第四話
「少し休ませてほしい」とエリアが言い始めたので、転移者十名にはそれぞれ、王城内での自由時間が与えられていた。
桜木は先ほどの戦いには参加しなかったが、「試したいことがある」と言ってどこかに行ってしまった。 それに続き、他の九人も散り散りになる。
「貴方は十分頑張ったわ。 単に、相手が悪かっただけよ」
ここは王城の中庭。 そこにいるのは、うなだれている少年と、彼に寄り添う少女である。
高校生らしい落胆を見せた宮沢を、三枝が慰めていた。
「分かってはいるんだけどなぁ。 ……もしあれが、敵だったらと思うと」
「殺されていたわね。 馬鹿なままじゃ、人間には敵わないわ」
慰めているのか、傷を抉っているのか。
「十人の中じゃ最弱なんじゃないかな、僕は」
「そうね。 貴方には最初から劇薬しか投与しないから、効き目が薄くて負けるなんてこともないでしょうし」
多分、現実を突きつけているのだろう。
「参ったなぁ。 貰った異能は強力だけど、他が皆、規格外なんだもん」
「私からしたら、貴方が一番規格外よ、宮沢君」
目に涙を浮かべそうになっている宮沢に、ようやく飴が与えられた。
「過去も未来も、並行世界だろうが見通すあなたの目。 敵が何を考えているのかも、味方が何を考えているのかも、世界がどうなるかもすべて、見通すことができる。 あなた個人では使いきれないかもしれないけれど、このティーンという国にとって、貴方は私達十人の中で最も重要な異能使いだわ」
次に何を引くか分かっているブラックジャックほど、簡単な物はないだろう。
相手が何を出すか分かっているじゃんけん程、勝ちやすいものはないだろう。
結末がわかっている小説ほど、面白くないものはないかもしれない。
他の九人の異能は、『ぶっ壊れ』といえるだろう。
しかし宮沢が獲得した異能は、『チート』そのものであった。
「貴方の眼に、与那国さんの計算能力。 桜木さんの工作員としての能力や、佐藤さんの神がかった調整に、藤崎さんのカリスマ性。 武力面では圧倒的な殲滅力を持つ椎葉君に、不沈艦じみた東郷君がいる。 蔵馬君の異能で経済力も爆発的に強化できるし、久世さんというジョーカーだっている。 正直言って私、この条件で勝てない戦争が思いつかないわ」
言われてみれば、そうかもしれない。
そういえば僕たちはそんな集まりだったなと、宮沢は思い出した。
「三枝さんの知識量も大事だね。 下手な検索エンジンよりも、三枝さんのほうが何倍も優秀だし」
「プログラムと一緒にされるなんて、不愉快よ。 シンギュラリティも起こってないのに、私が機械に負けるわけがないじゃない」
その業界の人間が聞いたら愕然とするであろう一言を、さも当然だという風に三枝は言ってのけた。
「それもそうか。 ……でもね三枝さん。 電子辞書を使おうとしている人の横から調べたがってる内容の答えを言うのは、どうかと思うんだけど」
「そんなものに頼るくらいなら、私が言ってしまったほうが早いわ」
「でもね、だからって三枝さんに問いかけると君は、『そんなもの自分で調べなさい』と言うじゃないか」
「そもそも、貴方が調べようとしていることのレベルが低すぎるのよ。 専門書にしか載っていないような知識以外は、網羅しているのが当然でしょう」
頼ってほしいとは言えないけれど、他の物に頼っている姿は、たとえそれが機械であっても、不愉快である―――。
三枝のそんな心情を理解しているから、宮沢は『お願い』をするのだが……。 それすらも照れ隠しで拒絶されては、どうしようもないというのが彼の意見だった。 そういう部分が可愛らしいと、気に入っている部分もないわけではないのだが。
「ネットの検索エンジンに引っかかるような情報なんて、最初から知っていて当然だと言うのかい」
「当たり前よ。 ビックデータなんて言うけれど、あの程度で『大きい』と呼称する神経が、私にはわからないわね」
―――だめだ。 三枝が規格外すぎて、話についていけない。
冗談交じりに『全知』と呼ばれた少女は、その二つ名を気に入ってさらに努力を積み重ねたという。
今や地球上に、彼女以上に知識量のある人間など、存在していなかった。
「……そうか。 僕が脳筋だったってことが、よくわかったよ」
取り敢えずこの話は、これで打ち切りである。 これ以上話をしても、意味はないだろう。
「そうね。 自覚しているだけ、ましかもしれないわ」
素直になれない少女は、こういった言葉しか出てこないし、こういう接し方しかできない。
「ありがとう。 そう言ってくれると、気が楽になる」
僅かに漏れ出す気持ちを汲み取ってくれる少年は、少女にとっては理想の相手だろう。
「そう、それは良かった」
(……はぁ)
何度目かわからない、心の中での大きなため息。
(もう少し、うまくできないものかしら)
気になる男の子との関わり方は、『全知』にも知り得ないものだった。
(藤崎さんと佐藤さんはお茶でもしてるだろうし、東郷はぶらついてるだろうし、蔵馬は金になりそうなものを探してそうだし、久世とか与那国とかはわからんな)
場面は変わり。
そんなことを考えながら、椎葉は王城内をうろついていた。
(宮沢と三枝さんはいつも通りだろ? 王女様はお休み中だ。 ……だとしたら面白そうなのは、桜木さんか)
胸焼けしそうな恋愛模様を、足を向けてまで観察しに行く気にはなれない。 リア充爆発しろと言う、いつものアレである。
(どこか行っちまったみたいだが、王城内に入るはず。 自室を覗きに行くか)
別に着替え中とかそんなことはないだろうといって、椎葉は桜木の自室に向かった。
「―――はい。 ご息女を含め、全員無事です。 健康状体も問題ありません」
(なんだ、電話中か)
大したことないな、と椎葉は一瞬考えて、
(……電話? 異世界で、誰と?)
そういえばおかしいなと、桜木の通話を聞くことにした。
「現在のところ、帰還するめどは立っておりません。 少なくとも一月ほどは、日本に帰ることは不可能かと……。 はい、食料などの問題は現地の方に」
聞けば彼女は、誰かに状況を報告しているようだった。
「可及的速やかに帰還いたします。 ……それでは総理、失礼いたします」
(あぁ、なるほどな)
一人娘が行方不明になったのだ。 現総理である藤崎英司は、動揺しているに違いない。
「―――盗み聞きは感心しないよ、椎葉くん」
(なんで気付いてんだよ、こいつ)
透視でもできるのかよと呆れていた椎葉の前で、彼を諫めた桜木がドアを開けた。
「異世界で電話使ってる奴が居たら、そりゃぁビビるだろ」
「む~。 ……それもそうだけど」
不満げに頬を膨らませる桜木。 仕草の一つ一つが、小動物じみていて可愛らしい。
―――そんなことを思っていたら、彼女は悲しむだろうが。
「そういえばお前は、監視役みたいな立場だったな」
桜木姫香は、一般人ではなく政府側の人間だった。 この十人の中で『最初から選抜が確定していた三人』のうちの一人である。
彼女は学習の経過などを詳しくレポートし、それを総理へ報告する義務を負っていた。 今回の通話も、それの一環だろう。
「―――あまり口外しないでね? 一応椎葉君以外には、気付かれてないんだから」
「藤崎から隠し通しているとは、とんだ怪物だな。 ……それで? 今のが、お前の異能なのか」
全く持ってあり得ないことなのだが、工作員としての桜木の能力は常軌を逸している。
「そうだよ。『限定全能』って言う、自分に関する事なら何でもできちゃう異能なんだ」
『どうだ、エッヘン!』とでも言いたげに胸を張る桜木。 グラマーと言うよりは所謂『ロリ巨乳』に分類される体型な彼女の、豊満なそれが強調される。
「『世界を超えて電話できる自分』か。 それは便利だな」
「時間制限と回数制限が厳しいんだけどね。 ほら、ここに印が―――」
そうやって胸元を見せつけようとした桜木が、不意に自分のしている事に気づいた。
「―――俺は何も見ていない」
何をするのか察した時点で、椎葉は桜木から背を向け目を閉じていた。 いわれのない罪で死にかけるのはもう、二度とごめんなのである。
桜木の顔が、一瞬にして紅潮した。
「ご、ごめんなさい。 つい、反射的に」
「いや、良いんだ……。 こういうのにはもう、慣れてるから」
日本の裏社会が誇る最優のエージェントから放たれた拳撃を背中に受けた椎葉は、泣きそうになりながらも桜木にそう言った。
「そう言った印は、局部付近に刻まれていることがある。 知っていたはずなんだが―――悪い」
「いやいや、謝るのはこっちだよ椎葉くん。 これじゃぁまるで、まるで……」
痴女みたいじゃないか。
(収拾付かねぇな、コレ。 ……桜木が落ち着くのを待つか)
蹲って悶える桜木に、椎葉はかける言葉が見つからなかった。
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