフも好きだから、そこまで強制はしないけれど。
いきなり俺様王子様みたいになられても困るものね。
夏の満天の星空を見上げ、クリフがぽつりと呟いた。
「結局、私の処遇は保留になってしまいましたね。晴れて元王子の無職です」
「クリフ。あのお話は別にお断りしなくてもよかったのに……」
新ローレンガルド国の5領地は、元々の領主がいた3地区はそのまま続投、新しくできた2地区は暫定的に元皇族と貴族が治めることになった。
帝都がある中央部は、公爵家の宰相と第1皇妃だったペトロネラ様。
最北端にある北部は、ダレル辺境伯とエメリーンお義母様。
数年経って情勢が落ち着いたら、領主会議で選ばれた者に交代するそうだ。
そこで今回クリフは辺境伯に、領主の手伝いをしないかと誘われたらしい。
実力を認められさえすればゆくゆくは領主になれるかもしれないし、それ以外にも領主補佐や政務の職に就くという道もある。
しかし、まだ15歳で経験が少ないからとクリフは辞退したの。勿体ないわ。
「申しました通り、18歳になって結婚するまでは、ケイトリンデ様の側にいてお守りするつもりです」
「わたし、貴方のお仕事について行ってもいいのよ?」
「お気持ちはありがたいのですが、きっと能力を使って無理をされると思います。あなたを政治の道具にさせるわけには参りません」
クリフ……そこまで考えてくれていたのね。
確かに、旧帝国にはわたしの能力を知っている人もいる。
何も起きないとは言い切れない。
「でも、たまに察し能力で調べるのはいいでしょう? 新しい国がまとまるまで、争いが無いに越したことはないわ」
「深くご配慮頂き、ありがとうございます。国の事も大切ですが、成人してこの能力が消えるまでは平穏に暮らす事を心掛けましょう」
「そうね。ずっと忙しかったから、ゆっくり過ごしましょう。その、一緒にデートとかもしてみたいし」
「はい、もちろんです。愛しております。――ケイト」
そっと肩を抱かれて、口づけられる。
一瞬唇が触れただけで、頭が真っ白になってしまった。
「うう。不意打ちしないで!」
「なにぶん経験が少ないので……そこはご容赦下さい」
思わずわたしが抗議すると、彼は顔を背けて謝っていた。
クリフもかなり恥ずかしいみたい。わたしも恥ずかしい。あの時はお互いファーストキスだったので、今ので2回目だ。
旧帝国が、キスが日常会話レベルで交わされる国じゃなくて本当によかった。
こんなの毎日していたら身が持たないわ。
「あ。今、愛称で呼んでくれたのね! うふふ」
「と、ところで、王都で何か職を見つけられたらと思うのですが……」
照れ隠しなのか、彼は慌てて話題を変えてそう切り出す。
どうやらクリフは仕事がないのを気兼ねしているみたい。
2年間の執事のお給金もそのまま手付かずで残っているし、お金のことは別に気にしなくてもいいのに。
「そうだわ。いい勤め先があるの。わたしの知り合いのお屋敷の――――」
◇ ◇ ◇
とある貴族のお屋敷の早朝。
ノックをして部屋に入ってきた執事が、香りのよい紅茶を淹れている。
彼は、女主人に向かって爽やかな笑みを浮かべた。
「お早うございます、お嬢様」
「おはよう、クリフ。今日もいいお天気ね!」
よくある侯爵家の日常の風景である。というかうちのワイルダール家だ。
知り合いのお屋敷を紹介しようと思ったけれど、やっぱりやめた。
だってこんな格好いいクリフをよそで雇うなんて危険すぎる!
浮気しないとは言ってくれたけど、他の女の人が寄ってくるのを黙って見ているなんて絶対に嫌だ。
「ごめんなさい、クリフ。わたしのわがままで元通りになるなんて……」
「いいえ。ケイトリンデ様に嫉妬をして頂けるなど、嬉しい我儘でございます」
憎らしいぐらいに黒いお仕着せが似合っているわ。
言っては悪いけど、クリフの天職なんじゃないかしら。
わたしは、左後ろに控えているクリフに話しかけた。
「ねえ、一緒にお茶を飲みましょう? もう婚約者なんだから大丈夫よね」
「お言葉ですが、執事に再就職する以上、禁止事項は守るべきだとマシュー様より仰せつかりました。飲まない、触らない、口説かない等です」
「えっ」
またあのクリフをお茶に誘う奮闘の日々が始まるというの……?
ティーカップを持ったまま呆然とするわたしに、彼はくすりと笑った。
「執事の姿でいるうちは、ですよ。たまに休暇を頂ければ、デートにも行けます。どうかご安心を」
「よ、よかった~!」
こうして、わたしとクリフの新しいようで懐かしい毎日が始まった。
3年後の結婚までに、わたしも腕を磨いて空気の読める淑女にならないとね!
これにて、ひとまずの完結となります!
自分が読みたいと思う話を書いていたのですが、風呂敷を広げすぎました。
ヒーローが帝国の王子という設定に一番苦しみました(笑) 帝国とは…
1話と比べると、ケイトリンデは空気の読める淑女になれたでしょうか?
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最後までお読みいただき、どうもありがとうございました!




