第六話
「大変です、王女様」
一見平穏に見えた日常は、その一言で崩壊した。
「な、何ですかいきなり」
召使いによって叩き起こされた王女エリアは、伝令兵からの情報を受け取る。
「東方の領土付近に、帝国軍の部隊が……?」
眠気など一瞬で吹き飛んだ。
(どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしよう……!)
必死に考えを巡らせる王女。
(フジサキ様達はまだ戦力にはならない。 でも通常戦力じゃ、数日だって持たない)
ぶっつけ本番で、彼女たちの力を試すか。
王国の兵を総動員して、少しでも時間を稼ぐか。
彼女の答えは、前者だった。
「貴賓室にフジサワ様以下、十名を通しなさい。 彼女達の力、ここで見せて頂きます」
「―――皆様」
「私達の出番ですね。 お任せください」
「場所は東方の領土付近、だね」
「兵力はざっと、こちらの十倍以上か?」
「通常兵力じゃ数日と持たないわね」
エリアが何かを言う前に、藤崎、宮沢、椎葉、三枝が言葉を被せた。
「―――っ!」
全て、見透かされている。
その事実に、王女は絶句した。
「宮沢、『敵の作戦』は?」
「そうだね……。 『正面から兵力差で蹂躙』かな。 何かあったら『十二姫が一人、神槍のアリシアが出てくる』らしいね」
「敵兵の装備は?」
「君の銃撃で貫けるよ、椎葉君」
「神槍の強さはどれくらいなの?」
「僕、藤沢さん、東郷君、桜木さん、与那国さんの五人で拮抗できるか、できないかくらいだ」
「他の姫が、出てくる可能性は」
「今回はないだろう。 『姫が出てくる可能性』はね」
「ちょっと、お待ちください!」
勝手に話を進められていることに狼狽し、エリアが無理やり割り込もうとする。
「何でしょうか、王女様」
「『敵の作戦』って、『拮抗できる』って、どうしてわかるんですか。 貴方たちはまだ、この世界に来て一週間だというのに!」
至極当然の話である。 一般常識の話である。 エリアにとって、それこそが正しい。
―――故に、篠崎らには通用しない。
「一週間も滞在したからですよ、王女」
だからこそ。
篠崎の返答は、エリアにとって意味の分からないものだった。
「―――貴方たちは」
混乱のあまり、彼女はこう叫んだ。
「貴方たちは、何なのですか!」
その言葉に、彼らの目線で進められていた作戦会議が一時、中断される。
「たった一週間で言語を覚えて! この国有数の騎士団長を遊びながら圧倒して! 初めて使う異能を、さもずっと使って来たかのように使いこなして!」
反論する言葉はない。
十人は真っすぐ、エリアの叫ぶ様を見つめていた。
「天才なんてものじゃありません! 貴方たちはあまりにも、『優秀すぎる』!」
優秀、過ぎる。
藤崎が、母親に恐れられる理由であり。
佐藤がここまで、のし上がった理由であり。
東郷が、父親から解放された理由であり。
宮沢が、施設に『封印』された理由であり。
蔵馬が兄から、疎まれる理由であり。
桜木が今日まで、生き続けられた理由であり。
椎葉が何度も、頂点を取り続ける理由であり。
三枝が『全知』という、二つ名を持った理由であり。
久世が凄絶な、いじめを受けた理由であり。
与那国が棄てられずに、生かされた理由である。
「それを才能だというのなら! 生まれ持ったものだというのなら!」
凡人として生まれた、私たちは。
「私たちのなす事には、何の価値も無いというのですか!」
最初から必要とされない、ゴミ同然ではないか。
「答えてください! あなた方は一体、何なのですか!」
静寂が訪れた。
誰も何も、答えようとしない。
その問いに答えられる優しさなど、彼らは投げ捨ててきた。
のし上がるために、他人を蹴落とした。
その後自ら首を吊った『友人』がいることを、彼らは良く知っている。
見捨てたものも数多くある。
助けられた『仲間』がいることを、彼らは知っていた。
一体何分、この静寂が続いただろうか。
「そうですね」
藤崎がようやく、口を開いた。
「私たちは、『超人』です」
歯の浮くようなセリフ。 しかし彼女たちには、臆することなく言える物でもあった。
「才能だけでなく。 努力だけでなく。
最高の環境の中、私達は常人を超えるよう育てられた」
王女は、黙ってそれを聞いていた。
「私達もまた、それを望んでいた。 誰よりも優秀であろうとし、誰よりも強くあろうとした」
それは、彼ら全員の言葉でもあった。
「優秀でなければ、切り捨てられた。
優秀でなければ、勝ち上がれなかった。
優秀でなければ、人の上に立てなかった」
―――そして。
優秀でなければ、殺されていた。
「ですがそのような理由は、関係ありません」
天才とは違う、超人であるが故の、生き方。
「私たちは、皆を導きたい。 皆を守りたい。 皆に教えたい。 皆を救いたい」
救済者に『なりたい』と言う、願望。
「それこそが、私たちの原動力です。 そのためならば、私たちはいくらでも全力を出しましょう」
静寂。
今度はエリアが、何も言い返せなかった。
「まぁ、そういうことです。 僕たちのことは、『頑張りすぎておかしくなった人たち』とでも認識していただいて結構ですよ」
宮沢が、そう補足した。
「……わかり、ました」
納得はしていない。 と言うよりも、理解する事なんてできない。
―――でも、取り敢えず。
彼らは頼れる、『戦力』である。
エリアは頭の中で無理やり、そう結論付けた。
「転移魔法で、前線へあなた方を送り届けます。 ―――せめてそれ位は、させてください」
その言葉に、藤崎は神妙に頷いて。
「分かりました。 ぜひ、お願いします」
意地を見せた王女に、了承を返した。
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