第五話
異能。
私に与えられた、異能。
恐ろしくてたまらない、九つの厄災。
一度開放すれば国一つなど容易く焼き尽くすであろう、炎の厄災。
呼び覚ましただけで大陸を水底へ沈める、水の厄災。
地上のあらゆるものを巻き上げ、吹き飛ばしてしまう、風の厄災。
海を陸へ、陸を海へ変えるほどの地殻変動を引き起こす、土の厄災。
世界が溶解するほどの雷撃ですべてを滅ぼす、雷の厄災。
すべてを呑み込んで押しつぶす、正体不明、闇の厄災。
膨大な放射線で地上を死の星に変える、光の厄災。
巨大隕石群で地下都市すら一夜で消し去る、星の厄災。
世界を滅ぼさんとする召喚獣が何もかもを蹂躙する、獣の厄災。
なんで私は、こんなものを手に入れたんだろう。
久世は異能の及ぼす影響が恐ろしすぎて、試しに使ってみることすらできなかった。
「では、どうぞ。 与那国さんの計算ではあなたは、この世界でなら全力を出しても大丈夫です」
空中に浮かぶ小島から、目下の大陸を見下ろす久世と佐藤。 万が一に備え、藤崎は『世界』の外側で待機していた。
「……本当に、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
心配そうに尋ねる久世に、佐藤は優しい言葉をかけた。
「わかった。 ……じゃぁ、行くよ」
そうやって彼女は―――
「『絶望を描け、Ⅰ(ウーヌス)』」
戦慄するほど落ち着いた声で、眼下の大地を地獄へと変えた。
「―――まさか、これほどとは」
絶句する佐藤を横目に、久世は次の厄災を起動させる。
「『始まりへ還れ、Ⅱ(ドゥオ)』」
燃え盛る火炎が、大量の洪水によって消滅する。
母なる海はすべてを呑み込み、最早世界には陸地など存在していなかった。
「蒼葉、戻して」
意識的に感情を―――躊躇いを排除した久世が、『世界』の復元を要請する。
「了解、しました」
そうやって、すべては元通りになった。
「『災禍を謳え、Ⅲ(トレース)』」
元通りになったすべてが、超巨大旋風によって破壊された。 小島は特殊な性質を持っており、目の前の渦には干渉されない。
「もう一回」
二度目の復元。 しかしそれも、直ぐに無意味となる。
「『営みを嘲笑え、Ⅳ(クァットゥオル)』」
凄まじい轟音とともに、地上の何もかもが崩壊した。
「『原罪を裁け、Ⅴ(クィーンクェ)』」
追い打ちとばかりに轟雷が迸り、地上は何もない平面と化した。
「『総て呑み込め、Ⅵ(セクス)』」
その平面―――陸であった全てが消え去り、世界には大きな穴が開いた。
「復元ですね」
「えぇ、お願い」
もはや二人とも、その位しか言葉がなかった。
「『虚無を照らせ、Ⅶ(セプテム)』」
地上の構造物すべてが崩壊し、海が一瞬で干上がった。
何も言わず、全てが復元する。
「『希望を砕け、Ⅷ(オクトー)』」
再度すべてが、消滅した。
「あと一つ、ですね」
かなり疲労の色が濃い佐藤が、ようやく口を開いた。
「えぇ。 これで最後よ」
最後の復元が行われる。
「『滅亡を示せ、Ⅸ(ノウェム)』」
凄まじい咆哮と共に、災厄の獣が降臨した。
すべてを轢き殺し、打ち砕き、踏みつぶし、薙ぎ払った獣は。
「もういいわ、『Ⅸ(ノウェム)』。 戻って頂戴」
少しだけ不満げに、門の向こう側に去っていった。
「どうだった? 久世の異能は」
佐藤の過労はいざ知らず、藤崎は戻ってきた彼女に問い掛ける。
「とてもではありませんが、実戦投入は不可能です。 ……少し、休ませて頂いてよろしいでしょうか」
「あ、あぁ。 大丈夫だ」
「ありがとうございます。 それでは、失礼、します……」
それだけを答えた佐藤は、直ぐに倒れこんでしまった。
「お、おい蒼葉! 蒼葉!?」
佐藤に、藤崎が呼びかけるが、全く返事がない。
「管理する結界を何度もめちゃくちゃにされたんだもの。 蒼葉じゃなかったら今頃、脳細胞がショートして脳死状態よ」
コンピュータの過熱状態のようなものである。 口調からして、本来なら気弱な久世の豹変は、まだ続いているようだ。
「随分と性格が変わったな、久世」
「これが素よ、天音。 『カリン』は元々、こういう子なの」
佐藤を自室に送り届けてから、二人は藤崎の部屋で話していた。
久世の心に眠る残虐性。 『何もかも滅茶苦茶にしたい』と言う、隠された願望。
『心の闇』を露わにした状態の彼女は、しかして狂気の中でも冷静さを失っていなかった。
「一年間かけて『七瀬さん』が矯正してくれたけど、結局無駄だったようね」
中学時代の凄絶ないじめによって、彼女の心は完全にねじ曲がっていた。
それを僅か一年で強制した七瀬と言うカウンセラーは、逸材と言えるかもしれない。
「そうでもないさ。 昔の君ならば今、私とこんな風に話せていない。 ―――違うか?」
藤崎の言葉は、久世には少しだけ意外だった。 少し考えると、そうかもしれない。
「……確かに。 七瀬さんにはお礼が必要ね」
「あぁ。 帰ったらしっかり、感謝を伝える事だな」
例え世界を滅ぼしても、この人たちは残しておこう。
そんなことを思いながら、久世は藤崎との会話を楽しんでいた。
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