3
あぁ、私の思想で話が逸れてしまった。
「そうですね。私に“わざわざ”嫌みを言いに来ただけみたいですね」
「んー? 違うよ?」
罅荊のように嫌みったらしく返答した。その態度に閏日さんは苦笑いしながら宥めるのかと思ったが、そうでは無かった。彼女は疑問符を浮かべ、否定する。そしてまた背徳の笑みを浮かべる。
「紅葉ちゃんに怪我して欲しくないから。よ」
馬鹿げた事を……。いっそ十円で売られればいいのに……。
そんな蔑んだ目をしていると、閏日さんはとろけるような笑みを浮かべた。双眸に悦楽。
所長はそんな一部始終を見て、呆れたように溜め息を漏らす。古ぼけた事務机に肘ついて、足を組むとなんとも尊大な態度をとった。
「あばずれの話は置いといて、呼ばれた意味は理解出来ているよね? 今日はそのあばずれと行ってもらうよ」
「……はい……」
「嫌かい? 閏日と行くのは?」
言葉を詰まらせた私に所長が問い掛ける。首を千切れるばかりに振り、否定の意を示した。
閏日さんと行くのは嫌ではない。接近戦においては物凄く頼りになる。しかし死体との戦闘は本能が拒む。私も……所詮はただの小娘だと言うことだ。
「死ぬのが怖いかい?」
もう一度首を振る。死ぬのは怖くない。どちらかと言うと楽に、早く、死んでしまいたい。死ぬまでに至る痛みによる恐怖がなければ今すぐにでも──。
所長は漆の目を見ると、気の抜ける溜め息をつく。微かに笑っていた。
「恐れていいんだ。恐れを感じなくなったら終わりだと思っていい。それはもう人間じゃない。ただの怪物だ」
「……」
私が口を引き結んでいると所長は閏日さんを見た。彼女は意を決したように黙って頷くと、ロッカーの中から自身の聖遺物を取り出す。そしてそれを腕に“巻き付ける”と袖の長いコートを羽織った。
その様子を見て、さっきから抱き締めている硝吸鎌を楽器ケースの中に入れてやる。
何時までも、駄々をこねる訳にはいかなかった。
「じゃ、行きましょう。紅葉ちゃん」
「はい」
罅荊にとって、紅葉の存在は喧嘩友達みたいなものです。
顔を合わせれば喧嘩しますが、決して二人とも心の底から嫌っているわけじゃありません。
本当に嫌いなら徹底的にシカトします。
でも素直じゃありません(笑)




