1 ムカつく男
これは対価であり、代償だ。私が犯した罪に対する罰なのだ。
硝吸鎌の精神空間から戻った私は感慨げに瞼を降ろす。近くにいた閏日さんと所長が私を見つめていた。鋭い眼光だった。
鋼制の馬鹿でかい十字を抱えたままソファに座ると端的に事態の説明をした。
「所長、閏日さん。もうそろそろ私は“見えなくなります”。解雇するなら今のうちに」
「何故?」
すると所長の目が僅かに鋭くなった。声のトーンも一オクターブ下がる。前言撤回を余儀なくさせられそうな“従わせる”瞳だった。そして今の発言が理解不能だと言うように聞き返された。
「理由は? 何故紅葉を解雇しなければいけないのか」
「足手まといになりますよ? ただでさえ私は落ちこぼれですし」
“落ちこぼれ”というワードを聞いた閏日さんが溜め息を着いた。デスクに片手を着いて前髪をかき上げる。表情が苦い。
憶測だが自分の聖遺物について考えていたのだろう。彼女の聖遺物は私に冷たい。と言うか鬼畜なのだ。
「また罅荊に“落ちこぼれ”って言われたの?」
予測していた通りだ。しかし“また”と言うのは……。正確に言えば何時もである。
罅荊は私の事を『落ちこぼれ』と呼ぶ。その事について否定も反論もない。何故なら前衛担当の癖に死体を“恐れる”からだ。援助担当の氷室であれば其処はさほど致命的にはなりえない。しかし接近戦において恐れていたらその隙に心臓を抉られる。息の根を止められる。
私は前衛においての資質を持っていなかったのだ。
「おや、よくご存知ではありませんか」
赤に近いワインレッドのセミロング。人を小馬鹿にしたような目元は人を苛立たせ、神経を逆撫でする。黒のパンツに黒のベスト。一見すると優秀な秘書にも見えなくはない。ただし、主に使われていそうで逆に使っているタイプだ。
久しぶりに此奴を見た気がする。
「勝手に思考を読まないでくれない。罅荊?」
「だったら思考を停止する技術を身につけては如何ですか? 落ちこぼれ」
口元が釣り上がる。完全に人を小馬鹿にした笑みだ。しかし私が抱いている鋼制の十字を見た途端に顔をしかめ、舌打ちをした。
硝吸鎌の交友関係を把握してはいないが彼との仲は芳しくないらしい。
「罅荊が顔を出すなんて珍しい。何か用があったんだろう?」
「用というか、詰りに来たんです」
所長からの問に罅荊はさらりと答える。何も知らない健全な一般人が見たら、顔色が変わるだろう。
因みに人差し指の先には閏日さんがいた。彼女は両頬に手をやり、恍惚とした目で罅荊を見る。
「ねぇ……醜い主様。まだ顔の潰れた芋虫の方が愛嬌があると言うもの。何故貴方はそんなにも醜いのでしょう? 一度亡くなられた方が世界の為なのですが?」
多分一番気に入っている罅荊ちゃんの登場です。
更に言うと、アンデットの聖遺物の中では一番まともな神経をしています。
閏日の趣味に付き合い、口は悪くも紅葉を気遣い、抱き付いたら嫌な顔こそするものの、殴ったり、蹴ったりはせず、腕力だけで引き剥がそうとしてくる。
仕事を任せたらぶつぶつ文句を言いながらも、完璧に仕上げ、主は楽をする。
そんなツンデレさんです。




