1 留守番
ベッドの上、私は横向きに寝転んでいた。人の腕が背に回って寝返りがうてない。それに柔らかくて生温くて気持ち悪い。だが精神に異常を来して無いと言うことは、人の体温が流れ込んでいないという事を暗に意味しているのかも知れない。
此処からでも十分に理解出来ると思うが、何故か抱き締められながら眠っている。
瞼を開くと男の茶髪が顔の真横にあった。シャンプーの匂いが鼻孔をくすぐって、覚醒へと導いてくれる。
取り敢えず、私を抱き枕にしている此奴を引き剥がす事にした。
「起きろ、塊。温くて気持ち悪い」
「んー? 起きたの?」
はっきりとした音が耳元で流れてくる。声は聞こえているようだが離れる気はないようで、頭一つ動かそうとしない。
仕方が無いので塊のスーツの裾を掴み、前に押し出すようにして引っ張る。腕ごと包まれてしまっている為、これぐらいの抵抗しか出来ない。
「離れろ」
「はいはい。たまには良いじゃないですか、紅葉さん」
頭をぼりぼりと掻きながら、体に巻き付いた拘束を外す。顔は少しムスッとしていたが、気にしない。無視しよう。
私はベッドに正座して、寝ぼけ眼で塊を見る。確か昨日はトイレで吐き戻した筈なのに、何故此処で寝ているか分からない。
それを悟ったかのように彼は語り始めた。
「昨日の紅葉ちゃん。トイレで倒れてたんだよ? 其れを此処まで連れてきたの。御礼の一つぐらいあったって……」
「そうなの? ごめんなさい。でもさ、私と添い寝する必要は無いんじゃない?」
適当に切り返す。最後まで耳を傾けていると話が逸れていきそうで、早々に話題を切り替えた。すると最高に良い笑顔で口を開く。世の女子の心が融解しそうな爽やかな笑みだ。
しかし私には通用しないし、騙されるつもりもない。寧ろ警戒の意を示して目つきを釣り上げる。
「うなされてたから、抱き締めて、背中をさすってあげたんだよ」
「そう、有り難う。で、今何時?」
「十時」
やっべー……学校に電話入れ忘れてたわ……。どーしよ。まぁでも……。
ベッドから離れてリビングにある電話に向かう。随分と遅くなってしまったが、かけないよりはマシだろう。
そう思って受話器を手にした時、人の手が私の肩を叩いた。振り返ると塊がいて、欠伸をしていた。
「電話、入れておいたよ」
「助かる。で、今日はシフトが入っているのではないの?」
ブッシュ・ド・ノエルで塊は正社員として働いている。この近辺では死体の増加が見られた為に、他の店舗から人材貸し出しを行ったらしいのだが、そろそろ出向かなければならないだろう。
……恐らく、私が出向いたら速攻“所長”に追い返される。しかし塊は健全であるし、行かなければまずい。
「今日は紅葉ちゃんの事もあるし……」
「あたしは大丈夫。死んでたら放って置いて。さぁ早く行く」
無理に背を押して玄関へと向かわせる。成人男性の背を押すのはなかなか苦労したが、それでもなんとか此処まで着いた。
塊は溜め息を付き、自分の髪を掻き回すと私の顔を見る。




